■ 太陽王女 2 | 2007.10.16 |
マッティオはロッカールームの机に突っ伏して爆睡していた。 よほど疲れているのか、不自然な姿勢なのに一向に目覚める気配がない。 なにやら悪夢にうなされている。 かと思えば急にがばっと顔を上げた。 「ジノ〜! てめーいきなりなにしやがんだゴラァ !?」 叫んでからはたと気づく。 オレは今どこでなにをしているんだ? 寝起きで頭の芯がぼうっとしていて考えがまとまらない。 しばらくぼんやり壁を眺めたあと、気だるい気分のままゆっくり視線を巡らす。右、左、そして再び正面を向いてぎょっとした。寝トボケた脳細胞が一気に覚醒する。 真向かいの席に黙って腰を下ろしていたのはサルバトーレ・ジェンティーレ。 「ジェンティーレ !? お前なんでここに……?」 当惑顔でマッティオがたずねる。 今は19時5分前。代表練習はとうの昔に終わり、みんな宿舎に引き揚げてる時間帯のはず。少なくとも新伍が破ったゴールネットの張り替え作業で居残っていたマッティオ以外は。 ジェンティーレは軽く肩をすくめた。 「ちょっとな。忘れ物取りに戻っただけだ」 まるで真実味のない言葉にマッティオは眉をひそめる。 忘れ物を取りに来るとは、真向かいの席に陣取って他人の寝顔を鑑賞する行為のことか? ていうかこいつ、いつからここにいたんだ? さっきまで見ていた夢の内容を思い出し、マッティオは顔をしかめた。 口にするのもはばかられるナンセンスなあの夢。 まさかオレ、こいつの前で変な寝言口走ってないだろうな? ジェンティーレに探るような眼差しを向ける。 が、淡々と黙したその表情からはなんの意図も読みとれない。 不自然なまでの沈黙の中、両者の間になんともいえない気まずい空気が漂い始める。 針のムシロ的な居心地の悪さに耐えきれず、 「あ、そ。忘れ物ね。……おおっ、もうこんな時間! そんじゃオレ帰るわ」 我ながらわざとらしいと思いながらそう言うと、マッティオは立ち上がった。スポーツバッグを肩にかけ、ドアに向かってジェンティーレの横を足早に通り過ぎた瞬間、 「――太陽王女」 ジェンティーレのつぶやきと同時にぴたりと足が止まる。 マッティオは凍りついた表情でふり向いた。 まさかそんなはずはない。 そう思いつつもためらいがちに聞き返してみる。 「――ツインテールの小悪魔?」 ジェンティーレは疲れたようにため息をついた。 「まさかと思ったがマジかよ。……お前もあの夢見てたとはな」 「てことはお前も見たのか、タイヤ引いてグラウンド100周の夢を !? しかもそのタイヤにシンゴ……いやあっちじゃアオイか、まあとにかくそれが乗ってるんだぜ !? オレは挽曳競馬の馬じゃねーぞ!」 マッティオの叫びにジェンティーレがゆっくり首を振る。 「オレなんかもっとヒドイぜ。こっちの都合も構わず一方的なメール寄こして“ 一時間以内にドゥオモ広場に来てよね! 5分でも遅れたらコモ湖に身投げしてやるっ! ”だぞ? そのクセ5時間も待ちぼうけ食わせやがって。どうにかならんのかあのバカ女」 ジェンティーレは一気にまくし立てた。 ――あのバカ女。 そう、夢の中の新伍は太陽王子ではなく太陽王女なのだ。 男女の性別は異なれど中身はそのまんま新伍なのだが。 しかし王女の場合、より一層アグレッシーヴァ(押しの強い)なシニョリータだからタチが悪い。 マッティオはジェンティーレをちらっと見やった。 ていうかコイツ5時間も待ってたのか。夢の中とはいえ気の毒過ぎる。 まあオレだって他人の心配してられる立場じゃないが。 それはともかくなんでまた二人揃って同じ夢なんか見たのだろう。 しかも太陽王子が王女化してる夢。 こんなこと精神分析医に相談しようものなら、『それはあなたが潜在意識の深層で抱いている願望です』とあっさり返されそうで怖い。冗談じゃねえぞまったく。 マッティオが内心ぼやいていると、 「なあ。……いまオレすっげえ嫌な考えが浮かんだんだけどよ……」 ジェンティーレが気が進まない様子で切り出した。 「もしかしてあの夢は……夢じゃなくて並行世界とかいう類のモンじゃねえか? こことはよく似てるがどこか違う、もうひとつの世界ってヤツだ。向こうのオレ達の目を通してこっちのオレ達が夢に見ている。バカは重々承知だがどうもそんな気がしてならねえんだ」 あれが夢や妄想などではなく多次元宇宙の現実であるならば、あの勝ち気な王女様に振り回される情けない下僕二人も実際どこかに存在するということで。 「心の奥の願望論よりマシだが、それはそれで気の滅入る話だな」 マッティオの言葉にジェンティーレが憤りもあらわに相づちを打つ。 「ああ。オレ達はさんざんな目にあってるってのに、ジノの野郎は向こう側でも余裕かましやがって。ムカつくったらありゃしない」 「そうそう。したり顔で現れて美味しい所は全部かっさらっていきやがる」 「うさんくさい笑顔で厄介ごと全部こっちに押しつけてな」 「まったくツラの皮厚くて恥知らずなヤツにはかなわないぜ」 そう言ってマッティオは深々とうなずいた。 ジノの悪口に関しては、どこぞのゴールデンコンビ並みに呼吸が合いまくりな二人である。 妙に盛り上がってしばらくあれこれとジノへの不満を並べ立てていたが、ふいにジェンティーレが押し黙る。やがて愁いを帯びた表情でぽつりと言った。 「……でもまあ、バカ王女に振り回されっぱなしの状況を苦にするどころか、むしろ結構幸せに感じてるっぽい向こうのオレ自身が一番情けなくて嫌かもしれねえ」 「……そーだな。ホント嫌になるぜまったく」 イタリア男の業の深さをしみじみと感じつつマッティオはため息をついた。 >あとがき おこめさんに捧げます第二弾。 太陽王女第二話です。王女サマと下僕二人。 イタリア男は女に尽くしてナンボです。可愛くて可哀想なイキモノ。 時系列? はアズーリの20番世界です。 第三弾はようやくツインテールの小悪魔編です。 次こそはマッティオが結構幸せになってるハズ……たぶん。 ← 戻る |