執事王子と庭師姫
+ツンデレ王子。

葵が王女なんで当然の如く女性化してます。世界観もパラレル。
※この手の設定が苦手な方はこの場から脱兎の如く逃げましょう。
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  お姫様は夢の中 2007年12月07日(金) 小ネタSS
ジェンティーレ15歳、アオイ14歳。『キミの宝物』の作中エピソード。

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とある午後の昼下がり。
オレは四阿のガーデンチェアに腰を下ろしたまま、向かいに座るアオイを怪訝そうに見やった。

「ったく、さっきからなに辛気くせえ顔してんだ?」
「……ほえ〜……」
「おいおい。いつもチビザルみてえにギャーギャー煩いクセになんなんだ一体」
「……ほえ〜……」

普段ならものすごい勢いで噛みついてくるはずなのに、今日のアオイときたら気の抜けた炭酸水みたいな声を返すばかり。
いつも元気に跳ねているツインテールの尻尾まで、今はしょんぼりと垂れ下がっている。
コイツのこんなしょぼくれた姿、はじめて見た。

オレがこの館を訪れた時から、ずっとアオイはこの調子なのだ。
おかげでこっちまで調子が狂うったらありゃしない。

なんとも居心地の悪い雰囲気のなか、ふと気づいた。
オレがアオイと話してると決まってしたり顔で現れては邪魔しやがるあの野郎が、今日に限って影も形も見あたらないとはどういうことだ。

「そういやあの野…ジノの奴、どうしたんだ?」
「……ほえ〜……ジノはねえ〜お祖母さまのお使いでピサにお出かけ中……ほえぇ……」

アオイは気の抜けた声でつぶやいた。

へえ。アイツいないのか。どうりでミラノの空気が清々しいと思ったぜ。
代わりにトスカーナ地方が大荒れかもしらんが、そんなこと知ったこっちゃない。
このままずっと戻ってくんな。オレが心の中で毒づいてると、

「うわーん、さみしいよぉ〜! いつも一緒にいるって言ったクセにジノのウソつき〜!」

アオイはテーブルに突っ伏して泣き出した。

「ふえぇぇ〜ん! ジノぉ〜〜〜」
「だーッ、14にもなってンなことくらいで泣くなよ !?」

しかしオレの声なんかてんで耳に入らぬ様子で、アオイはひたすら泣きじゃくっている。
ったく、泣きたいのはこっちのほうだ。
そんなにアイツが大事かよ !?

オレはやりきれない気持ちのままアオイを見下ろした。
思わず眉をひそめる。

さっきまで盛大に泣きわめいていたアオイが急に静かになったと思えば、テーブルに額をくっつけてぐったりしている。あんまり泣きすぎて一時的な酸欠状態に陥ったのだろうか。

「お、おい。どーした? 大丈夫か? 息してるか?」
「………ほぇぇ? ……ふわぁぁ……眠い〜……」
「はぁ? 眠いだぁ? そりゃどーいうこった」
「……んーとね、今日で二晩寝てないの〜〜………ね〜む〜い〜……」

ぼへーっとした口調で大あくびする。

「はァ? ならバカやってないでさっさと寝ろよ!」
「だってぇ〜……“おやすみ”のキスして貰ってないのに寝られないよぉ〜……」

思いがけないアオイの言葉に、一瞬オレの頭が真っ白になった。

「……おいコラ待てぃ。今なんてった?」
「ほえぇ……? だから〜おやすみのキスして貰ってないの〜……」
「……なあ。一応念のため聞いとくが、誰に……だ?」
「ほえぇ……? ジノだけど〜……」

あのハレンチ野郎、どこまで腐ってやがんだ―― !?

「ふ…ふぇ……ふえぇぇーん! 早く帰ってきてよぉ〜ジノ〜 !!」

いいや、もう永遠に帰ってくるんじゃねえ。
いっそピサの斜塔からポロッと落ちて死ね。さもなきゃオレがぶち殺す。

再び火がついたように泣き出したアオイを横目に、オレは拳を震わせてこっそりつぶやいた。

とはいえ、まずは目の前で大泣きしてるアオイをなんとかしなければ。
ポケットに右手を突っこんで、前もって用意していたガラス細工のペンダントを引っ張り出す。

「ほら。手、出せ」
「……ほえ?」

アオイは鼻をぐすぐす言わせながら顔を上げた。
戸惑いつつもわりと素直に両手を差し出す。
泣きはらした赤い目と頼りなげな表情に少し胸が痛んだ。

「ったくピーピーうるせえんだよ。これやるから、さっさと泣きやめ」

そう言って差し出された手のひらにぽいっと放り投げた。
アオイはきょとんとした顔で自らの手の中をのぞき込んだ。

「これなぁに? うわぁ……キレーイ! キラキラお日さまみたーい!」

雨雲の切れ間から太陽が差し込んだようにぱっと顔を輝かせて、嬉しそうな声を上げた。
アオイの言葉通り、背景の青ガラスが空で、中央の黄色い円は太陽を象ったものだ。少なくともムラーノ島のガラス工房の職人はそう講釈していた。

アオイはしばらく大喜びでペンダントを眺めていたが、ふと困ったような顔つきになって上目遣いにオレを見た。

「あのね。知らない人とアヤシイ人とジェンティーレからなにか貰っちゃダメって言われてるのー」
「はぁ? 前の二つはともかく、なんでオレが名指しで指名されてんだよ?」
「だってえ〜ジノがそう言うんだもん」

あの腐れ外道、どこまでオレの邪魔すりゃ気が済むんだ !?

「せっかくプレゼントしてくれたのにゴメンね」

アオイのしょんぼりした声を聞いた途端、頭の中でなにかがぷつんと切れた。
いつもの憎まれ口が怒濤のように口をついて出た。

「勘違いすんなよなっ! べ、べつにお前のために持ってきたワケじゃねえぞ! 気がついたらポケットに入ってて邪魔だから処分したいだけだっ!」
「ほえ? そうなの?」
「おう。処分品だ。だからお前が好きに処分しな!」

オレは力強くうなずいた。内心トホホな気分で。

わざわざヴェネツィアまで出かけて、ムラーノ一の職人に無理言って作らせたペンダントを処分品と称して渡すなんて、我ながらアホじゃないかとつくづく思う。

でもアオイの無邪気な笑顔を見ているうちに、そんなことはどうでもいい気がしてきた。

「わーい! あたし頑張って処分するね!」

大きな茶色の瞳にまっすぐ見つめられて、オレはぷいっと視線を逸らした。少しためらったが、意を決して口を開く。

「えーっとその、だな。――お前が寂しい時は一緒にいてやってもいいぜ」
「ほえ! ホント〜?」
「お、オレの気が向いたらな!」

相変わらずアオイから顔を背けたまま素っ気なく答えた。
面と向かって言えないあたり非常に情けないものがあるが、とりあえず今はこれで精一杯。

ふいに背後で空気が動いた。
おや、と思う暇もなく、後ろから白い腕が伸びてきて、首にふわりと抱きつかれた。

背中ごしに感じる心地よい温かさ。驚いてふり返るとアオイと目が合った。
息が掛かるくらいのほんのわずかな距離を隔てて。

太陽のような眩しい笑顔に胸が激しく高鳴った。

「………ありがと」

アオイはそうささやいて、オレの唇に軽くキスした。
まるで小鳥がついばむように可愛らしく。

ほんの一瞬触れた唇の柔らかな感触に陶然としたまま、バカみたいにぽっかり口を開けて茫然自失すること約3分。

「なななな、なにしやがんだこのサル女―― !?」

正気に戻るや否や、情けないくらい顔を赤くしてオレは叫んだ。
だがしかし。返ってきたのは安らかな寝息だけ。
二晩徹夜明けで眠いのはわかる。わかるんだが一言いわずにはいられない。

「ったく、なんでそこで寝ちまうんだよお前……?」

もちろん返事はない。まさに至福といった表情で爆睡している。
なんだかどっと疲れがこみ上げてきた。ついでに首も痛い。
オレは首周りにしがみついて眠っているアオイの両腕をゆっくりほどいた。

そのままアオイを膝の上に抱きかかえて、そっと静かに寝顔をのぞき込む。
見るからに幸せそうに惰眠をむさぼっている。
これだけ熟睡していたらよっぽどのことがない限り目を覚ましはしないだろう。
これぞまさしく千載一遇の大チャンス。

とはいえ紳士が寝込みを襲うなどもってのほか。

規則正しい吐息をたてて眠るアオイを見下ろして、オレはため息をついた。
ヒトの気も知らないでグースカ眠りやがって。
つられてオレまでなんか眠たくなってきた。あくびをかみ殺す。

「――おやすみ、お姫さま」

そう言って額に軽くキスを落とすと、アオイを胸に抱いてオレも目を閉じた。


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珍しくツンデレが幸せな話。
それは紳士的というよりむしろヘタレなツンデレ。
このまま二人とも夕方まで爆睡して、ソフィアに叩き起こされるんでしょう。

  キミの宝物 2007年12月01日(土) 小ネタSS
ジノ15歳くらい。ミラノの館で。

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僕はサンルームの前で足を止めた。
ハウスキーパーのソフィアが廊下の反対側からこちらに歩いてくる。彼女が両手に抱えている年代物のオーク材の小物入れ、あれは……。

「あれ、それ確かアオイの?」
「そうだよ」

ソフィアはそっけなくうなずくと、そのままサンルームにすたすた入っていく。
僕も興味を惹かれて後に続いた。

「年に一度の虫干しかい?」
「ああ。アオイに頼まれてね」

そういってソフィアは窓辺のテーブルに小物入れをどさっと置いた。
そして立ち去る気配のない僕を横目にじろっと見て、

「なんだい、あんた。まだなんか用でもあるのかい?」
「いや別にそういうワケじゃないけど。ただ純粋に興味があって」
「ま、いいか。中、見たいんなら虫干し手伝うんだよ」

頭ごなしに命じられて僕は苦笑した。
ミラノ先代大公の孫にこうもずけずけとした物言いのできる使用人など、ミラノ中探したって彼女くらいのものだろう。

僕やアオイの生まれるずっと前からこの館にいるソフィアは、いわゆる気は強いが情に厚いタイプの典型で、揃って両親を早くに亡くした僕らのことをなにかにつけ気遣ってくれた。
僕らにとって彼女は、唯一の肉親であるアオイの祖母(現ミラノ女大公。僕にとっては祖父の妹、つまり大叔母)などよりよほど気安い間柄といえる。

もちろん他の使用人の前では、最古参のメイド長らしい毅然とした態度を崩さない。しかし僕やアオイだけになると、昔と同じ妙にくだけた口調で接してくれるのだ。

ソフィアは腰に付けた鍵束から古めかしい鍵を選び出した。
普段アオイが銀鎖にぶらさげて持ち歩いているあの鍵だ。

おもむろに鍵穴に差し込む。鍵の外れる金属音とともに上蓋が開いた。
僕とソフィアは同時に中をのぞき込んだ。

…………なんていったらいいか、言葉が出てこない。

しばしの沈黙ののち、最初に口を開いたのはソフィアだった。

「はあ……嬢ちゃんのガラクタ収拾癖はあいかわらずなようだね」
「いや、実にアオイらしくて素敵だと思うよ。僕は」

僕は箱一杯に詰まったガラクタに視線を落とした。

――青いビーズの指輪、綺麗な小石、壊れたカレイドスコープ、色とりどりのトンボ玉、からっぽのインク壷、クリスタルの白のクィーンとキングの駒、尻尾のとれたブタの貯金箱、針の狂ったコンパス、縁の欠けた白蝶貝のボタン――。

ミラノはおろかイタリアきっての名家の姫君の宝箱の中身がこれでは、ソフィアもため息の一つや二つくらい吐きたくなるのも無理はない。

他の者にはただのガラクタに過ぎない品々。
けれどアオイにとっては、その一つ一つがかけがえのない想い出の詰まった宝物なのだろう。

もちろん彼女は大公女に相応しい先祖伝来の宝飾品も多数所有している。だがそんなものには目もくれず、オレンジを詰める空き箱(日本でいうところのミカン箱)に放り込んで部屋の片隅に放置したまま幾星霜。

まあ、これはこれで盗難防止の一助となっているのかもしれない。
誰がミカン箱の中にダイヤのティアラやエメラルドの首飾りが転がってるなんて思うだろう。
たとえ偶然覗いたとしても、常識に鑑みて偽物と判断するに違いない。実際今までそうだった。

ふと箱の奥に懐かしい物を見つけて、フッと笑みを漏らす。白い貝殻。ゆっくり取り出すと、それは午後の日差しを浴びて虹色に輝いた。

「こんなもの、まだ取っておいてくれたんだな」

これはずいぶん昔、僕が初めてアオイにプレゼントしたもの。

当時はまだ健在だった祖父に同行してナポリに赴いた時、なんとなく立ち寄った浜辺で拾った貝殻だ。ほんの数日の慌ただしい滞在のなか、他によい手土産も見つからず、「ゴメン」と謝ってこれを渡したら、大きな目を輝かせて嬉しそうに受け取ってくれた。

「わーい、ありがとう!えへへ〜うれしいな〜!」

太陽のように眩しい笑顔で大はしゃぎする彼女の姿を見て、僕も笑った。
そんな君がこの世で最も大切な僕の宝物。

「――あんた、なにニヤニヤしてんだい?」
「え? ああ、なんでもないよ」

怪訝そうに僕を見つめるソフィアにやんわりと返し、虫干し作業を再開した。

しばらく黙ってガラクタ発掘に専念する。掘り出された遺物がテーブル一面を埋め尽くす頃、小物入れの奥でキラリと光るものに気づいた。

なにげなく手に取れば、それはムラーノグラスのペンダント。円形の青ガラスに黄色のガラスで太陽を象った意匠が施されている。シンプルだが確かな職人技に裏打ちされた極上の逸品。僕は思わず首を捻った。はて、こんなもの彼女に贈った覚えはないのだが。

僕の手の中のペンダントに目を留めてソフィアが相好を崩す。

「ああそれ。トリノの坊っちゃんが持ってきたもんだよ」
「――ジェンティーレが?」
「半年ほど前だったかね。ちょうどあんたが不在だった時ふらっとやって来てね。アオイに渡してったんだよ」

あのツンデレ野郎、ヒトの留守を狙っていい度胸だ。

「まあ渡すっていっても茹でダコみたいな顔してそっぽ向いてポイっと投げて、『勘違いすんなよなっ! べ、べつにお前のために持ってきたワケじゃねえぞ! 気がついたらポケットに入ってて邪魔だから処分したいだけだっ!』だとさ。あいかわらずだねえ、あの坊っちゃんもさあ」

ソフィアはその場の情景を思い出したのか、ぷっと吹き出した。

「アオイはなんか喜んでたみたいだけどね。あたしゃ笑いを堪えるのに必死だったよ」
「ふーん、それはよかったね」

僕は冷ややかに相づちを打った。
ジェンティーレの所業も許し難いが、なんといってもアオイがあんなヤツのプレゼントを後生大事に宝箱にしまっているという事実がまったくもって気に入らない。

「ごめん、用事を思い出した。じゃあ僕はこれで……」

ソフィアは僕の貼り付けたような乾いた笑顔をじろっと一瞥すると、

「ちょいとお待ち。それ、どこ持ってく気だい?」
「さあ。どこか遠いところ」
「庭の金魚の池にでも沈めようなんて考えなら、よした方がいいと思うよ」

鋭い。さすが勤続40年の大ベテラン。
実は館の堀割に投げ込もうと思っていたんだが、金魚の池という手もあったか。

「それ捨てたのあんただってバレたらアオイに嫌われるよ。そりゃもう確実に」

ソフィアはきっぱりはっきり言い切った。

僕は肩をすくめた。
確かにソフィアの意見はもっともだ。

「……それもそうだね。仕方ないな」

小物入れにペンダントを戻すと、僕は固く心に誓った。

まず第一に可及的速やかにジェンティーレに対する報復措置を発動すること。
次にヤツのペンダントに引けを取らないものを拵えてアオイにプレゼントしよう、と。


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意外と大人げない執事の話。
ソフィアさんはC翼世界では新伍の下宿のオバサンですよ。

作中のジェンチとアオイのエピソードはまた別の機会に小ネタ化しようかなと思ってます。
ツンデレもたまにはイイ思いしないと気の毒だし。

ムラーノグラス=ヴェネチアングラスです。

  ささやかで、いとおしいもの 2007年11月27日(火) 小ネタSS
8歳の執事と7歳の庭師です。なにこのお約束なラブラブ展開。

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「ケッコン? なにそれ?」

アオイは大きな目をぱちくりさせて首を傾げた。
弱冠七歳とはいえ、同年代の他家の少女達ならあり得ないことだが、彼女のボキャブラリーに“結婚”という熟語は存在しないらしい。

けどまあそれに関しては予想済。僕はあわてず騒がずしれっと言い換えた。

「二人いつまでも一緒にいるための魔法の呪文さ」
「ホント? ずっと一緒?」
「うん。いつもそばにいるよ」
「わーい! じゃああたし、ジノとケッコンするね!」

案の定、僕の垂らした釣り糸にアオイはいとも容易く引っかかってくれた。
得たりとばかりに内心にんまりしつつ、もっともらしい表情で続ける。

「ではお姫様、お手をどうぞ」
「ほえ? なあに?」

アオイは僕の差し出した手に自分の左手を重ねた。
その薬指にあらかじめ用意していた指輪を滑り込ませる。
一見してなんの飾りもないただの青いガラスのリング。
だが頭上に広がる空の青さをそのまま写し取ったように光り輝いている。

「うわーキレイキレイ! お空の色だね〜!」

陽の光にかざしてためつすがめつ眺めながら、アオイは輝くような笑顔で言った。

「これは約束の印。気に入ってくれると嬉しいな」
「ほえ? くれるの? わーい、ありがとうジノ! だーい好き!」

大喜びで僕に抱きついたはずみに、アオイの薬指から指輪がするりとすっぽ抜ける。
そのまま近くにある大理石の泉水盤めがけて勢いよく飛んでいき、カツンと音を立ててぶつかった。

アオイは半泣きになって僕の顔を見上げた。

「やーん、壊れちゃった !?」
「いや大丈夫。心配ないよ、この程度の衝撃くらいはね」

僕は安心させるように微笑むと、芝生に落ちた指輪を拾い上げた。
思った通り傷ひとつ見あたらない。というかそれはむしろあたりまえの話で。

なぜならこの指輪は実は青いガラスではなく、大粒のサファイア原石をくり抜いて造られたものなのだ。そこいらの石や金属ではひっかき傷すら付けられない。たとえ火にくべたとしても余裕で燃え残るだろう。まさに硬玉の名にふさわしい、ある意味ダイヤよりも最強の貴石。

生前の祖父にこれを手渡された時、正直言って呆れた。
聞けば数百年ほど昔、うちの先祖がアオイの先祖に渡すために拵えた特注品らしい。

わざわざ二つと無いサファイアの逸品を台無しにしたうえ、多大な労力と費用を投じた挙げ句、出来上がった物がただの青いガラスの指輪にしか見えないシロモノ。

うちの馬鹿先祖は一体なにを考えていたのやら。

でも今はなんとなく彼の気持ちがわかったような気がする。

指輪をアオイに手渡す。

「ほ、ホント? よかったぁ……」

アオイはほっとした表情で受け取ると、手の中の指輪を大事そうに撫でた。

彼女にとってはガラスも宝石も関係なく、大切なのはそれに込められた気持ちなのだろう。ただ高価なだけの贈り物になど見向きもしない。それが心からのものであれば、むしろ綺麗な小石や貝殻といったささやかなものにこそ喜びを覚える少女なのだから。

僕の先祖にこの指輪を渡された時、きっとアオイの先祖も彼女と同じように輝く笑顔を見せたことだろう。

一方アオイは指輪をはめた手を上下に振ってみて、眉間にシワを寄せ、

「むー、やっぱりぶかぶか〜。……そーだ!」

ポンと手を打ち、胸元から銀の鎖を引っ張り出した。
銀の鍵や指ぬきといったこまごまとした小物がジャラジャラと付いて出てくる。
生来そそっかしい彼女のこと、しょっちゅう物をなくすので、とりあえず大事な物はすべてぶら下げて持ち歩くことにしたらしい。

アオイは慣れた手つきで留め金に指輪を通してにっこり笑った。

「うん、これでもう安心ね!」

僕は雑多なガラクタとともに銀鎖の先で揺れる青い指輪に目を細めた。

ガラス細工に見せかけたサファイアの指輪は、とるに足りないささやかなものをこよなく愛した彼女の先祖のために、僕の先祖が作らせた“この世で最も素晴らしい、それでいて一見たいしたことのないもの”。
愛する彼女のために最高の物を贈りたかった彼の苦肉の策ともいえる。

それがどんなに彼女を喜ばせたかは、目の前で無邪気な笑みを浮かべるその子孫を見れば一目瞭然。

そんな彼女の姿に僕の先祖は一層のいとおしさを覚えたに違いない。
だって現にこの僕がそうだから。

僕はアオイを引きよせ軽く口づけると、耳元でささやいた。

「その指輪が君の指にぴったりはまるようになったら、君を迎えに行くよ」


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書き終えてふと思った。ジノ、こいつホントに8歳なのか?
かわりにお姫様の精神年齢が低いですが。

ヨーロッパの王侯貴族の婚約指輪ってサファイアが多いですよね。ダイヤよりむしろ定番。ま、たかが1000度で燃え尽きるダイヤなんかよりずっと貴重だよな。