ステキな誕生祝い 2009.03.12

マッティオに手渡されたプレゼントの包みを開けるなり、新伍は歓声を上げた。

「わーい! これ前から欲しかったんだー! ありがとうマッティオ〜!」
「そーか。そりゃ良かったな……」

マッティオはげんなりとした表情で、世にも奇抜なキッチンペーパーホルダーに目をやる。

よくある冷蔵庫や吊り戸棚に取り付ける類のものではない。卓上に置いて使うスタンドタイプだ。猫足の台座にケバいオレンジ色のニンジンが直立していて、その上に群青色の小猿オブジェがちょこんと立っている。

ニンジン部分にキッチンペーパーの芯を差し込んで使うらしい。
呆れるほど長い小猿の尻尾の先がストッパーの役割を果たしているそうだ。
いざというときには護身用の武器にもなる。店員は立て板に水の如くそう説明した。

おいおい、ニンジンと小猿のペーパーホルダーで強盗に立ち向かえってか?
思わず口をついて出そうになったが堪えた。
これ以上店員の長話につき合うのはご免だったからだ。

ふと思いついたように新伍が首を傾げる。

「でもよくわかったね〜、おれの欲しいモノ!」
「そーだな。なんでだろーな。ハハハ……」

何を今さらしらじらしい。
誕生日の二ヶ月も前から、キッチン用品店を通りかかるたびに陳列棚を指さして「わあ、いいなあコレ! 欲しいな〜! でも高価いなあ〜! ……誰かプレゼントしてくれないかなあ?」とあからさまに催促し続けたのはドコの誰だ。

マッティオが心の中でツッコミを入れていると、ジノにぽいっと脇に押しのけられた。

「誕生日おめでとう、シンゴ。これは俺からのお祝い」

いつものように優しげな笑みを浮かべてプレゼントを差し出す。

「俺が勝手に選んでしまったけど、気に入ってくれたら嬉しいな」
「ありがとうジノ〜! おれはジノからのプレゼントならなんだって嬉しいよ!」

新伍は受け取ったプレゼントを大事そうに胸に抱えて、元気よくうなずいた。
ほんのり頬を染め、大きな目をキラキラ輝かせてジノを見上げる。
ジノはといえば、これまた薄気味悪いくらい甘ったるい笑顔で見つめ返す。

たちまちむさ苦しいロッカールームは花と点描の漂うバラ色の異空間と化した。

目眩がするほど非現実的な光景。
まるで大昔の日本の少女漫画の世界に迷い込んでしまったような、そんなナンセンスな錯覚すら覚えて怖い。

「うわッ、またかよ! ったくこいつらはもう〜〜〜!?」

うっかり叫んでしまったが、幸せ一杯モードの二人の耳には届かなかったようだ。

マッティオはドアに向かってそろりそろりと後ずさり始めた。
一刻も早くこの場を離れないとヤバい。
ドアに背中を向けたままドアノブを探り当て、音を立てないようそっと回す。
よっしゃ、あともうちょっと。

息を凝らしてドアを引いた。
いや、引こうとした瞬間、バキっという音と共にドアの蝶番が吹っ飛んだ。
「へ?」
振り返る暇もなく、マッティオはドアの下敷きになって床に突っ伏していた。

「……な、なんなんだ一体?」

降ってわいた災難になかば呆然となりつつ、それでもなんとか身を起こそうとした途端、部屋にずかずか入ってきた何者かにドアごしに踏みつけられた。再び床とご対面する。

「はッ、インテルのドアときたらずいぶんヤワな作りだな」

いやに聞き覚えのある声だった。
マッティオはついカッとなってドアをはね飛ばして起きあがった。

「ゴラァ !? なにしやがんだこのツンデレ野郎! さっさと降りやがれ !?」
「あ〜悪ィ。両手ふさがってたもんでな」

ユヴェントスの名高きツンデレ……ではなくサルバトーレ・ジェンティーレは罪悪感など微塵も感じられない表情で肩をすくめる。

「荷物下ろすよか蹴破った方が手っ取り早いじゃねえか」

そんなことはユーベの監督部屋のドアを蹴破ってから言いやがれ。話はそれからだ。

マッティオの内心のツッコミはさておき、ジェンティーレは長テーブルの上に抱えた荷物をどさっと下ろした。大型家電製品を入れる類の大きな段ボール箱。
なんだこりゃ。全自動皿洗い機でも担いできたのか?

ジェンティーレは不機嫌そうな顔で新伍を見た。
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうな口調で言う。

「おいサル。これで文句ねえな !?」
「わーい、ありがとージェンティーレ!」

新伍は大喜びでジェンティーレに駆け寄り、ぴょんと首に飛びついた。

「―― !? べ、別に誕生祝いとかそんなんじゃねえぞっ! ただお前がここんとこ三日と空けず同じ通販カタログ送りつけてきてウゼエから仕方なく、だな……!」

大の男が茹でダコみたいな顔で両手をバタバタさせながら必死に言いつのる。

トリノからミラノまでわざわざ大荷物抱えて来ておいて何を今さら。
ついでに新伍はプレゼントの荷ほどきに夢中で、お前の言い訳なんか聞いてないぞ。

ジェンティーレの滑稽なまでの狼狽えぶりに、マッティオは思わず吹き出しそうになった。
ジノはあからさまに見下した冷笑を浮かべている。
新伍は背丈の半分ほどもある段ボール箱に頭ごと突っ込んで、某有名ブランドのホーローキッチン製品をせっせと取り出すのに忙しい。

と思ったら段ボール箱から顔を上げて言った。

「え〜、やっぱりさあ、誕生日には欲しいモノ貰いたいじゃん」

カラフルな色調の片手鍋を手に、逆に問いかけるような眼差しをジェンティーレに向ける。

「ちっとも欲しくないモノなんか貰ってジェンティーレは嬉しいの?」
「え? いやその……オレはお前がくれるモンならなんだって嬉し……じゃねえ!!!」

真っ赤な顔でしどろもどろに怒鳴り散らす姿が痛々しい。ツンデレは不治の病なんだろうか。

ここでジノがやんわりと仲裁に入った。

「そうだね。普通は欲しいモノを貰うのが嬉しいよね」

おだやかに余裕の笑みを浮かべる。

おおかた「ジノからのプレゼントなら何でも嬉しい」というさっきの新伍の言葉を思い出してほくそ笑んでるんだろう。

「なんだこりゃ。やけに風通しがよくなってんじゃねえか」

ドアの外れた出入り口からカリメロが顔を出した。

「おーいシンゴ。お前宛の手紙が届いてるぞ。オランダから」

オランダと聞いた途端、ジノとジェンティーレが揃って苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
まあその気持ちはわからなくもない。

「おれに? なんだろ一体」

新伍は首を傾げて茶封筒を受け取った。差出人名は無い。
ためつすがめつ眺めてから封を切る。

中から出てきたのは数珠繋ぎにされた何羽もの折り鶴だった。

目の覚めるようなオレンジ色の紙で折られていて、大きい鶴1羽を筆頭に、小さい鶴10羽がひとつなぎに繋がっている。それも糸やのり付けされたものでなく、紙そのものがダイレクトに連結しているではないか。

どうやらこの11羽の鶴はたった一枚の紙を巧みに折り分けて作られたものらしい。世の中にはヒマで器用な人間がいるもんだと感心した。

折り鶴といえばここ数ヶ月ほどシンゴのヤツ、折り鶴にハマっていたっけ。
ふと思い出してマッティオは眉をひそめる。

今年に入ってからというもの、新伍は巨大鶴に金属鶴、ガラスの鶴といった奇想天外なシロモノをせっせとこしらえては、他人の迷惑も顧みずいろんな連中に配り歩いていた。

かくいうマッティオも強引に押しつけられた木彫りの鶴をもてあましている。
アルプスの麓の土産物屋じゃあるまいし、あんなモンどうしろっていうんだ、まったく。
それを思えばこの11連鶴は実にオーソドックスかつ秀逸な出来映えといえるだろう。

「ん? なんだこりゃ」

マッティオは足下に落ちているメモ用紙を拾い上げた。
走り書きで一言。

“久しぶりに折ってみたが案外難しいものだな”

うすうす嫌な予感はしていたが、やはり差出人はオランダの司令塔だったか。
これだけの超絶技巧を見せつけておいてイヤミったらしいったらありゃしない。
確かヤツの誕生日祝いに、新伍がばかでかくてド派手な折り鶴を持っていったはず。
てことは、目には目を、鶴には鶴をという意趣返しか?

マッティオは何気なく新伍に目をやった。
連鶴を食い入るように見つめながら、なにやら無言で考え込んでいる。新伍のこんな真剣な顔、採りたてのポルチーニ茸をグリル焼きしている時くらいしか見たことない。

ふいに新伍が顔を上げた。

「よーし、おれちょっくらオランダ行ってクライフォートに弟子入りしてくる!」

決意に満ちたその宣言に、新伍を除く全員の目が点になった。

「ちょ、サル !? なにワケわかんねーこと言ってんだ」

いち早く正気に戻ったジェンティーレが新伍を呼び止める。

「へ? 折り鶴の修行に決まってんじゃん。じゃ、おれもう行くから!」

新伍はドアの残骸をひらりと跳び越え、廊下に出るや否や全力で走り出した。

「ばっ、そんなアホな理由であんな男のトコ行くなこのバカザル―― !?」

慌ててジェンティーレが後を追いかける。
遠ざかっていく二人の騒がしい足音を聞きながら、マッティオがぽつりとつぶやいた。

「なあ。あいつら止めたほうがいいんじゃね?」
「別に構わないさ。どうせ空港で足止めされるんだし」

ジノは穏やかに笑うと、おもむろに懐から深紅の小冊子を取り出した。
表紙を飾るのは菊の紋章と“JAPAN PASSPORT”の刻印。
マッティオは呆れ果てた表情でまじまじとジノを見据える。

「おい、それまさかシンゴのパスポートなんじゃ……?」
「こんなこともあろうかと、念のため確保しといて正解だったね、うん」

しれっとした顔でのたまうジノの姿に、マッティオは目眩がしてきた。
さらにジノはにこやかに続ける。

「イタリア国籍の身分証のほうもバッチリ押さえてるから心配ないよ」

そこまでやるか?
マジ本気で頭痛がしてきた。

「どうしたんだい? なんだか顔色が悪いけど」
「……なあお前。ヒトの良さそうなツラして実は人でなしだろ」
「とりあえずそれは褒め言葉として受け取っておくよ」

マッティオの非難なんか屁とも思わず、ジノは憎たらしいほどおだやかに微笑んだ。




>あとがき

葵新伍誕生日話2009年版。
折り鶴シリーズ最終話というかなんというか。
勝利するのは基本を押さえて鶴でコザルを釣った司令塔のエグい攻撃か。
はたまた用意周到なジノ様の鉄壁防御か。

どちらにせよマッティオとジェンチの不利に変わりないのが泣ける。


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