!注意!パラレル世界ものです。
新伍と太陽王女コンテンツのアオイが男女の双子で同時に登場します。
同一人物なので顔も中身もほぼ同じ。イタリアの例に漏れず女の方が気性が荒いです。


そんなの全然気にしないさ、という剛毅な方はこのまま下にスクロールしてどうぞ。








































  シンゴとアオイ 2011.02.24

「ちょっと話がある。いいから黙ってついて来い」

インテルのクラブハウスの廊下でアオイの右腕を掴み、ジェンティーレはそう言い放った。
へ? なんでここにいるの? と目を白黒させるアオイの腕を引いてすたすた歩き出す。
ジノの野郎に出くわしたらいろいろと面倒だ。
人目を避けつつ足早に突き進み、首尾良く敷地内の倉庫裏へ連れ出すことに成功した。

「で、話ってなに」

アオイは上目遣いにジェンティーレを見た。
ツインテールに束ねた髪がさらりと揺れる。青のサテンシルクのリボンが目にも鮮やかだ。
クレープサテンの青いドレスワンピースはシンプルなデザインだが、それでいて細かなディテールにこだわった職人技が随所に見て取れる。
足下もまるで隙がなく、銀色に輝くバックストラップのパンプスがいっそう効果的にドレスの青を引き立たせていた。

手っ取り早く言えば、ものすごく可愛らしいってことだ。
すっかり心奪われてうっとり見蕩れていると、

「ちょっと聞いてるの、ジェンティーレ?」

アオイのいぶかしげな視線にはっと我に返る。

「え、ああ、その……だな。今日は2月14日だよな?」
「うん、そうだけど。それがどーかした?」

大きな黒い瞳にじっと見つめられ、妙に気恥ずかしくなって目をそらした。
そっぽを向いたまま何気ない風を装って言う。

「ガッレリアの店予約してんだ。今夜ヒマだったら一緒に食事行かないか」
「はぁ? なんで?」

アオイはマジ理解できないって顔つきで聞き返した。
なんだそのうさんくさいものを見るような疑惑のマナザシは。

「ご、誤解してんじゃねーよ。約束してた女に急にドタキャンされて、し・か・た・な・く、穴埋めにお前誘ってんだからな!」

ついカッとなって余計なことをべらべら口走ってしまった。今は反省している。
死刑執行を待つ囚人みたいな心持ちでおそるおそるアオイの様子を窺ったら、意外なくらい冷静だった。それどころかこちらを気遣うような表情で、

「えーと、その。そーじゃなくって」

どう言ったらいいのかなあ。困り顔で言葉を探して悩んでいる。短気で気の荒いアオイにしては妙に歯切れが悪い。おかしい。いつもならグーで顔面を殴打されてる頃合いなんだが。
そういやコイツいやに気合い入れてめかし込んでねえか。
イヤな予感が胸をよぎった。

「……お前もしかして、ジノと先約あるんじゃねえだろーな」
「へ? いや別にないけどそんなの。本当だってば。ああもう、しょーがないなあ」

アオイは深々とため息をついた。そしてぺこりと頭を下げた。

「ゴメン。オレ、アオイじゃないから」

はぁ? なに言ってんだコイツ。
眉をひそめるジェンティーレの前で、アオイは頭に手をやった。ずるりとツインテールを脱ぐと、なんとアオイの双子の兄の新伍が現れた。

「なっ、お前コザルじゃねえか !?」
「あははは〜。いや〜なんか言い出しにくくってさあ」

だってお前すっごく真剣だったし。
新伍はツインテールのカツラを手に提げたまま、苦笑混じりに頭を掻いた。

「オレだって好きでこんな格好してんじゃないぞ。“カラオケ唄う双子姉妹”って余興の練習してただけなんだからな」

“カラオケ唄う双子姉妹”とやらは、打ち上げパーティの二次会の出し物らしい。
余興の演目をチームメイト全員でくじ引きしたところ、一発目にアオイがその双子姉妹とやらを引き当ててしまった。それで双子つながりで自分が女装するハメになった、と。

新伍の話を聞いてジェンティーレは確信した。
その演目を考えたのも、アオイがそれを引き当てるように仕組んだのもジノに決まってる。
打ち上げで双子美少女を両脇に侍らせてご満悦ってか、あんの変態野郎〜!
心の中で激しくジノに悪態をついていると、新伍がふっと顔を曇らせた。

「でもジェンティーレ。オレとアオイの見分けつかないんだね。なんかガッカリ」

新伍の言葉が胸にぐさりと刺さる。

「お前ら双子だろ。おまけに女装までしてりゃ間違っても仕方ねえだろ」
「双子ったって男と女だよ。見分けられないなんてあり得ない」

女のアオイと一卵性双生児レベルでうり二つの顔立ちの男がムチャ言うな。
おまけにアオイはつるぺただから、胸で見破られる心配もねえだろ。
アオイが耳にしたら即座に飛び足蹴りをかましてきそうな失言をぽろっとこぼしていたら、

「だってオレがアオイの格好して現れたってマッティオは一発で見抜くぞ」

なんだと。そんなバカな。あり得ねえ。なんでそこで赤毛野郎なんだ。
ジノやクライフォートを引き合いに出されるよりも精神的ダメージが大きいんだが。
久々にハンパでない敗北感を抱いた瞬間だった。

「そ、そりゃあいつは幼なじみで長いつきあいなんだろ。だから見分けられるんだ」
「いーや、見分けられないのは愛がないからだってジノが言ってたぞ」

愛がなければ真実は見えないんだよ、シンゴ。したり顔でそうささやくジノの姿が目に浮かび、思わずブチ切れそうになる。
あの陰険腹黒キーパーはいつもいつも余計なことを〜!

ギリギリ歯ぎしりしていると、新伍が不機嫌顔になる。

「見分けられないってことは〜ジェンティーレ。愛がないんだ」
「そんなことはないっ。オレは心から愛してるぞ!」

力強く断言してから新伍の顔を見る。
おい、なんだその不審者を見るようなまなざしは。

「えーと、それってアオイのことだよね?」
「――!!? ももも、もちろんだとも! オレがお前を愛してるとか悪い冗談だぜハハハハ……ってゴラァ、てめえなんで後ずさっていきやがんだ !?」
「あ、あはは……別に深い意味はないんだけど」

新伍は引きつった笑顔できびすを返した。そのまますたこらさっさと逃げだそうとしたので、すかさず後ろから羽交い締めにして阻止する。

「うわあぁっ、何すんだよ放してよ〜このヘンタイ !?」
「このヤローやっぱ勘違いしてやがんな。だからさっきから言ってんだろ、誤解だって――」

言い終える前に、ジェンティーレの後頭部にものすごい衝撃が走った。
目の前に火花が散る。あまりの痛さに絶叫してしまった。訳もわからずひたすら激痛に耐えていると、背後でいやに聞き覚えのある声がした。

「愛だの恋だの空々しいことを真顔で叫んでるのはどこのバカだい?」

痛みをこらえて肩越しに振り返る。
そこにはぞっとするような凄惨な笑みをたたえたジノが佇んでいた。
自慢の黄金の右腕でカボチャかなにかを握りつぶすように、ジェンティーレの後頭部をぎりぎり締め上げながら。





こんな格好で街を歩けないよ!
そう言い残して着替えに走っていった新伍が戻ってこない。ロッカールームは目と鼻の先なのに、いったい何を手間取っているのやら。はき慣れないパンプスにつまづいてすっ転んだのか。
まあそんなもの日常的にはき慣れていたらいたで怖いものがあるが。

新伍の女装姿を思い浮かべてマッティオが肩をすくめていると、アオイが苛立ちもあらわに頬を膨らませた。食堂のテーブルの上に堂々と足を組んで腰掛けながら、

「おっそ〜い、なにやってんの新伍はもー」

いらいらとした様子で携帯電話をぱちんと閉じた。
ピンク色のドレスワンピースは新伍のものと色違いのお揃いで、アオイにとてもよく似合っている。ツインテールに結んだピンクのリボンとゴールドのバックストラップパンプスも新伍と色違いのひと揃い。柔らかな色彩に身を包んだアオイは春の妖精みたいに愛らしい。

が、そんな丈の短いスカートで足を組まれると目のやり場に困るのだ。

「とりあえずテーブルから降りろ。行儀の悪い女だなまったく」

もちろんこのマッティオの苦言は華麗にスルーされた。
かと思いきやアオイはなにか思い出したように顔を上げ、テーブルからぴょんと飛び降りた。

「そーだ。忘れてた〜」

アオイは椅子の上に置いたスポーツバッグから長方形の薄い箱を引っ張り出した。
マッティオに笑顔で差し出す。

「はいこれ。ありがたく受け取んなさい」

とても見覚えのある箱だった。
デジャヴとかそんな生易しいものではない既視感。

「うんそう。昨日あんたが徹夜でラッピングしてくれたチョコだよ」

アオイは悪意のかけらもない笑顔で言った。

いいやラッピングだけじゃない。チョコ作りもムリヤリ新伍に手伝わされたんだ。
つまり今オレが手にしているチョコレートを作ったのも包んだのもオレ自身というわけで。

「そんなもん受け取ってどこをどうありがたがれと?」
「やだなあ。材料調達はあたしだよ!」
「スーパーでセール中の製菓用ベルギーチョコを買ってきただけで胸を張るな」
「あ〜お腹空いた〜。帰りにどっかで食べてかない?」

マッティオの皮肉など聞こえない様子で、両手を上に伸ばして大あくびする。

「ガッレリアに美味しいお店があるんだよ〜。当然マッティオのおごりでね」

ガッレリアとはミラノ中心部にあるショッピングモールのことだ。ガラス天井のアーケードには高級店がずらりと建ち並び、観光客でいつも賑わっているが、観光地のお約束でどの店も料金設定が地元の相場よりはるかに割高。ましてやアオイの言う店とやらは、マクドナルドやバールの類ではなく、ガッレリアでも指折りの名店だろう。

ちょっと待て。今お前さらりと聞き捨てならないこと言わなかったか。
なんでオレがおごる前提になってんだ。

「あたしのチョコのお返しに、あんたはあたしにステキな晩ゴハンをおごる。これがえーと、そうトーカコーカンってヤツよ!」
「なんだそのオレに圧倒的に不利な条件の不平等条約は。等価交換でもなんでもねえぞ」
「愛情とか真実とか、目に見えないものってわりと目盛りのゴマカシ利くんだよ!」

満面の笑顔だが言ってることは悪辣だ。そのうえ悪びれた風もなく堂々と胸を張ってるからますますヒドい。こういうヤツを小悪魔というのだろう。

「ねえジノもそう思うでしょ。――ってあれ?」

アオイが振り返った先に、ジノの姿は見あたらない。きょとんとした顔で周囲を見回す。

「どこ行っちゃったんだろ」
「ああ。さっきまでそこにいたよな」

マッティオも首を傾げる。
そこのテーブルに頬杖ついてアオイを眺めながら、それはもう薄気味悪いくらいニタニタ笑み崩れていたはずなんだが。
最初は新伍がいなくなり、気がついたらジノも消えている。食堂に残っているのはアオイとマッティオだけだ。次いなくなるのは誰だってか。ははは。なんかクリスティの孤島密室殺人事件みたいだな。

冗談めかして苦笑したところで、遠くからすっとんきょうな悲鳴がこだました。
2時間サスペンスの冒頭部、被害者が殺害されるときにあげる断末魔の叫び声に似ている。

この声、妙に聞き覚えがあるんだがたぶんオレの気のせいだろう。
面倒事に関わり合いたくない一心でむりやり自分に言い聞かせていたら、空気を読まないアオイがあっさり口にしやがった。

「ほえ? なになに今の。ジェンティーレの声じゃない?」

それだけじゃない。さらにとんでもないことを言い出した。

「あっちから聞こえてきたけど、見に行ってみよっか」
「ばっ、なにバカ言ってんだよお前は―― !?」

そのまま駆け出そうとしたので、あわててアオイの腕を掴んで引き留める。

戻ってこない新伍と姿を消したジノ。そしてジェンティーレの悲鳴とくれば、推理小説マニアでなくとも何が起きたかくらい想像がつく。
今ごろ用具倉庫の裏ではさぞや血の凍る惨劇が繰り広げられていることだろう。

ジノのことだ。邪魔なジェンティーレを片づけたあとで、「どうせついでだしマッティオも始末しておこう」とか良からぬことを企まないとも限らない。いや確実に考えるぜあの野郎は。
やばい。一刻も早くこの場から離れないと――!

マッティオは即座に決断した。背に腹は替えられない。

「アオイ。お前が言ってた店とやらに行くぞ。ガッレリアまで全力疾走だ!」
「え、いいの? わーい!」

脳天気にはしゃぎまくるアオイの腕を引っ張って、マッティオは大急ぎで駆け出した。

そして食堂には誰もいなくなった。




>あとがき

2011年バレンタイン話。
パラレルで新伍とアオイが双子設定で同時に出てます。
二人いるのにいつも以上に報われてないですねジェンティーレ。
愛がないわけじゃあないんだけど、その愛が主に下半身に集中してるせいで見分けられなかったんですね。自分で言っといてなんですが、すげー納得した。

まあマッティオが幸せそうだしそれでいいじゃない。
ジノも新伍と楽しく過ごしてるんでしょーし。


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