予想外の現実 2008.02.24

「誕生日おめでとー! はいこれプレゼント」

オレはコザルに手渡された異様な服を無言で凝視した。
茶色がかった変な黄色という以外は見たところ何の変哲もないベストだが、それにしては非常識なまでにずっしりと重い。まるで10キロの小麦袋を抱えているかのよう。

「……おいチビザル。なんだこりゃ」
「おれが作った自主トレ用の上半身強化ウェアだけど」

それがどうかした?という風に小首を傾げるコザル。

上半身強化ウェア? なんだそりゃ。
オレは何気にベストを裏返してみた。思わず目が点になる。
怪しいベストの内側には長方形の鉛の小片が規則正しくびっしり縫い込まれていた。

「ユーベのセリエAジョカトーレ養成ギプスに比べたらたいしたことないけど、まあ騙されたと思って使ってみてよ」
「だーかーら、オレはそんなモン使ってねえ!」

コザルをぎっ、とにらみつける。

「お前まだジノの野郎のホラ話を信じ込んでんのか? ついでにヒューガの変態的な鎖プレイ……じゃねえ素っ裸に鎖巻いた変態トレーニングもやってねえぞ!」

「うん、日向さんのはちょっとハードすぎるよね。鎖じゃ防弾も防刃も無理があるし放射能も防げないもん」
「はぁ? なに言ってんだお前?」

呆れた顔で問い返す。
なんでトレーニングウェアに防弾・防刃・放射線対策が必要なんだ?

コザルは大きな目をキラキラ輝かせて自信たっぷりにうなずいた。

「でもね、鉛仕込みベストならコーサ・ノストラやカモッラに襲われた時も安心だよ!」

はぁ? なんでオレがそんなもんに狙われなきゃなんねーんだ?

「レントゲン撮影用にもバッチリさ! でもフルスーツ型じゃないから調子に乗ってラ○ーンシティとか辺境コロニーの放射線汚染区域なんか行っちゃダメだよ?」

おいコラてめえ。オレはバイオ主人公でも宇宙世紀の人間でもねえぞ?

「――ていうかそれ以前にこんなクソ重いモン着てられるかよ !?」
「えー、たいして重くないじゃん。おれはこれに加えてパワーアンクルとリストウェイト付きでタイヤ引きグラウンド100周するのが日課だぞ。ついでに買い物行く時もコレ」

コザルはけろっとした顔で答えた。
オレは唖然として床に鉛ベストを取り落としてしまった。なんだその驚異的を超えて妖怪的な体力パラメーターは !?

「お前の非常識をオレに押しつけんな! とにかくオレはこんなモンいらねえよ !!」
「じゃあジェンティーレはなにが欲しいのさ?」
「―――!」

素で返されて言葉に詰まる。珍しく真剣な表情でじっとこちらを見つめているコザル。
なんともいえない気まずさを覚えてオレはふぃっと目をそらした。
コザルの何気ない質問が頭の中を延々とリピートし続ける。

オレが欲しいモノ? それは―――。

「…………オレは…………前が」
「ん? なになにー聞こえない?」

コザルの緊張感に欠けるほえほえ声にはっと我に返った。

「――― ッ!? なななななんでもねえっ!」

ヤバい。無意識にとんでもないセリフを口にするところだった。
我ながら情けないくらい焦りまくって足下に落ちている鉛入りベストをひっつかみ、あいかわらずコザルにそっぽ向きながら一気にまくしたてる。

「しょ、しょうがねえな、じゃあこれ貰ってやるから感謝しやがれ! あ、カンチガイすんなよ? オレはこんなもん欲しくもなんともねえんだぞ? ホントだぞ? しかたなく受け取ってやるだけなんだからなっ!」
「むー! なんだよ〜そんな言い方ないだろー !?」

さすがの脳天気コザルもムッとした様子で口を尖らせる。
ちょうどその時ピロリロリ〜ンと気の抜けた電子音が鳴った。この音は確かガスオーブンのタイマーだったか?

「あ、いけね! ちょっくら見てくる!」

コザルは大あわてで台所へ走って行った。
オレは安堵のため息をついた。すぐそばにあるソファに崩れるように座り込む。

「………ったく、どうかしてるぜ」

いらだち紛れにそうつぶやき、顔にかかる前髪を無造作にかき上げる。

『――オレはお前がそばにいてくれたらそれでいい。』

欲しいモノ聞かれて思いついたのがよりにもよってコレってか !?
無意識の心の声こそ本当の望みだって言うが冗談じゃねえぜ。
悪夢にも似たイヤな想像を振り払うように激しくかぶりを振って、拳をきつく握りしめる。

「そんなのオレは絶対認めねーからな !?」
「へ? なにを?」

頭上に振ってきたその声に心臓が飛び出しそうになる。
即座に振り向くとコザルがパスタサーバー片手に立っていた。

「うぉわッ……て、てめえ黙ってオレの後ろに回り込むんじゃねえ !?」
「えぇ〜? パスタの茹で具合聞きに来たんだけど、お前なんか暗い顔してブツブツ言ってるから声かけずらくってさー」

そう言うと急に好奇心に満ちた表情でオレの顔をのぞき込んだ。

「で。なにを認めたくないんだ?」
「なななななんのことだかサッパリわからねえな!」

ていうかンなこと本人に言えるかよ ―― !?
オレは心の中で叫んだ。
茹でダコみたいに真っ赤になってあたふたパニクっているオレの姿を、コザルがぽかんとした表情で見つめているのに気づく。

「ああもうしつこい! いいからお前はあっち行ってパスタ茹でてろ!」

オレは台所を指さして大声で怒鳴った。内心ひどく動揺しながら。




>あとがき
サルバトーレ・ジェンティーレ誕生日おめでとう小説。
予想外の自分の本心に動揺するツンデレ一匹。
でも往生際悪くなかなか認めようとしないんでしょうね。ツンデレだし。

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