■ 不機嫌の理由 | 2010.01.01 |
マッティオは年代物のガス台の前で憂鬱そうにため息をついた。 クリスマス休暇で久しぶりにミラノに帰省したのはいいが、駅でさっそくシンゴに捕まって(あれは絶対に待ちかまえていたとしか思えないタイミングだった)、今はヤツの下宿の台所でこき使われているのだが、それはひとまず置いておく。 目の前の大鍋をひょいとのぞき込み、何気ない風を装って切り出した。 「えーと、最近ユーベ調子悪いよなー」 「ふーん、そう。あ、ジャガイモ茹だったら皮むいて。全部ね」 シンゴの声はどこまでも素っ気ない。 マッティオはため息をついて、とりあえずジャガイモの皮むきを始めた。 なんでオレが年越しパーティ用の料理の手伝いなんかしなくちゃならないんだ? それもユニオーレスの頃から現在まで毎年ときたもんだ。おかげで実家の台所よりも、シンゴの下宿の台所の使い勝手に詳しくなっちまったじゃねえか。 まあそれは今さら言っても仕方ない。話を先に進めよう。マッティオは再び口を開いた。 「ホームでボコられてCL決勝T逃すわ、リーグ戦じゃ最下位チームに逆転負けするわでもう散々だろ。重症だよなこりゃ。特にどっかのツンデレリベロが」 「あっそ。そんなことより皮むけたー?」 ユヴェントスの悪夢の迷走劇はまたしてもあっさり華麗にスルーされた。 こいつ、あくまでも無視を決め込むつもりだな。だがここで引き下がるわけにはいかない。 マッティオはジャガイモの最後の一個をむき終えてボウルに放り込んだ。隣でトマトソースを煮込んでいるシンゴに向き直る。 「ってかユーベ、インテルに勝ったの最後にずっと負けっ放しじゃね?」 「さあね。じゃあそれ半分は薄くスライスして、残りはすりつぶしといて」 「……なあお前。何があったか知らねえけど、いい加減許してやれよ」 突然シンゴが顔を上げた。マッティオを真っ向からにらみつけ、断固とした口調で言う。 「絶対絶対絶対絶対、イ・ヤ・だ!」 ああやっぱり。こりゃ相当深く根に持ってやがんな。 実は先日インテル対ユーベの試合でインテルがまさかの敗北を喫したのだ。 その時ジェンティーレの野郎がオレ様顔でそっくり返って小馬鹿にでもしたんだろう。それを真に受けたこいつがいつものようにブチ切れた、と。今も冷戦状態は続いている。ユースの頃から進歩のない奴らだぜ。 「もー思い出したらまた腹立ってきた! ジェンティーレなんか大ッ嫌いだ!!」 シンゴの絶叫に呼応するかのように、外で何かみしっときしむような妙な音がした。 何気なく振り返ったが、窓の外には誰もいない。なんだ今の。雪の重みで窓枠がたわんだのか? マッティオは首を傾げながらもシンゴに向き直り、ダメモトで説得を続けた。 「いやまあその気持ちはわからないでもないが、ジェンティーレってぶっちゃけバカだし、バカは死んでも治らねえっていうから、ここはひとつお前が大人になって丸く納めてやれって」 「だってジェンティーレの奴、冷蔵庫の中のオレの納豆、勝手に捨てちゃったんだよ!」 「………はい? いまなんてったお前」 納豆……だと? いきなり話があさっての方向にぶっ飛んで、脳の処理が追いつかない。 「えーと要するにだな、お前が怒ってるのはライバルに負けた悔しさとか力不足な自分への苛立ちとかそういうシリアスな理由じゃなく、たんなる納豆を捨てられたウラミなのか?」 「だってあいつ『腐った豆を捨ててなにが悪い』なんて開き直ったんだぞ! 許せないよ!」 そうか。そんなくだらない理由ではた迷惑なケンカを続けていたのかこいつらは! 「あの納豆日本じゃすっごい人気で、半年前から予約入れないと買えないんだぞ!」 「納豆納豆ってお前、ジェンティーレと納豆のどっちが大事なんだ」 「納豆に決まってるじゃん!」 シンゴが力いっぱい断言したとたん、またしても窓の外で妙な物音がした。たとえるなら爪で黒板をギギギと引っかいたみたいな耳障りな音。 窓を見たがあいかわらず誰もいない。なんなんだいったい。 視線を戻すとめいっぱい不機嫌顔のシンゴと目があった。 「そもそもマッティオさぁ、なんでジェンティーレなんかの肩持つわけ?」 ピンポイントで痛いところをつかれて、うっと言葉に詰まる。 「んーと確かキエーヴォ、休み明けにユーベと当たるんだよね。厄介な上位クラブが勝手に調子落としてくれてんだからチャンスじゃん。目指せ脱・中位力〜」 うるせー余計なお世話だこのヤロー。 万年中位クラブで悪かったな! 邪気のない顔でけらけら笑うシンゴからぷいっと目をそらして、ふて腐れたように言った。 「腑抜けて戦意喪失したヤツに勝ったってつまらないだろ。オレはいちいちムカつくあのオレ様野郎と勝負したいだけだ」 シンゴは驚いたように大きな目をぱちくりさせてマッティオをじっと見た。 おいコラ、なんだその珍しいものを見るマナザシは。 「ふーん。マッティオって意外とココロザシ、高いんだね」 意外で悪かったなこのヤロー。 内心愚痴るマッティオを興味深げに見上げ、シンゴはにんまり笑った。 「マッティオがそこまで言うんなら仕方ないなあ。いいよ。ジェンティーレ許してやっても」 「なんだお前。急に物わかりがよくなりすぎじゃね? 気味悪ィな」 「ほらほら、つまんないこと気にしてないで、ほらさっさとジャガイモすりつぶす!」 そう言ってマッティオにポテトマッシャーを押しつけると、シンゴはさっきとはうって変わって機嫌良く、鼻歌交じりにトマトソースをかき混ぜ始めた。 「……なんなんだ一体」 どこがどうしてどうなってこんな展開になったのかサッパリわからない。 マッティオは小さくため息をつくとジャガイモをすりつぶす作業に戻った。 その頃シンゴの下宿の窓の外では、噂のヘタレ紳士ことジェンティーレが積もった雪に頭から突っ込んだ状態でじたばたともがいていた。 やっとのことで首をもたげて背後の人物をにらみつける。 「ジ〜ノ〜! てめえいきなりなにしやがんだゴラァ!?」 「俺はただ、シンゴの下宿の窓辺で発情期のオス猫みたいに猛り狂って壁をガリガリ引っ掻いてる変質者を見かけたんで、とりあえず後ろからタックルして取り押さえただけさ」 「なっ、誰が変質者だ―― !?」 「あんまり声が大きいとバレるよ、シンゴに」 ジノに言われてジェンティーレは怒鳴り声をぐっとこらえた。 「……ったくあの赤毛野郎。黙って聞いてりゃいい気になりやがって〜」 「オレは謝らねえぜ!とか威勢良く吹いといて、結局のこのこ謝りに来たくせに、いざとなったらシンゴにあわせる顔がなくて、窓の外でうろうろ悩んでるヘタレに言われたくないよなあ、マッティオもさ」 そう言ってジノは底意地の悪い笑みを浮かべた。 少しばかり毒が効いているがまごう事なき事実なので、ジェンティーレは何も言い返せない。 ギリギリと奥歯を噛みしめて怒りをこらえると、ふんと鼻を鳴らした。 「赤毛野郎がその気なら遠慮はいらねえ、全力でぶっつぶしてやるから覚悟してやがれ!」 「それはどうかな。ああ見えて結構しぶといんだよマッティオって」 なんせこの俺に長年たてついておいて未だ無事に生きながらえてるんだし。ジノは肩をすくめて物騒なことをつぶやいた。 「まあ、たとえお前がまた負けたところで、次は俺があいつを叩きつぶしてやるから後のことは気にせず派手に玉砕したらいいよ、うん」 「そんな何度もあっさり玉砕してたまるか―― !?」 来年のマッティオとジェンティーレの運命やいかに。 >あとがき 来年の彼らの運命ですが、ユーベ試合開始早々先制、1点リードするも調子こいたせいで後半ロスタイムにキエーヴォにボールカットされ、そのままカウンター喰らって追いつかれ、1-1ドローに終わった場合―― 来年の運勢はジェンチぴょん吉マッティオかめ吉だな。うさぎとかめ的に。 ついでにシンゴ大吉、ジノ様大大吉、司令塔測定不能(印刷ミスの白紙)ってとこか。 ← 戻る |