■ あの日の約束 | 2009.10.28 |
ジノ・ヘルナンデスは人待ち顔でミラノ中央駅のプラットホームに佇んでいた。 すぐ横に設置された時計を仰ぎ見る。到着までまだ30分以上はあるな。少し早く来すぎたか。そう思った途端、いやに聞き覚えのあるほがらかな声がこだました。 「あ、ジノ〜! こっちこっち〜!」 そんな馬鹿な。どういうことだ。 あわてて視線をやると、ちょうど反対側のホームで、大きなリュックを背負ったシンゴが元気に両手を振っている。 列車はまだ着いていないのにどうしてシンゴがいるんだ? しかも反対ホームに。 ジノの当惑に答えるように、線路越しにシンゴが声を張り上げた。 「どーせまた遅れるだろうなーって思ってひとつ早いのに乗ったんだけど、なんか今日に限って時間通りに発車しちゃってさ〜、もー信じらんない」 なるほど。遅延列車がたまたま正確に運行したせいで到着が早まったのか。 「それはともかく、なんで反対側ホームなんだい?」 「うっかり寝過ごしてミラノ通り越しちゃった。あはは。そんでトリノ行きに乗り換えて戻ってきたトコ。じゃ、今からそっち行くからちょっくら待ってて〜」 言うが早いかシンゴが走り出した。乗降客でごった返すホームの中を、誰にもぶつかることなく器用にすり抜けていく。なんだか絶妙のスピードとバランスで敵DFを次々とかわしながら、ゴール目がけて独走してるみたいだな。 そんなことをぼんやり考えているうちに、線路沿いにぐるっと大回りしたシンゴが目の前に駆け込んできた。あれだけの距離を走ってきたのに息ひとつ切らしていない。 「わーいジノ〜! ひさしぶり〜!」 子犬みたいに無邪気に飛びついてきたシンゴを、ジノが当然のように受け止める。 「お帰り、シンゴ」 「えへへ〜ただいま〜!」 シンゴはジノをまっすぐ見つめると、ちょっと照れくさそうに笑った。 懐かしいその笑顔はインテルにいた頃と少しも変わっていない。 シンゴとは折に触れて電話で連絡を取っていたものの、直接顔を合わせるのは去年のクリスマス休暇以来だ。たった半年。だけど俺にとっては永遠にも思える半年だった。 今、君はここにいて、俺の腕の中で笑っている。 ただそれだけのことが、なんだかとてつもない奇跡のように思われて、知らず笑みがこぼれた。 「アルベーゼのセリエB昇格おめでとう」 「うん、ありがとう! でも……日向さんには負けちゃったんだよなあ」 「けどシンゴは良くやったと思うよ」 そう、シンゴは精一杯頑張っていた。問題なのは……。 セリエC1最終節の録画ビデオを思い出して苦笑いする。 ロスタイムの、よりにもよってあの局面でペナルティエリアを飛び出していったアルバのキーパーの判断には、さすがの俺も度肝を抜かれたね。思わずテレビに向かってツッコミを入れてしまったよ。 シンゴは真剣な表情でジノを見据えた。 「いいや、ぜんぜん良くないよ! マルコさんのシュートのこぼれ球、決められなかったんだもん! あそこでゴッツァさんにボール取られてどーすんだってオレ。オマケに最後、日向さんのシュートブロックに行って逆に吹っ飛ばされちゃうし。はあ……」 一気にまくし立ててからジノの腕を振りほどき、がっくりうなだれてため息をつく。 最終節の敗北の件がよほど堪えているらしい。まあ無理もない。 先の2失点を跳ね返してようやく同点に追いついたのに、最後の最後に勝ち越しゴールを決められてしまうなんて、誰だって落ち込むだろう。 「それもこれもみんなオレの力不足のせいなんだ。情けないよ」 ぽつりとつぶやくシンゴの姿が痛々しくて見ていられない。つい肩を抱き寄せて慰めの言葉をかけたくなったが、そんな必要は全くないのだ。 心の中で自制心、自制心と唱えつつ、つとめて穏やかな表情で見守っていると、突然シンゴが顔を上げた。両方のこぶしをぐっと堅め、なにやら決意したように大きく頷く。 「もっともっと頑張らないと日向さんに勝てないんだ! よーし、頑張るぞ〜!!」 ジノの予想通り、シンゴはいともあっさり立ち直った。 頑張ればヒューガどころかツバサ オオゾラにさえ勝てると思っていそうなイイ笑顔で。 とことん前向きで楽天的なキャラクターである。 でも俺はそんなシンゴの性格をとても好ましく思っている。 「じゃあ今度は二人でヒューガを倒そうか。ついでにジェンティーレも合わせて」 「へ? なんでジェンティーレ? あ、そーか! 日向さんユーベ戻ったんだから、アイツもいるんだっけ。いやもうスポーンと存在ド忘れしてたよあははは〜」 シンゴは悪気などこれっぽっちも無い笑顔でぱたぱた手を振った。 ああ、今すぐこのセリフをジェンティーレに聞かせてやりたい。 こみ上げる笑いをかみ殺して、ジノが小刻みに肩を震わせていると、シンゴが元気に言った。 「でも嬉しいな。またジノと一緒に戦えるなんてさ!」 「俺もだよ。ずっと待っていたんだ」 そう、シンゴがインテルに戻ってくる日をね。 俺とシンゴが初めて会った日、スタジアムで約束しただろう。 いつか一緒にインテルでプレイしようって。 君は覚えていないかもしれないけど、俺はあの日からずっと待っていたんだよ。 「うん! あの時の約束、やっと果たせたね!」 ジノは一瞬耳を疑った。驚きのあまり言葉が出てこない。 ちょっと待ってくれシンゴ。それってもしかして。 「え……覚えていたのかい?」 「当たり前だよ。もーオレそんな忘れっぽく見えるかなあ?」 ふて腐れたように頬をふくらませるシンゴを見て、ジノは相好を崩した。 「まったく、君には敵わないな」 君と二人ならどんな夢でも叶えられそうだ。心の底からそう思った。 >あとがき ヤンジ/ャン最終回までジノ様が拝めなかった憤りを込めて急遽でっち上げた話。 おひさまジョカトーレ最終回の新伍サイドのその後です。 作者が描かないんだから勝手に脳内保管するしかないじゃな〜い。 新伍はインテルに、日向さんはユーベに戻って次はセリエA頂上対決ってことで。 ← 戻る |