運命の二択 (四) 2009.04.08


八代洲屋敷の表玄関に入るなり、クライフォートは眉をひそめた。
式台で三つ指をついて待ち受けていたのは、西の丸の奥女中、築山だった。彼女の隣には、大御所の床の間にあった五葉松の盆栽が鎮座している。

「お帰りなさいませ、姫様」
「あれ〜、なんで築山ここにいるの〜?」

築山はゆったりと顔を上げた。

「姫様の御道具に御衣装、それに身の回りの品々は、すでにお部屋にお運びいたしました。当座の間に合わせ程度のものですが、こればかりは仕方ありませぬ」

すべて運び入れるには、このお屋敷はあまりに狭うございますから。
築山は、にこりともせず言ってのける。

狭いといってもこの屋敷は大小含めて四十の部屋があるのだが。

「築山とかいったな。これはいったいなんの茶番だ?」
「ではまた後ほど、あの時わたくしはそう申したはずですが」
「……なるほど。そういうことか」

狸爺のくだらん長話は時間稼ぎの方便だったか。
クライフォートを西の丸に釘付けにしておく一方で、築山の差配で八代洲屋敷に葵の荷物を運び入れたのだろう。
城出した葵が八代洲のところに駆け込むのを見越しての、手の込んだ策略だ。

クライフォートの冷たい視線などものともせず、築山はしれっと話を変えた。

「ところで姫様。本日のお八つは南蛮菓子のかすていらでございます」
「わーい、どこどこ?」

菓子にあっさり釣られた葵は、大はしゃぎであたりをきょろきょろ見回す。

「それは、あとでわたくしがお部屋に持って参ります。姫様のお部屋は、あちらの廊下をまっすぐ行った先の、左手に見えます続き座敷ですので、お間違えなきよう」
「んー、わかった。それじゃ待ってるね〜!」

葵は案外素直にうなずくと、もどかしげに草履を足で脱ぎ捨て、廊下をぱたぱた走っていった。
姫君のくせに、大奥名物のすり足で高速歩行とやらをしなくてもよいのだろうか。
まあ木登りザルにそんなことを望んでも、そこらあたりで蹴躓くのがおちだろうが。

築山がやんわりと口を開く。

「どうやら姫様をお気に召したようで、なによりです」
「いつ誰がそんなことをいった」
「では、この盆栽は持ち帰らせて頂いてよろしいですか?」
「……いや待て、それはここに置いていけ」

あろうことか盆栽に目がくらみ、うっかり口走ってしまった。
あわてて今の言葉を取り消そうとしたその矢先、脳天気な大声が飛んできた。

「ぶらいあ〜ん! なにそんなトコで突っ立ってんの。早くこっち来なさいよ〜」

見ると廊下の向こうで葵が腕をぶんぶん振っている。

「では、クライフォート殿。姫様のこと、よろしくお願いいたします」

築山は澄ました顔でそういうと、クライフォートに深々と頭を下げた。



>あとがき

前々から言ってた昔々の江戸話です。
時代小説風にしたかったけど最初で力尽きました。
作中のクライフォートと葵の400年後の子孫が司令塔です。
次は新伍出したいですね。ていうか私が書きたくてたまらない。



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