半魚人 2008.08.15

オレは渡されたばかりのアンダーシャツをじっと見た。
ためつすがめつ凝視してから目を擦ってまた見つめる。
何度読み返しても結果は同じだった。

“半魚人”

シャツの胸のロゴはぶっといポップな毛筆体で確かにそう綴られていた。
腹の底からこみ上げる怒りを抑えつつマチルダ監督をにらみつける。

「おいコラ監督。こりゃ一体どーいうことだ?」
「なんじゃ火野。なんか文句でもあるか?」

飄々とした物言いにイラっときたが堪えてさらに問い質す。

「あるに決まってんだろ。なんだよこのロゴは!」
「お前、日系人のクセに漢字も読めんのか。嘆かわしいのぉ」
「ばっ、読めるから文句言ってんだろ!?」
「ほう、文句とな」

監督はニヤっと不敵な笑みを浮かべて他の選手どもをちらっと見やった。

「おぉ! これがウワサの漢字かー! ちょーCoolだぜ!」
「デザインが実にダイナミックかつワンダホー!」
「なんかわからんけどすげーイカしてんな〜さすがヒエログリフはひと味違うよな〜!」

あろうことか連中、各自アンダーシャツを手に大はしゃぎしてやがる。

Coolっててめえらバカか? そりゃ半魚人だ!
てかエンリコ! そりゃヒエログリフじゃねえ、漢字だ漢字!

「なあなあリョーマ! これってなんて書いてあるんだ?」

ビクトリーノにシャツの裾を引っ張られてギクリとする。
ばっ、てめえ、そんなキラキラと期待に満ちた目でこっち見るんじゃねえ!

「いっ!? そ、それはその……だな」

オレは視線をあさっての方向にそらしながら苦しい言葉を絞り出した。

「半分、サカナにんげん……だ」
「それってマーメイドか? ヒャッホーすっげーファンタスティ〜ック!」

脳天気に小躍りしている相棒の姿に激しい罪悪感を感じた。
すまんビクトリーノ。人魚じゃねえ。ホントは大アマゾンの妖怪で生臭系オカマ魚類なんだ。

「つーかなんで半魚人なんだよ……?」

チームメイトには聞こえないよう小声でマチルダ監督に問い質す。
監督はフッと笑みを漏らした。どこか遠くを見つめるような瞳でおもむろに語り出す。

「それはだな。ワシがまだ紅顔の美少年だった頃の話じゃ。謎の妖怪イプピアーラを求めて大アマゾンの奥地へ一人旅立ったワシの前に現れたのは美しく可憐な半魚人の娘で……」
「……なあ監督。その話長くなりそうか?」
「なあに、たかが三日三晩のことじゃて。遠慮せんでええ」

遠慮なんかしてねえ! てかそれ以上喋んな頼むから!
わなわな肩を震わせて半魚人アンダーシャツをぐしゃっと握りしめる。

「ああもう、とにかくオレはこんなもん着ねえからな!」
「いつまでブツクサ言うとる。別に下に着るんじゃから構わんじゃろ」
「アンダーだから問題なんだろが! ユニ交換の時どうすんだコレ!」

マチルダ監督はいたく感心した面持ちでポンと膝を打った。

「おお、それは気づかなんだ。スタジアムに居並ぶ11匹の半魚人! 実に壮観な眺めじゃ!」
「こ、こンの耄碌ジジィは〜〜! もう我慢できねえ! 一発殴る!」
「ほう、面白い。やる気ならホレ、さっさとかかってこんか」

小憎らしいことにあくまでも余裕の構えを崩さない。
オレは思わずカッとなって監督につかみかかった。

これでも柔道は黒帯。
老人相手に手加減するだけの理性はまだ残っていた。
とりあえず軽く技をかけて……とか考えてるうちに逆に襟をむんずとつかまれる。

「――へ?」

動転する間もなく視界が反転する。
気が付いたら豪快に背負い投げされていた。

「う…ウソだろ……?」

地面に尻をついたまま呆然とつぶやく。
こんな干物みたいなジジイに投げられただと? そんなバカな。あり得ねえ!

「やれやれ、脇が甘いのう。それでも日本男児か?」

トントンと腰を叩きながら監督が呆れ顔で嘆息した。
いやオレ日系だけど一応ウルグアイ人なんだが。
それよりもこのジジイ何者なんだ? まさか柔道の達人か?

チームの連中は今や尊敬の眼差しで監督を見つめていた。

「スッゲー! 監督ってばサムライだったのかよー!」
「ちょーCool! これが本当のカミカゼハラキリってヤツだなっ!」
「おお! NOあるタカはハゲ隠すってこのことだぜ!」

ちょ、お前らなんでもCoolって言やすむと思ってねえ?
てかエンリコ! 脳ナシのてめえは黙ってハゲタカ抱えてすっこんでろ!

「のう火野。そんなに半魚人が気にくわんのなら他のにするか?」

オレは疑いの眼差しで監督を見上げた。
怪しい。このボケ老人が譲歩なんかするわきゃねえ。

「……他ってなんなんだよ?」
「ふむ。“犬”もいいが“干物”も捨てがたいのう。おお“正露丸”なんかどうじゃ?」
「……ああもう半魚人でもなんでもいいからオレのことは放っといてくれ」

グラウンドにごろんと寝っ転がると、オレはヤケクソな気持ちで言い返した。




>あとがき
サイト開設二周年記念・企画モノ。ウルグアイ編。

南米=アマゾンの半魚人の図式から生み出されたアホ話。
またはWY編の対日本戦で火野がアンダーシャツ着てない理由。
あんなもん着てたらユニ交換時に日向さん困るよ。



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