本当に欲しいもの 2008.02.04

夕方、練習後の帰り道でシンゴが唐突に言った。

「ねえねえ、ジノはなにが欲しい?」
「……は?」

不意に投げかけられた質問に反応できなかった。
今まで一方的に喋り続けるシンゴに適度に相づちを打つかたわら、頭の中ではまるで違うことを考えていたせいだろう。
とりあえず俺は言葉の続きを促すようにシンゴの顔を見やった。

「来月の4日、ジノの誕生日だろ。なんか欲しいモノあったら教えてよ」
「え、ああ誕生日か。すっかり忘れていたよ」

いやまったく掛け値なしに本気で忘れていた。
実はここのところずっと思い悩んでいる事があって、その他の些細な事柄などいちいち顧みる心の余裕がなかったのだ。

「でも今年に限ってどうしてそんなこと訊くんだい?」

いつもは問答無用でお手製トンデモ料理を持ってくるのに。

「んーとさ。おれ今年こそ究極のクリスマスプディング完成させるぞー!って気合い入れてたんだけど、マッティオが言うんだよね。ジノの誕生日なんだからジノが欲しいモノを贈るのがスジじゃないのかって」

なるほど、マッティオの入れ知恵だったのか。
おおかた白カビプディングの試食を全力で回避するための方便なんだろうが。

「――まあ、アイツにしては上出来だな」
「ん? なんか言った」
「いや。なんでもないよ」

不思議そうに首を傾げるシンゴに、俺はやんわりと微笑んだ。

「そう? じゃあ話は戻るけど、ジノはなにが欲しい?」
「ありがとう。俺はシンゴのその気持ちだけで十分さ」
「もー遠慮なんかしないでさあ、おれに出来ることならなんだってするよ!」

シンゴは俺の目をまっすぐ見つめた。

「ジノが本当に欲しいモノってなに?」

一点の曇りもない澄んだ黒い瞳から目が逸らせない。
まるで心の奥底まで見透かされているような心地になった。

「……………シンゴ」
「ほえ? なんか言った?」

シンゴの声にはっとする。
知らず口をついて出そうになった言葉をすんでの所で押しとどめた。
いけない。俺は今なにを言おうとしたんだ?

二、三度軽く息をついて波立った心を静めると、おもむろに口を開いた。

「じゃあシンゴ。俺の練習につきあってくれないか」
「うん、いいよ! で、どんな練習?」
「たいしたことじゃないよ。俺がフライングドライブシュートをセーブする練習さ」
「よっしゃ了解〜! ………って、ええぇぇぇっ!?」

シンゴはすっとんきょうな叫びをあげて俺を見た。

「ちょ、ちょっと待ってよ!? おれまだマスターしてないよ〜〜 !?」
「大丈夫。未完成で構わないよ。それにキーパーの視点からいろいろアドバイスしてあげられるかもしれないしね。少なくとも一人で悩んでるよりずっと合理的だと思うよ」
「え、ホント? いいのそれで? ……ってあれ?」

大きな目をぱちくりさせて小首を傾げる。

「それってジノの為っていうより、おれの為の練習につきあってくれることにならない?」
「そんなことないよ。まずはシンゴがフライングドライブシュートをマスターしてくれないと俺も練習にならない。そうだろ?」
「うーん、なんかよくわかんないけどジノがそう言うんならそれでいいのかな?」
「ああ。そう思ってもらって間違いない」

俺はさも自信ありげに断言した。
シンゴはぱっと顔を輝かせてこくんとうなずいた。

「そっか、じゃあおれ頑張る! 早くフライングドライブシュート撃てるようになって、次はジノの練習につきあってやるからなー!」

元気よく右手を挙げて宣言するシンゴの姿に目を細める。

彼は本当に疑うことを知らない。
あきれるほど純粋で、それでいてしなやかな強かさも併せ持っている。どんな逆境にあっても敢然と頭を上げ、目指すゴールへとまっすぐ突き進んでいくその勇気にはいつも驚かされる。体はこんなに小さいのに。きっと誰よりも強いのだろう、その心が。

俺はがらんとした練習場を身振りで示した。

「じゃあ早速始めようか」
「よーし、頑張るぞ〜!」

シンゴは元気よく叫ぶやいなや全速力で駆け出していった。

俺は遠ざかっていく彼の後ろ姿を眺めながら、さっき危うく口に出すところだった言葉を胸の裡で思い返していた。

『ウチ(イタリア)に来てくれないか? 俺には……いや、俺達には君の力が必要なんだ』

ここ数週間、気がつけばいつもそればかり考えている。

そう、俺が本当に欲しいモノは君自身。
共にアズーリの一員として戦い、イタリアをワールドカップで優勝させること。

シンゴ自身の意向などまるで斟酌していない、俺の身勝手な願いである。
我ながら呆れたものだ。理性ではわかっている。
だけどそう願う心は止められなくて。

「おーいジノ〜! なにしてんのさー早く来なよ!」

練習場から俺を呼ぶシンゴの声に顔を上げる。

「……もし俺がそんなこと言ったら、君はどんな顔するのかな?」

ぽつりとつぶやいてから俺は歩き出した。




>あとがき
ジノ・ヘルナンデス誕生日おめでとう小説。
アズーリの20番シリーズ(いつのまにかシリーズ化してる)の一番最初あたり。
ジノが本当に欲しいモノを手に入れるのはたぶんもうすぐ。

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