執事王子と庭師姫
+ツンデレ王子。

葵が王女なんで当然の如く女性化してます。世界観もパラレル。
※この手の設定が苦手な方はこの場から脱兎の如く逃げましょう。
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  姫様は仮免 【2】 2008年06月11日(水) 小ネタSS
【1】からの続き。
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アオイは悪びれるどころか笑顔で念を押してくる。

こいつの先祖がなんの根拠もないのに『なんとなくこっちにいる気がする〜』と当てずっぽうで全軍突撃かけたところ、なぜかその先にホントに敵軍がいて、気が付いたら絶妙の奇襲攻撃になっていたという歴史エピソードを思い出してげんなりする。

アオイは己の本能の赴くままに暴走しても絶対困らない。
そのせいで周囲の者(もちろん最大の被害者はマッティオ)が彼女のぶんまで困るのだ。

ああもう、どっと疲れがこみ上げてきた。
がっくり肩を落とした途端、マッティオは爆風に吹っ飛ばされたみたいに座席に叩きつけられた。アオイが鼻歌交じりにアクセルを踏み込んだのだ。

ほんの瞬きする間に車は時速100キロを突破した。
エンジン音も高らかに荒野を猛スピードで駆け抜けていく。
外から見たらさぞや非現実的な光景だろう。

速度計の針は滑るように急上昇していく。
時速250キロを突破したところでマッティオは正気に戻った。

「スピード落とせアオイ―――!」
「ほえ ? ブレーキ踏めないよ〜?」
「なにィ !? ウソだろ、ウソって言ってくれ頼むから―――!」
「ホントったらホントだよ〜おかしいなあ」

アオイはほえほえと訝しげに首を捻る。
時速300キロで走行中にブレーキ不能が発覚したというのにまったく動じる様子がない。

これにはさすがのマッティオも呆れたが、急いで頭を切り替える。

仕方ない。気長に減速するのを待つか。アクセル踏まなきゃいつかは止まるだろ。
それまでに岩に激突したり川に落ちたり崖から転落しなけりゃいいんだが。

そう思った途端、アオイがトドメとばかりに力強くアクセルペダルを踏み込んだ。

いい加減アオイの非常識には慣れっこのマッティオもこの時ばかりは顔色を失った。

「ばっ、バカかお前は〜 !? アクセル離せアクセル――― !!」
「ほえ? なんで〜?」
「なんで? とか言うなよなこのバカ女はもう……!」

言い合いする間もアクセルは踏みっぱなし。
窓の外を景色が光の矢のように飛び去っていく。
アオイによるアクセル全開走行の暴挙の前にエンジンブレーキ減速作戦は潰えた。

このまま燃料切れまで粘れというのか。ムリだ。絶対事故る。

そしたら明日の朝刊第一面に死亡記事がでかでかと載ってしまうじゃないか。
三流ゴシップ誌にもあること無いこと書きまくられるだろう。
イエロージャーナリズムに満ちたアオリ文句はこんな感じか。

“ 愛の逃避行・ミラノ大公女とその分家の青年が嵐が丘で心中 ”とかなんとか。

……それもまあいいかな、などとほんの一瞬心の片隅で血迷ったコトを考えてしまったのはここだけの秘密だ。

ではなくて。

「ンなことになってみろ、ジノの野郎に絞め殺されるじゃねーか!」

アオイも非常識だが、負けず劣らずジノだって非常識の権化なのだ。
ことにアオイがらみの件とくればなおさらだ。トチ狂って何をしでかすかわかったもんじゃない。

マッティオが死んでいようがお構いなしに、ジノは煉獄まで追ってきて首を絞めるだろう。

それからマッティオを地獄の業火に放り込み、アオイだけ連れてしっかりちゃっかり現世に帰還するに決まってる。ジノはそういうヤツだ。
言ってみれば擬人化された非常識。紳士ぶった態度とは真逆の極悪非道な外道だ。人間の皮を被った地球外生命体だ。

ここぞとばかりにジノへの悪態を吐きながらフロントガラスに視線を戻す。
頭の中が真っ白になった。

「ちょ、ウソだろ―― !?」

軽自動車が猛スピードで直進するその先にそびえ立つもの。
それはこの荒れ地に存在する唯一の建造物だった。
今から数百年前にジノの先祖が築き上げた難攻不落の軍事要塞。

跳ね橋を上げて固く門を閉ざした城の正門が刻一刻と近づいてくる。

このままでは時速300キロで正面衝突してしまう。
いや、車ごと外堀に転落するのが先かもしれない。

冗談じゃない。あの堀には中世の海図イラストに描かれている謎の巨大水棲生物が山ほど生息してるんだぞ。
ガキの頃うっかり飛び込んだ(ていうかアオイに背中押されてダイブした)時なんか、暗い水底でクラーケンと目が合ってマジ死ぬかと思った。

再びアレと再会するなんて死んでもご免だ。

マッティオはここに来て覚悟を決めた。もうどうにでもなれと言わんばかりにサイドブレーキ横のスラストリバーサを思い切り引いた。

反転した推力に煽られて車体が激しく揺れる。シートベルトがなければフロントガラスに頭から突っ込んでいたかもしれない。
ジェット機の着陸音めいた轟音の中、速度計に目をやった。針がみるみるうちに急降下していくのを息を凝らして見守る。

スピードが時速80キロまで落ちたのを見計らい、マッティオはサイドブレーキを引いた。
続けて血走った目をブレーキペダルに向けて絶句した。

なんとペダルと床の間の隙間に小型発煙筒が挟まっていた。どうりで踏めない訳だ。

「だーッ、なんだよコレは――― !?」

叫ぶと同時につま先で発煙筒をけり出し、ブレーキペダルを力一杯踏んだ。
堀割に棲む海竜の雄叫びめいた騒音を響かせながら暴走車は停止した。あと1センチでも先に進んだら堀に落ちるぎりぎりの位置で。

「な…なんとかなった……のか?」

半信半疑でつぶやく。呆然としたまま大きく息を吐く。張りつめていた緊張の糸がぷっつり切れて、へなへなと背もたれに倒れ込んでしまった。

アオイが大きな目をさらにまん丸に見開いて感嘆の声を上げた。

「ほえ〜スゴイね〜! マッティオもたまには頼りになるんだね〜」

言いたいことはそれだけか、このバカ女。

「よーし、あたしもやるぞ〜!」

言うが早いか車をバックさせ、Uターンと同時に今来た道を逆に走り出した。
アオイの右手が伸びた先を見てマッティオは息をのんだ。

「なっ、ちょっと待てアオイ、それだけはやめろって――― !?」

マッティオの制止の声がアフターバーナーの轟音にかき消されたのは言うまでもない。


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いつでもどこでも苦労人なマッティオ登場の巻。
先祖代々アオイの家系にこき使われているみたいです。分家とはいえ気の毒に。アオイんちの家督は基本的に女が継ぐんで男は肩身狭いんです。あ、ジノんちは普通に男が当主ですよ。

無駄に設定が込み入ってきました。私の悪い癖です。