始まりは最悪 2007.11.18

 はっきりいって第一印象は最悪だった。

 サルバトーレ・ジェンティーレ。
 以前から名前だけは聞き知っていたが、実際に顔を合わせたのはイタリアユース代表として招集されてからのこと。

 俺の顔を見るなり、奴は鼻で笑い、

「フン。確かジノ、お前は何年か前の国際Jrユース大会でイタリアサッカーにドロを塗るような負けを喫していたっけな」

 あからさまに挑発的な言葉を投げつけてきた。
 いつもの俺なら即座にやんわりと手厳しい言葉で応戦するところだが、不思議となぜかそんな気になれず、黙って奴を見据えていると、

「でも安心しな。その借りは今度のワールドユースでこのおれ様がきっちり返してやるよ」

 ジェンティーレは胸を反らして自信たっぷりに言い切った。

 日本をサッカー後進国と侮り、その真の実力を見極めようともせず慢心しきったその姿。
 まるで四年前の俺を見ているようだ。
 過去の自分の愚かさをまざまざと見せつけられているような気がして、なんともいえない複雑な気分になる。

 俺は奴に向き直り、静かに口を開いた。

「はたしてそうかな?」





 ワールドユース予選A組第三戦、日本対イタリア。結果は0−4の完敗だった。

 俺は控え室に戻って着替えながら先ほどの試合を思い返していた。
 試合はさんざんだったが、心はなぜか意外なほどさばさばとしていた。
 たぶんシンゴのお陰なんだろう、そう思う。

 ケガで満足に動けない俺やジェンティーレ相手に敢えて全力を尽くす必要などなかったはず。なのにシンゴは自らの持てる力すべてを出し切って、真っ向から俺たちに挑んでくれた。
 
 一点の曇りものないあの空のように澄んだ心のままに。

 そんな彼とライバルとして競い合えたことに、悔しく思うよりもむしろ誇らしさを覚えた。

 クスリと笑みを漏らしてロッカーを閉める。
 ふいに背後で声がした。

「――なぁジノ」

 ふり向くとジェンティーレが殊勝な表情で立っていた。珍しいこともあったもんだ。

「なんだいジェンティーレ。あらたまった顔して」
「えっと……なんつーかその、だな……」

 さらに奇妙なことに視線を逸らして口ごもってしまった。
 なんだこいつ。もしや変なモノでも食ったんだろうか。

 不審な眼差しでこちらの様子を窺っているチームメイト達に、先に宿舎に戻るよう目配せしてから、あらためてジェンティーレに向き直る。

「言っとくけどそんな顔したってシンゴはあげないよ」
「ばっ、バカかお前。そんなもん欲しくもなんともねえよ――!?」
「ふーん。じゃあなんなのさ?」
「―――っ」

 俺のさりげない追求にジェンティーレはぐっと詰まった。
 しばらく顔を赤くして口をぱくぱくさせていたが、露骨に視線を逸らし、

「……………………あんときゃ悪かったな。それだけだっ!」

 そっぽを向いたままポツリとつぶやいた。

 俺は思わず目を見開いた。
 こいつが俺に頭を下げる日が来るなんて夢にも思わなかった。

 さすがに少なからず驚いたが、すぐさまニヤリと笑って切り返す。

「ああ。ご親切にもイタリアサッカーに泥を塗った俺の借りをキッチリ返してくれるってアレか?」
「……お前マジ性格悪いよな」

 ジェンティーレは疲れたようにガックリ肩を落とした。
 俺は苦笑まじりに頭を振った。

「別に気にしてないよ。ちょっと自己嫌悪に陥っただけで」
「はァ? なんだそりゃ」
「あの時、傲岸不遜に大言壮語を吐くお前の姿と昔の自分がシンクロしてね。ああ俺、こんなバカだったんだなあって実にヤな気分になったワケ」

 案の定ジェンティーレは俺の言葉にいきり立つ。

「ンだとぉ! オレのどこがバカだってんだ !?」
「へえ、自覚ないのか。それはそれでシアワセかもしれないね」
「だーッ、お前という奴はああいえばこーいう…… !?」
「反省のない人間に進歩はない。お前はそれに気づいたんだろ? なら俺はなにも言うことはないよ。――正直あまり言えた義理じゃないしな」

 四年前、日本を侮って手痛い敗北を喫したのは俺も同じ。
 あの経験こそが俺の思い上がりを正し、さらなる成長を促してくれたのだと思う。

 俺は握手を求めるように右手を差し出した。

「俺に出来て、お前に出来ないワケがないだろう?」
「……ふん。よけいなお世話だってーの」

 ジェンティーレはぶっきらぼうに応え、少しためらいがちに俺の右手を取った。

 よし、かかった。
 俺はほくそ笑み、右手に思いきり力をこめる。
 控え室にジェンティーレの世にも情けない悲鳴が響き渡った。

「――なッ、なにしやがんだてめえ !? っておいジノ? 大丈夫か !?」

 俺はずきずき痛む右手を押さえて苦笑いした。

「あいたたた……やっぱり無理か」
「このバカ! ケガしてるくせに無茶すんな !?」
「あれ。心配してくれるのかい?」
「――ッ !? な、なにいってやがる、ンなワケねえだろコラ !?」

 ジェンティーレは滑稽なくらい焦りまくって、ぶんぶん首を振る。

「……えーとその、だな。お前のケガが早いトコ治らねえとアイツと再戦できねえだろ !?」
「そうだなジェンティーレ。今度は俺たちが本気出してシンゴに挑む番だ」

 第一印象は最悪。
 それが今では本音で語り合う仲になるなんて、想像もしなかった。
 でもそれも悪くない。

 俺はジェンティーレをまっすぐ見据えた。そして静かに左手を差し出した。

「お互い頑張ろう」
「――ああ」

 ジェンティーレも真剣味を帯びた表情でうなずく。
 奴がごく自然に俺の手を握るやいなや、俺はにんまりして再び全力で握り返した。
 またもや聞き苦しい苦悶の叫びが室内にこだまする。

「残念。左手だとこの程度か」

 俺は少し痛む左手をひらひら振って肩をすくめた。
 右手よりはいくぶんましな状態なのだがやはり傷は深いようだ。
 万全の状態なら相手の手を握りつぶして粉砕骨折させるくらい朝飯前なのに。

 ジェンティーレがもはや涙目で詰め寄ってきた。

「お、おいコラてめえ! ふざけてんじゃねえぞ !?」
「お前こそ懲りずに何度も同じ手に引っかかってくれて、俺はとても嬉しいよ」

 その方がからかいがいがあって、こちらとしても飽きないし。
 内心そうつぶやいて、俺は笑みを浮かべた。

「それでは今後ともよろしくな。ジェンティーレ」




>あとがき
友杉さんちの2周年に不法投棄したブツ。久しぶりにジノ&ジェンチ。
あいかわらず底意地悪いっぽいジノであります。
奴が本音ズケズケ吐いてるのはジェンチを対等と認めてるからですよ。……たぶん。

なんとなく思ったんだけど、ジェンティーレがJrユースに出てない理由。
奴は当時ユース代表入りしていたんですかね。それなら筋は通ってる。
まあワールドユース編まで陽○氏の脳内に存在してなかったってのが正解でしょうけど。


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