■ Mamma mia! | 2008.03.03 |
「日向さん、おれピラミッド型なんかイイんじゃないかって思いま〜す!」 葵は元気よくそう言って俺の前にパスタの皿を置いた。これで5皿目。 もはや匂いをかいだだけで胃の奥からパスタがこみ上げてくるような悪寒がした。 思い返せば30分ほど前。 「おいヒューガ、メシがまだなら早く来い! いや済んでても構わねえから急いで来い! オレがメタボ体型になる前にな!」 やけに切迫した様子のジェンティーレに電話で呼び出され、訳もわからず奴の家に行ってみたら葵が笑顔で待ちかまえていた。なんでも自慢のポモドーロを大量に作りすぎたんだとか。 そのまま勝手知ったる我が家とばかりに室内を案内する葵。てんで悪気のない顔で「おれの台所〜!」と自慢げに語ってくれた。ジェンティーレの家のキッチンおよびその周辺はすでにこいつの占領地と化しているらしい。 こいつらワールドユースの頃はライバル同士だったはずだが、いつの間に仲良くなったんだ? オレはパスタの山をつつきながらふと首を傾げた。 そういやさっき葵のやつ妙なこと言ってたような。 「ピラミッド型」ってなんのことだ。新手の料理法か? まさか三角形にパスタを盛りつける気じゃねえだろうな? 葵は無慈悲にもジェンティーレの前に9皿目のパスタ皿を置いて、 「あ、でも前方後円墳も捨てがたいな〜」 「はぁ? なに言ってんだお前」 オレは眉をひそめて葵を見た。 お次は前方後円墳かよ。パスタを鍵穴の形に盛りつけて周囲に埴輪っぽくキノコ並べるのか? 「やだなあもう、日向さんってば〜! またまたトボケちゃって〜」 葵はケラケラ笑うと好奇心に満ちた眼差しをオレに向けた。 「おれ、沢田から聞きましたよ。日向さん、亡くなったお父さんのお墓を建てるためにこっちでガンガン稼ぐつもりなんでしょ?」 「え? あ、ああ。まあ一応その予定だが」 なにやらイヤな予感がしたがとりあえず曖昧にうなずいた。 葵はワクワクした顔で続けた。 「今後稼ぐユーベの年俸すべてをつぎ込んで建てるんですよね! すごいなあ! きっと超スペクタクルでファンタジーに満ちあふれたステキに無敵な巨大建造物なんだろうなあ!」 「………………はぁ?」 一瞬なにを言われたのか理解できなかった。 「スペクタクルでファンタジーな墓? なんだそりゃ。ハリウッドのB級SF映画かよ?」 オレの隣でジェンティーレが呆れ半分、感心半分といった表情で言う。 そうそうトンデモ映画で……じゃねえ !? ゴラァ、ジェンティーレ! ラスボス倒したとたんに崩れ出す墓から必死こいて脱出するシーン思い浮かべちまったじゃねえか! オレはがりがり頭を掻いてひとつため息を吐いた。静かに葵を見据える。 「ちょっと待て葵。なんでオレがそんなモン建てなきゃならねえんだ?」 「だって日向さん、お墓の工事費、ユーベの契約金でも足りないんでしょ?」 オレの問いに葵はきょとんとした顔で答えた。 「ちょ、マジかよ !? お前新人だから破格の安値提示されたんだとしても、墓の一つや二つくらい余裕で建つだろ。まさか純金のキンピカ墓石にでもすんのか? いくらなんでも趣味悪すぎだぜ?」 ジェンティーレが驚きの声を上げてオレを凝視する。 「ばっ、誰がするかよ! このバカ野郎…… !?」 「あ、デカい石積んでなんちゃってストーンヘンジとか小麦畑にミステリーサークルなんてのもダサいぞ。悪いこた言わねえからやめとけ」 葵も同感だという風に大きくうなずいた。 「そうだね。やっぱ驚異のピラミッドパワーには敵わないよね!」 「はん、じゃあバカザルもそのなんとかパワーで少しは頭良くなるといいな?」 「ンだと〜 !? バカバカ言うほうがバカなんだぞ、このバカゴリラ!」 「なッ、言いやがったなてめぇ〜 !?」 バカザルとバカゴリラは真っ向からにらみ合った。 「ふーんだ、バカゴリラをバカゴリラって言ってなにが悪いのさ!」 「てめーこそバカザルのくせに開き直ってんじゃねーよこのバカザル!」 「ムキーッ! もうブチ切れた! ぜったい許さないぞ―― !?」 「そりゃこっちのセリフだバカザル――― !?」 ずばり言おう。 ナントカも食わないケンカのように見えるのは絶対オレの気のせいなんかじゃない。 それはともかく、オレは大きく息を吸い込んで声を張り上げた。 「お前ら少しはオレの話を聞け――― !?」 二人はようやく気づいてオレを見た。 なんだそのすごく迷惑そうな顔は。 「なんですか日向さん。おれいま取り込み中なんですけど!」 「なんだよヒューガ、オレいますっげー忙しいからまた後でな!」 もはやオレんちの墓の話題なんかどうでもいいらしい。 それはまあオレ的には好都合なんだが、このままエンドレス痴話ゲンカに突入されるのもウザいので、大きく咳払いして葵とジェンティーレ双方を順に見やった。 「いいか、墓代が足りないのは先に建て売り住宅買ったせいなんだ! お前らが言うようなばかでかい墓なんか建てるつもりはさらさらねえよ!」 「えー。でも沢田から聞きましたよ。日向さんの家は本業以外の副収入で買ったって」 葵の指摘にギクリとした。 た、タケシ〜〜〜 !? 余計なことペラペラ喋りやがってー !? ジェンティーレが目に興味の色を浮かべてオレを見た。 「へー、お前が副業ねえ。で、どんなコトやったんだ?」 「そ、そんなことどうでもいいだろ……!」 傍目にもあたふたと焦りまくるオレを差し置いて、 「えーとデジカメに化粧品会社のCMでしょ、それから写真集にビミョーな自伝に、あと変なイメージソングCDも出したんでしたっけ? 確か『荒野のナントカ〜』っていうワイルドな歌」 葵のヤローがオレの代わりに嬉々として答えてくださりやがった。 どこまで空気読めねえんだてめえは〜〜〜 !? ジェンティーレはあっけにとられた顔でオレを指さした。 「はあ!? こいつが歌手デビューだぁ !? 冗談だろ !?」 「そーだ。こないだ日本から姉ちゃんが送ってくれた雑誌、ジェンティーレ見る? “男を磨け! 日向のように!”って男性化粧品の広告が載ってたから」 なんともいえない気まずい沈黙が流れた。 「………ヒューガ。オレはお前をちょっとばかし誤解してたかもしれねえ」 「だーッ、そんな目でオレを見んな―― !?」 ジェンティーレのまるで哀れむような視線に思わずカッとなって叫んだ。 ばっ、バーロー! 下手な同情なんかいらねえよっ !? いいからもう…そっとしといてくれ……! だがしかし。この世は無常で現実は残酷だった。 「それで日向さん。まるまる残った契約金はどうなったんです?」 葵の無神経なツッコミにオレはがっくり肩を落とした。 こいつの頭には日本的な気配りとか相手を思いやる美徳とか一切存在しねえのか !? 後から思えば、このときのオレはよほど精神的に追いつめられていたのだろう。 「契約金は……いつのまにか母ちゃんが10年満期の定期預金組んでたんだ……」 少なくとも自ら秘密を暴露するほどに。 「これで父ちゃんの墓を建てようって言ったら母ちゃん笑顔で『ああ。それならちゃーんと母ちゃんが貯金しといたからね』ってそりゃねえだろ !? ……あぁ? なんだよジェンティーレ。笑いたきゃ笑えよ!」 「――いやお前の気持ちはよくわかるぜ」 意外にもジェンティーレは自嘲するように乾いた笑みを浮かべた。 「どんな横暴でも実家の母親には逆らえねえもんな……」 「ジェンティーレ……お前もなのか」 お互いの目に共感の色をたたえて見つめ合う。 どうやら強すぎる母親に頭が上がらないのはオレもこいつも同じらしい。 生まれも育ちも人種も異なるこの男と心底分かり合える日が来るなんて夢にも思わなかった。 「そーなの? おれんちは姉ちゃんが一番強いぞ」 とりあえず葵の空気読めない発言は聞かなかったことにする。 ジェンティーレがやけにさわやかな笑顔で右手を差し出した。 「お前とはうまくやっていけそうだぜ 「ああ、同感だ」 オレは深々とうなずいた。 「んー、それってお母さんに頭が上がらないヘタレ同盟?」 葵の悪意はないが情け容赦ないツッコミを二人揃って無視して、互いに固く握手を交わした。 >あとがき キリリクの日向ジェンチコンビ新伍バージョンです。 タイトルのMamma mia!はなんてこったい母ちゃん!な感じで。 日向さんのお母さんですが、きっと日向さんがそのお金を本当に必要とする時が来たら、通帳をそっと手渡してくれるんですよ。「さあ、あんたのお金だからあんたの好きに使うんだよ」って。 なにげにジェンティーレも母親に頭が上がらない雰囲気が。私の妄想ですが。 荒野のナントカはもちろん例のアレですよ。 ところでユーベの新人の契約金っておいくらなんでしょーね。まあピンキリでしょうが。セリエA下位チームのしかもプリマヴェーラ入りしたM選手の契約金が2000万だったらしいし、そこまで低くはない? ← 戻る |