執事王子と庭師姫
+ツンデレ王子。

葵が王女なんで当然の如く女性化してます。世界観もパラレル。
※この手の設定が苦手な方はこの場から脱兎の如く逃げましょう。
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  姫様は仮免 【1】 2008年06月11日(水) 小ネタSS
マッティオ18歳、アオイ17歳。仮免どころの騒ぎじゃない。

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その広大な荒れ地はロンバルディア州とヴェネト州のほぼ境界線上にあった。現在の所属はミラノ大公家、つまりアオイの家の所有地である。

荒れ地という名にふさわしく全体的に荒れ果てた土地で、季節を問わず年中ひっきりなしに強い風が吹き荒れている。空は薄曇りで昼でもどんより暗い。乾いた大地の唯一の彩りといえば小さな紫色の花をつけた野草の群生だけ。見ているだけで気分が滅入ってくる陰鬱な風景だ。

それもまあ当然で。いわくつきの古戦場跡で気分が高揚する方がおかしい。

今からおよそ数百年前、この地で熾烈な戦闘が繰り広げられたのだ。境界線を越えてミラノ領域に侵入してきたヴェネツィア共和国軍を迎え撃ったのは当時のミラノ大公。
ヴェネツィア軍は不慣れな陸戦に加えてジノの先祖(いわゆる当時の大公殿下)の悪辣な策略に足を掬われて総崩れとなり、とどめとばかりにアオイの先祖の率いる公国軍突撃部隊の奇襲を受けて壊滅したそうだ。

伝説では陸揚げされた深海魚、ではなくヴェネツィアの亡霊兵どもが恨みを抱えたまま、今もなおこの荒野を彷徨っているんだとか。陸が苦手ならわざわざ攻めてこなきゃいいのに。

「さっさと成仏してくれ、なんてオレが言っても聞かないんだろうな」

ミラノ公国軍突撃部隊長の副官の子孫、もといマッティオは車の助手席に腰を下ろしたまま疲れたように頭を振った。
運転席をちらっと見やる。当時の上司の子孫、というかアオイが鼻歌まじりにA4サイズの冊子をぱらぱらめくっていた。

コトの起こりは一本の電話だった。

『ねえねえマッティオ〜車の練習につき合って欲しいな〜』

姫様は綿菓子みたいな甘い声だが紛れもなく命令口調で仰せになった。

数百年前、この小高い丘から敵軍を見下ろしながら、アオイの先祖であるミラノ公女はオレの先祖に猫なで声でささやいたに違いない。

『ねえねえ〜つき合って欲しいな〜奇・襲・攻・撃〜』

結果として先祖は無茶苦茶な奇襲攻撃につき合った。
子孫は現在、荒野に佇むパステルピンクの軽自動車の助手席に青い顔で座っている。

基本的にアオイには逆らえないのだ。マッティオもその先祖も。
アオイの家とはいわゆる本家と分家の間柄で、血も一応繋がっているのだが、もしやこれが諸悪の根元なのか。DNAに組み込まれた服従遺伝子。遺伝子レベルで操作されてるなんてあんまりだ。

フィアットの技術者も気の毒なことだ。
パステルカラーのこの車、もちろん市販車の訳がない。フィアットの特注品だ。
『んーとね。かわいいピンクがいいなぁ〜お花も描いてね〜』アオイに笑顔で強要されてこんな酔狂な車を作るはめになるなんて夢にも思わなかっただろう。

後部座席には大小取り合わせたクマのぬいぐるみがぎっちり隙間無く座っている。助手席にもばかでかいピンク色のやつが一匹いるのだが、今そいつはマッティオの膝の上にちょこんと鎮座している。

大の男がクマさん抱えて女の車で助手席ドライブ。
こんな姿誰かに見られるくらいならいっそ死んだ方がマシだ。

マッティオの悲憤慷慨はさておき、お姫様は不思議そうに首を傾げて言った。

「ねえねえマッティオ。ペダルが二本しかないよ〜」
「はァ? オートマなんだから当たり前だろ」
「ほえ〜? この本の写真のは三本ついてるよ〜」

読んでいた冊子をマッティオに手渡す。
タイトルを見て目が点になった。

『サルでもわかる自動車教習マニュアルMT編』

不自然な沈黙が車内に降りる。
マッティオは驚愕に引きつった表情でアオイを見た。おそるおそる口を開く。

「あ、あのさぁお前。もしかしてハンドル握るの今日が初めて?」
「うん! いろんなレバーやボタンがついてて面白いね!」
「ばっ、変なトコ触るな! 速やかにキーを抜いて外に降りろ!」
「ほえ? こう?」

こともあろうに差し込んだキーをひょいっと捻った。当然の如くエンジンが起動する。

「やったぁ! 動いた〜」

アオイは大喜びでアクセルを踏み込んだ。
軽自動車が盛大なエンジン音を響かせて急発進する。

凄まじいまでの加速重力に体ごと吹っ飛ばされ、マッティオは座席にめり込みそうになった。非現実的な加速Gになんとか耐えきってよろよろ体を起こす。

「くッ…一体何が起きて……」

マッティオは速度計を目にするなり絶句した。
オレンジ色の針が180キロ付近を指している。
要するに現在速度は時速180キロ。

……冗談、だろう? 軽自動車のクセになんなんだこの加速力は。
ていうかこの速度計の目盛り、最大500キロまで刻まれてないか?

「ちょ、アオイ! こりゃどーゆーこった !?」
「ほえ〜すごいねえ〜速いねえ〜ワカバヤシ重工の新開発エンジンって!」
「ばっ、そんなモン軽自動車に積むな―― !?」

ワカバヤシ重工って軍用ヘリとか戦闘機作ってる会社じゃねえか。
片手間に自動車エンジンも開発してるみたいだが、あくまでもメインは航空部門。

つまりこのポップで可愛らしい軽自動車には新型ジェットエンジンが搭載されているのだ。
その証拠にサイドブレーキの両脇に加速用アフターバーナー(燃料噴射装置)と減速用スラストリバーサ(逆噴射装置)のレバーが付いている。

アオイが残念そうにため息をついた。

「でもねえ、りみったぁ? ってのがあって300キロしか出ないんだって。残念〜」
「軽で300キロは十分出過ぎだ!」

レースカーより速い軽自動車だと? フィアットのヤツら実はノリノリで魔改造しやがったな !? 同情して損したぜ!

苛立たしげに視線を前方に戻す。思わず息をのんだ。
なんだあのモコモコした白い毛糸の塊の集団は―― !?

アオイがぱっと顔を輝かせた。両手を頬にあてがって、はしゃいだ声で、

「ほえ? あ、羊さん歩いてる〜! 可愛い〜!」
「ハンドル放すなこのバカ女―― !?」
「ほえ? あ。いっけな〜い」

緊張感のかけらもない声で片手でステアリングを左に切る。瞬時に右に切り返す。空いた右手でサイドブレーキを引く。
羊の群れに突っ込む寸前、車は鮮やかに180度急旋回した。
いわゆるスピンターンというやつだ。

マッティオは信じられないモノを見るようにアオイを見た。

「ちょ、おま、サルでもわかるシリーズの読者がなにやってんだよ !?」
「んー、なんとなくこーすればイイかなあって〜」
「本能だけでハンドル握るなこのバカ女―― !?」
「もーいいじゃない、ちゃーんと曲がれたんだし。ね?」


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【2】に続きます。

  アコガレのお嫁さん 2008年01月02日(水) 小ネタSS
ジェンティーレ15歳、アオイ14歳。ミラノの館の庭で。

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「おいサル女。折り入って話があるからこっち来い!」

ミラノ大公の館に着くやいなやアオイの手を引っ張って、庭の片隅に連れ出した。

クマの形に刈り込まれた巨大な庭木の前で足を止め、オレはアオイの両肩に手を置いて真剣な表情で見据えた。
わけもわからず不思議そうに首を傾げるアオイ。

「ほえほえ〜? なんなの〜?」

オレは軽く息を吐き、意を決して口を開いた。

「ど、どうしてもっていうんなら1ユーロでオレの家に嫁に来てもいいぞ!」

しまった間違えた―― !? ていうかなに言ってんだオレ―― !?

「お前が好きだ。嫁に来い!」そう告げるはずが、つい頭に血が上ってバカ言ってしまった。
オレが内心頭を抱えていると、

「――お嫁さん?」

アオイは夢見るオトメの如きポーズで両手を組んで、うっとりつぶやいた。
どうやら自らの花嫁姿を想像して胸をときめかせている様子。
わくわくした表情でオレにたずねてきた。

「ねえねえ。1ユーロでお嫁さんになれるの?」
「……お前、なんか勘違いしてねえか? 誰の嫁になるかちゃんと把握してるか? 重要なのは1ユーロじゃなくてオレの嫁になるってことで……おい聞いてんのか?」

むろんアオイは聞いちゃいない。
青いエプロンドレスのポケットに右手を突っこみ、なにやらゴソゴソ探している。
パッと顔を輝かせて、

「――あった! はい1ユーロ」

差し出された手のひらに載っていたのは50ユーロセント硬貨。
1ユーロに半分ほど足りない額である。
なんとも気まずい沈黙が辺りを支配した。

アオイは今にも泣きそうな顔でオレを見た。
「ばっ、泣くな !? 金なんかいいから嫁に来い……!」そう言おうとした矢先、アオイはなにか思いついたように大きな目を瞬かせた。

50ユーロセント硬貨を握った手はそのままに、今度は左のポケットにもう片方の手を突っこむ。中から燦然と輝くクレジットカードを引っ張り出した。

「んーとねえ。カード払いでいいかな?」
「いいわけねえだろこのバカサル女――― !?」
「もちろん一回払いでいいよ〜」
「一回も分割もリボ払いも関係ねえっての !?」

たった1ユーロをカードで支払うバカがどこにいる? しかもそれダイ○ースのプレミアムカードじゃねえか。そんなもん無造作にポケットに突っこんで持ち歩くな。
その前に少しは俺の話を聞け――― !?

アオイはこっくりうなずいた。
クレジットカードをポケットに戻し、代わりに小切手帳とペンを取りだした。

「ほえぇ〜それじゃあ小切手……」

ここにきてついにオレのなけなしの忍耐力がぷっつり切れた。

「だーッ、いい加減にしやがれ!」

思わず両の拳を固めて地団駄踏んでしまう。
コイツの一般常識はどうなってやがんだ? 二十億光年の彼方のゴミ箱に忘れてきたってか?
喉元までこみ上げる憤りを必死にこらえつつ口を開いた。

「よ、よーし。50ユーロセントにまけといてやる。それなら文句ねえだろ !?」
「ほえ? ホント? ありがとう〜!」

はいこれ、と50セント硬貨を手渡される。なんだかトホホな気分になった。

『そんなはした金なんかどうでもいいから嫁に来てくれ!』

こんな簡単なことがなぜ言えないのか。
たとえそう言ったところで、ちゃんと理解して貰えるかどうかは怪しいものだが。

「わーい! これでお嫁さんになれる〜!」

アオイは大喜びで飛び上がった。

やっぱコイツ全然わかってねえ。
彼女の関心事はもっぱら“花嫁になること”であり、誰の嫁になるかなんて全く気に留めちゃいないらしい。

ストレートに「好きだ」と言えない己の不甲斐なさに腹が立つ。しかし「金髪バカゴリラなんかだーいっ嫌い」と真顔で返されるのが怖くて口に出来ない。

ぴょんぴょこ飛び跳ねて喜んでいるアオイの姿に、オレはかぶりを振ってため息をついた。


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1ユーロ=150円くらい。

新春早々ヘタレなツンデレです。ジノは齢8歳にしてちゃっかり結婚の約束取り付けてんのにな!
そしてお姫様は小銭なんか持ち歩かないのです。10円のチロ○チョコ代金すらブラックカードで精算しそうな予感。ジノが甘やかすからもう。

  モグラ穴あります 2007年12月15日(土) 小ネタSS
ジェンティーレ19歳、アオイ18歳、ジノ19歳。トリノのジェンティーレ邸。

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「あたしはこっちのトンネル崩すから、あんたはあっちのトンネルお願いね!」

うちの庭師見習いは元気よく足で地面を踏みつけながら、オレに言った。

インテルのユニフォーム(ネッラズーロで黒青しましまなアレ)にジーンズ姿。手ぬぐいをほっかむりした上に麦わら帽子をかぶり、手にはゴム長手袋、足には年季の入った地下足袋を装備している。後ろから見たら農家のオバサン以外の何物でもない。

前から見ればそれなりに可愛らしいのだが。
………………。
ま、まあそれはともかく。

「……なあ。ひとつ聞いていいか」
「ほえ? なになになあに〜?」
「なんでオレがモグラ穴の埋め戻しなんかやらされてんだ?」
「だってヒマなのジェンティーレしかいないんだもん」

アオイの言葉にがっくり肩を落とす。

「こんなコトするためにヒマなんじゃねえよ……ったく」

オレは軽くため息をついて、足下のモグラ穴を埋め戻した。

今からおよそ15分ほど前、オレはばかでかいスコップ片手に庭を横切るアオイに声を掛けた。
ヒマなんだったら一緒に茶でも飲まねえか、と。

「べ、べつに他意なんかこれっぽっちもねえぞ! オレが茶を飲みたいなと思ったら、偶然お前がその辺歩いてたからなんとなく声かけただけだっ!」
「ほえ? あんたいまヒマなの?」
「ヒマじゃねえ、休憩だ休憩!」
「そっか。良かった。ちょっと手伝ってよ」

満面の笑顔で誘われて、思わず首を縦に振ってしまったのが運の尽き。
庭の一角に引っ張って行かれ、スコップをぽいっと手渡された。
いまはモグラの穴を埋めている。

優雅なティータイムを楽しむ予定が、どこをどう間違ってこんなハメに陥ったのだろう。

庭の周囲をざっと見わたす。
芝生は悪のモグラ軍団の一斉攻撃を受け、あちらこちらに無惨な穴ぼこを晒している。
これを全て埋め戻すのにどれだけ時間が掛かるのやら。皆目見当もつかない。

「なあ、マジここ今日中に埋めるつもりか?」
「そーよ。放っておいたら大変よ!」

アオイの顔は真剣だった。

「うっかり足を滑らせてモグラ穴に落っこちたら、地球の裏側まで抜けてっちゃうわよ」
「ば、バカかお前は〜 !? ンなワケねえだろ !?」

“モグラ穴を抜けると、そこは地球の裏側でした”

なんだそのアリスと地底旅行を足して二で割ったみたいなトンデモ設定は。

「たとえばの話、あんたがアズーリのDFだったとするわよ。ワールドカップ決勝でモグラ穴に落っこちてゴールを奪われたらどうすんの?」

なんだそのリアルとトンデモを足して二で割ったみたいなワケわかんねえ設定は。

「……あのなあお前。なんでスタジアムにモグラ穴があるんだよ !?」
「ほえ? “人生に落とし穴はつきもの”ってジノとお祖母様が言ってたわよ」
「答えになってねえよこのバカサル女――― !?」

叫ぶと同時にオレの右足が地面にめり込んだ。
「え?」と思う間もなくバランスを崩し、尻餅をついて倒れる。
どうやら足を踏みしめた衝撃で、直下のモグラトンネルが崩落したらしい。

アオイがいそいそと近づいてきた。
起き上がるのに手を貸してくれるのかと思いきや、興味津々の眼差しでオレを見下ろした。
得意げに胸を張って、

「ほーら。危ないでしょ」
「う、うるせえ! ちょっと油断してただけだっ!」
「ほえ? “おやおや、油断する余裕なんてあるのかい”ってジノとお祖母様が言ってたわよ」

アオイはあどけない笑顔で、傷ついたオレの心にトドメを刺してくれた。





「サルバトーレ様とアオイ、いったい何をしているのかしら……」

トリノ公爵家のメイド長コンスタンツェは居間のフランス窓から外を眺めながら、訝しげにつぶやいた。

さっきから二人揃って芝の上でばんばん足踏みしたり、スコップで掘り返したり、果ては滑って転んで尻餅をついたりの大さわぎ。遠目では何がなにやらさっぱりわからない。

「あれはモグラ退治だよ」

いつのまにか隣に執事のヘルナンデスが立っていた。
窓の外を楽しげに見やって、

「コンスタンツェ。手が空いたら、あの二人にお茶を持っていってくれないかい?」
「え、ええ。それは構いませんけど。あの……モグラ退治って?」

庭師見習いのアオイはともかく、なぜ当家の若様がそんなことをなさっているのですか。
その問いを口にする前に、ヘルナンデスがフッと微笑んだ。

「懐かしいな。僕も昔、よくやらされたっけ」

もしやミラノではモグラ退治が密かに大流行しているのでしょうか……。
そんな馬鹿なとは思いつつ、コンスタンツェは半信半疑の面もちでため息をついた。


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見習い庭師の服装がいろいろアレですが大目に見てやって下さい。

ツンデレ若様はなぜだか知らないがアオイが家にやって来たんで内心大喜び。
上記の如く思いっきり尻に敷かれてますが。
浮かれまくってるのでジノがこの屋敷に来た理由なんかたいして気にしてません。単純なやつめ。