ミニマムな鶴の行方 2009.02.04

ジノ・ヘルナンデスはラウンジのソファに腰を下ろして、くつろいだひとときを過ごしていた。

夜のクラブハウスは人気もなく静まりかえっている。
周囲が静かなぶん、雑誌をめくるかすかな物音やエスプレッソのカップがソーサーに触れる音、それどころか自分の呼吸すら大きく耳に響いてくる。

ジノはふと顔を上げた。読んでいた雑誌をテーブルに置き、目を閉じて耳をそばだてる。
こちらに少しずつ近づいてくる元気な足音。

と思ったら盛大な物音がこだました。何かに蹴躓いて転倒したようだ。
たいしたことは無かったようで、すぐにまた走り出す。

「やれやれ。そんなに急がないでもいいのに」

さっきも玄関先で派手に転倒していたっけ。

今から30分ほど前、「ごめんジノ、ちょっと待ってて!」そう言ってあわただしく駆け出していった新伍の後ろ姿を思い出し、ふっと笑みを漏らした。

と、その時、当の本人が猛烈な勢いでラウンジに飛び込んできた。

「ジノ〜誕生日おめでとー! はいこれプレゼント〜!」

新伍が満面の笑顔でジノの目の前に差し出したもの。それは小さな折り鶴だった。
ただし、鶴は鶴でもあかがね色に輝く金属製。

さすがのジノも当惑の表情を隠せない。受け取った折り鶴をしげしげと眺める。
なんと極めて薄い1枚の銅板を折って作られていた。
日本人は総じて手先が器用であると聞いてはいるが、ここまで来るともはや職人芸の域に達している。

「その……シンゴ。作るの大変だったろ?」
「うん! 薄い銅板探すのすっごく大変だったぞー! しょーがないからムリ言って厚さ0.1ミリに加工してもらったんだー!」
「……そうかい。ありがとう」

材料探しの労苦を熱く語り出した新伍に、ジノは苦笑めいた笑みを浮かべた。
自分からすれば銅の板を折る方がずっと大変なように思えるのだが。

「ねえシンゴ。なんで金属製なんだい?」

受け取った折り鶴を眺めながら、なんとなく気になって聞いてみる。

「ええっ !? あのその、べべべ別にたいしたことじゃないんだ〜!」

あからさまに狼狽した様子で首を振る。
明らかにたいしたことがありまくりの状況が窺える。

「――そう言えばシンゴ。先月たくさん用意してた大きな和紙はどうしたんだい?」
「ああ、それならクライフォートに……ってあわわわ…そーじゃなくてぇ !?」

あわてて口を押さえたがもう遅い。

「へえ。じゃあ、どういうことなんだい?」

ジノは新伍の両肩に手を置き、真正面からじっと見据えた。

口調は穏やかだが、ささいな反抗など許さない気迫がこもっている。
そのプレッシャーに耐えきれず、新伍はジノから目をそらした。しばらくして冷や汗と脂汗を半々にかきつつ、うわずった声で言い訳がましく叫んだ。

「いやだからそのぉ……あいつの誕生日に大きな紙の折り鶴持ってったら、ワケわかんないうちに押し倒されちゃったとか、そんなこと全然ないんだからなっ! ホントだぞ!」

気まずい沈黙がその場に降りる。

新伍は顔を背けたまま横目でジノの様子を窺っている。
ぺたっと耳を伏せながら、今にも叱られるんじゃないかと心配している子犬みたいで妙に可愛らしい。

ジノはため息をついた。柔らかな笑みを浮かべて新伍の頭を撫でる。
新伍はびっくりして大きな目をさらに見開いた。

「じ、ジノ。怒ってないの?」
「俺がシンゴを怒るわけないじゃないか」

ウソではない。実際、ジノが目が眩むほど憤りを覚えている相手はオランダの司令塔だ。
新伍がすっかり安心した顔で大きく息を吐く。

「よ、よかった〜って……へ?」

ジノは新伍の右腕を掴んで歩き出した。
薄暗い廊下をものともせず、力強い足取りでずんずん突き進んでいく。
思いも寄らぬ展開に目を丸くしつつ、新伍はジノの背中に問いを投げた。

「ちょ、ちょっとジノ。どこ行くのさ〜?」
「どこって仮眠室だけど」

ジノは背を向けたまま、それが何?と言わんばかりの口ぶりで応える。
もちろん新伍の腕はがっちり掴んで放さない。

「君にはいろいろ聞きたいことがあってね」
「えええぇぇっ !? ちょっと待ってよジノなにソレ――」

ジノがふいに足を止めた。

おかげで後続の新伍は、赤信号だが急に止まれない車みたいに顔ごとジノの背中にぶつかってしまう。痛む鼻をさすりながら文句を言おうとしたその時、ジノがゆっくり振り返った。

ネズミをいたぶるネコみたいに嗜虐的な笑顔で。

「あいつとは別になにも無かったんだろ。じゃあ心配することないじゃないか」

ぽっかり口を開けて固まってしまった新伍を目の前の部屋に引っ張り込むと、ジノは後ろ手でドアを閉めた。




>あとがき

ジノ様誕生日おめでとうございますの話。
>ジノ様の本日の収穫: 銅の鶴一羽、コザル一匹

こないだ大きな紙の鶴贈ってヒドい目に遭ったので、今度は小さな金属鶴にしたけどやっぱりヒドい目に遭ってしまったコザルでした。
さて、残るツンデレには何を贈ろう。


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