あなたに会えてよかった 2008.09.28

「やーマッティオ、ホントお前に会えてよかったよ〜!」

インテルの20番ことシンゴ・アオイは満面の笑顔で言った。
買い物袋が山と積まれたスーパーの巨大カートを背後に従えて。

スーパーマーケットの出入り口でばったりシンゴと出くわすなんて運がないにも程がある。
軽い目眩がするのはじりじりと照りつける真夏の太陽のせいなんかじゃない。

「オレはお前なんかに全然会いたかなかったけどな!」

マッティオは苦り切った表情(より正確にいうと苦虫を噛みつぶしたうえに青汁を一気飲みしたみたいな顔)で言い返したが、脳天気で自己中で空気読めないシンゴが気にするはずもなく。

「缶詰半額セールだってんでつい買い込んじゃってさー、もーどーうしようかと思ってたんだよな〜。じゃこれとこれ持って。あ、こっちの袋もお願い」

いつものように一方的にまくしたて、てきぱきと指示を飛ばしてくる。
おいコラ。オレはお前の公認荷物持ちかなにかか?

「ちょ、お前少しはヒトの話を聞けって……」
「あはは〜心配しないでもまだまだたーっくさんあるから。ね?」
「じょ、冗談じゃねえ! これ以上持てるかこのバカ野郎―― !?」

とはいえ結局いつものようにムリヤリ持たされてしまうマッティオだった。



買い物袋は呆れるほど重かった。
両腕にそれぞれ3袋ずつぶら下げているのだが、早くも腕が鬱血してきた。

中身はシンゴの言葉通り缶詰。なんの缶詰かといえば栗のペースト。蒸した栗をそのままつぶしてペースト状にしたものだ。サイズは業務用の1キロ缶。
それが一袋につき5個入ってて5キロ。オレの場合6袋だから単純計算で30キロの荷物を抱えていることになる。しかも持ちにくいったらありゃしない。

シンゴの奴、なんでまたこんなモノ買い込んだんだか。
少し前をすたすた歩くシンゴの背中を見やった。

マッティオと同じ数だけ買い物袋を下げているのにその足取りはやたらと軽い。陽気な鼻歌すら聞こえてくる。まるで手ぶらで歩いているみたいだ。
小柄な体のどこにそんな体力があるんだかサッパリわからない。インテルの七不思議の一つに付け加えてもどこからも異論は出ないだろう。

これならシンゴ一人で全部持って帰れるんじゃないか? そう思わずにはいられなかった。

いい加減腕の痺れに耐えかねて買い物袋をどさっと地面に置く。額の汗をぬぐってため息をついたらシンゴがこちらを振り向いた。

「ねえねえ。マッティオはどっちがいい〜?」
「はァ? なんだよ突然」

嫌な予感を覚えつつ顔を上げるとシンゴがニッコリ笑った。

「んーとね、甘口モンブランパスタと栗クリームパスタ、どっち食べたい?」

マッティオは何を言われたのか数秒ほど理解できなかった。
いや、理解するのを全身全霊で拒んでいた。

空耳だろう。そうに決まってる。
モンブランだの栗クリームだの、そんなものあるワケがないじゃないか。
熱々のパスタに甘ったるい栗のクリームがかかったものを思い浮かべて吐きそうになる。

「甘口モンブランはパスタの上に生クリームの土台盛って栗クリームぐるぐるかけるの。栗クリームパスタは茹で上がったパスタに栗ペーストと生クリームをからめて鍋で炒めるんだぞ。スゴイだろ〜!」

シンゴは得意げに胸を張った。
確かにスゴい。それは認める。実際の栗レシピはマッティオの想像以上にヤバかった。

「パスタがイヤなら他のもあるよ! 甘栗の生クリーム雑炊とかイカスミモンブランとか〜」
「だからなんでそうシツコク栗にこだわるんだお前は―― !?」

シンゴの奴、降ってわいた栗ブームなのか? なんて迷惑な。
そもそもなんでオレがそんなもん食わなきゃならないんだ。誰かもっと適任者がいるだろう?
そう思った途端、くそ忌々しいインテルの守護神のしたり顔が脳裏に浮かんだ。

「そうだ、ジノの奴に作ってやれ! アイツなら喜んで皿までバリバリ食うだろ!」

シンゴはきょとんとして目をぱちくりさせた。

「え、ジノ? ダメだよそんな。迷惑じゃん」

そうかそうか。そりゃ迷惑だよなハハハ……って。

「ゴラァ !? オレは迷惑じゃねえってのか !?」
「うん。だってトモダチだろ」
「お前の言うトモダチってのはさんざ迷惑かけても構わねえ存在なのか?」
「うん。だってトモダチだもん」

シンゴは少しも悪びれずに真顔で言い切った。
いやだからそのトモダチってのは下僕か毒味役の間違いじゃねーの?

危うく口から出そうになった言葉を飲み込んで、努めて冷静にツッコミを入れてみる。

「ジノだってトモダチだろーが」
「え、ジノ? ダメだよそんな。嫌われたくないもん」

シンゴはぽっと顔を赤らめて首を振った。
恋に恋するオトメかお前は。マジ頭が痛くなってきた。

「そーかそーか。オレに嫌われたってどーでもいいってか」
「やだなあ。なに言ってんの。マッティオがおれのことキライになるワケないじゃん」

シンゴはけらけら笑いながら言った。

おいおい。なに勝手なこと自信満々で断言してんだコイツ?

半分呆れ顔のマッティオなど気にも留めずシンゴはにこやかに続けた。

「おれマッティオのこと好きだもん。だからマッティオもおれのこと好き。単純明快だろ?」
「いや全然ワケわかんねーよ。ったく……」

長い長いため息を吐いてからふと気づいた。
シンゴがいつになく真剣な眼差しでこちらを見つめている。

「もしかしてマッティオはおれがキライなのか?」
「――へ?」

突然の問いかけに目が点になる。
あんまり意表を突かれて、とっさに返す言葉が出てこない。
酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせていると、

「そうなのか? 嫌われてんのに気づかなくてゴメン。バカみたいだねおれ」

マッティオの無言の反応をそう解釈したのか、シンゴは叱られた子犬みたいにしょんぼりとうなだれた。

通りを歩くミラネーゼ(地元民)の非難の視線が痛い。
一ブロック先の観光客に至ってはこっちを指さしてなにやらヒソヒソ小声でささやいている。
傍目には小さい子が虐められてるみたいに見えるんだろう。

実際はシンゴが自分で勝手に想像して勝手に落ち込んでるだけなんだぞ。

マッティオは軽いため息をついた。低い声でぽつりとつぶやく。

「――別に、嫌ってなんかねーよ」

だからといって好きってワケでもないんだが。
心の中でこっそり付け加える。

シンゴはぴょこんと頭を上げた。

「そうなの? マッティオはおれが好き?」
「だからどーしてそーなるんだ! オレはたんに嫌いじゃねえって言っただけで……」
「えー、嫌いじゃないなら好きってことだろ。ね?」
「オレに同意を求めるな! ついでに極端から極端に突っ走んな!」

ついカッとなって怒鳴りつけてしまった。
観光客その他ギャラリーの非難がましい視線が矢のように突き刺さる。

ああもう、虐められてんのはオレの方なんだぞ。ったく。

嫌いじゃないけど好きってワケでもない。
敢えて言うならはた迷惑な相棒といったところか。
オンオフ問わず四六時中まとわりつかれてさんざんな目に遭わされている。勘違いしたジノの八つ当たりも含めるとオレの日常は生き地獄も同然。

そんなシンゴはまさに災厄の化身といっても過言じゃない。なのにどうにもこうにも憎めないのが我ながらよくわからない。その行動全般に悪意がないせいか。なんか理不尽だ。

マッティオは暗い顔で天を仰いだ。
対照的にシンゴは明るい笑顔で両手を打った。

「そっかー! うんうん、やっぱりそーだよね! マッティオはおれのこと好き!」

マッティオの鼻先をビシリと指さして、異論など一切認めない勢いで決めつける。

なんかもう心身共に疲れ切って言い返す気力もわかない。
そもそも言ったところでシンゴの奴が素直に耳を貸すとも思えない。
相手の思惑や事情なんか気にもせず、自分の思うがままに突っ走るのがシンゴアオイの長所であり、短所でもあるのだ。

「おれ、マッティオに会えてホントよかったよ!」

シンゴは満面の笑顔でさっきと同じセリフを繰り返した。
心なしか言葉の調子が少し違う気がしたが、それこそオレの気のせいだろう。たぶん。




>あとがき
あなたに会えてよかった。
スーパー前で持ちきれない荷物を抱えたヤツに言われても嬉しくない言葉ですね。
さらに焼き栗屋台で財布忘れたアオイたんに言われても嬉しくない。
「あんたに会えてホント良かったわ〜マッティオ! 代わりに払っといてね〜」

新伍もアオイたんもちゃんとマッティオのこと大事に思ってますよ。……たぶん。


← 戻る