■ 小休止 | 2007.05.21 |
「―――!?」 ジェンティーレはちょうど玄関に続く石段に片足をかけた状態で凍りついた。それこそ幽霊か妖怪にでも出くわしたような驚愕の面もちで、目の前の人物をまじまじと凝視する。 ジノ・ヘルナンデス。よりにもよってこいつと鉢合わせするなんて運がないにも程がある。 ジノのほうも少し驚いた顔でこっちを見ていたが、穏やかな口調で言った。 「久しぶり。ケガの具合はどうだい?」 「んなこたどーだっていいだろ! ていうかお前なんでこんなトコいやがんだ!?」 そう叫んだ直後にしまったと思ったがもう遅い。 こいつ(ジノ)が葵新伍の下宿前に出没するなんて不思議でもなんでもないじゃないか。 RPG風に言えばエンカウント確率99%というところ。そこに足を運べばまず間違いなく遭遇するレベルである。まったく我ながらウカツな質問をしたもんだ。 案の定、ジノがしたり顔で突っこんでくる。 「それはこっちのセリフだよ。で、なにしに来たんだ。ジェンティーレ?」 「オ、オレはだな、その……散歩中にたまたま通りかかっただけだっ!」 真っ赤になって怒鳴るジェンティーレを興味深げに眺める。 ややあってジノは冷ややかな笑みを浮かべた。 「ふーん、散歩ねえ。トリノからミラノまで踏破するなんて壮大なスケールの散歩だね。ギネス更新に挑戦してるのかい? それとも町内会の老人競歩大会に特別エントリーされたとか?」 「ンな訳ねーだろ、このバカ野郎!?」 「違うのかい? なら俺の納得いくような説明でもしてみたらどうだ」 「だーかーら! さっきから言ってんだろ、オレは―――!」 拳を震わせながら声を張り上げた途端、勢いよく玄関ドアが開け放たれた。 中から少し太めの中年女性が顔を出し、あからさまに不機嫌そうに石段の下の二人をじろっと見やると、 「ちょいと、そこの二人。ヒトんちの前でなに騒いでんのさ? ……おやジノ」 「こんにちは、ソフィアさん。シンゴいますか?」 ソフィアと呼ばれたその中年女性はひょいっと肩をすくめた。 「シンゴなら留守だよ。買い出しに行っちゃってね。じきに帰ってくると思うから、よかったら上がって待ってくかい?」 「じゃあお言葉に甘えて。――ああ、こっちはジェンティーレ」 「ん? あんたもしかしてユーベのDF?」 ジェンティーレを物珍しそうにしげしげと観察する。そして感心したように頷いた。 「よくわかんないけど、あんた、いつのまにシンゴの友だちになったんだい?」 「――!? だ、誰が誰の友だちだってえぇぇ〜〜〜!?」 「そうかいそうかい。じゃあ遠慮はいらないよ。あんたも上がった上がった」 そう言ってジェンティーレの背中をバシッと力強くはたいて、強引に玄関に放り込んだ。 「ちょ、いきなりなにすんだこの――!?」 痛む背中をさすりつつあわてて叫んだが、当のソフィアはてんで気にする気配がない。ジェンティーレの右腕をがっしりホールドしたまま二階の階段をずかずか上って行く。 有無を言わせぬおばさんパワーにすっかり気圧されてしまい、為すがままにずるずる引っ張りまわされているうちに、気がつけば新伍の部屋のテーブルにジノと差し向かいに座っていた。 気まずい沈黙のなか、憮然とした面もちでそっぽを向いていると、 「さっきも聞いたが、左足のケガはもういいのか?」 ジノの言葉に内心舌打ちしつつ、卓上の砂糖壷に手を伸ばす。いつもは全く入れない砂糖を半ば無意識に何杯も自分のエスプレッソに放り込みながら、努めてさりげなく答えた。 「ああ。ほとんど問題ないぜ」 「ふーん、そう」 ジノはテーブルの下から足を伸ばし、つま先でジェンティーレの左足を軽く小突いた。 予期せぬ激しい痛みに息が止まりそうになる。 ジェンティーレはずきずきする痛みを堪えてがばっと顔を上げた。 「〜〜〜ッ!? な、なんてコトしやがんだこの野郎!?」 「やっぱりな。やせ我慢もほどほどにしろよ」 ジノはため息をつくと真っ向からジェンティーレを見据えた。 「トップチームに上がった矢先に負傷して、ロクに練習できずに焦る気持ちもわからないでもないが、まずはきちんと治してからにしろ」 ジェンティーレは一瞬言葉を失ったが、すぐに平静を装ってジノをにらみつける。 「――!? 前にも言ったがな、ジノ。勝手な憶測でオレの内心を語るな!?」 「憶測? そうかな。その件に関しては俺にもずいぶん心当たりがあるんでね」 ジノはうんざりしたように自らの両手首に視線を落とす。 ジェンティーレははっとした。 がちがちにテーピングされたその腕は、ジェンティーレの左足と同様に先のワールドユースで負傷したものである。 「今はじっと我慢のときだってわかってはいるんだけど。自分だけぽつんと離れた場所で、仲間の練習をボーっと見てるだけっていうのも精神衛生上よくないもんだな」 ジノにしては珍しく愚痴るようにつぶやいた。 語る内容はそっくりそのままジェンティーレの現況に重なる。 クラブやポジションは違えど置かれた状況は全く同じなのだ。 お互い名門クラブの生え抜きで、幼少時から期待の新星などと無責任に持て囃されてきた者同士、ジェンティーレにはジノの心境が手に取るようによくわかった。 しかしジノのこんなふて腐れた顔、初めて見た。 いつも取って付けたような胡散臭い笑みを浮かべてるクセに、珍しいこともあるもんだと妙なところで感心する。 ジェンティーレの視線に気づいたのか、ジノが一転して悪戯っぽい表情でにやりとした。 「まあお前みたいに、チームドクターの目を盗んで走り込みや筋トレなんかするつもりはさらさらないがな」 「なっ、お前、どっから見てやがった!?」 「見てない見てない。……やれやれ、思った通りか。ホントお前とシンゴは似ているよ」 ジノは肩をすくめて苦笑した。 聞き捨てならないその言葉に、ジェンティーレは椅子を後ろに蹴り飛ばして立ち上がる。 「ンだと!? このオレのどこがあんな小猿に似てるってんだ!?」 「いったん思い込んだらなりふり構わず突っ走ってしまうところ」 ジノはなんのためらいもなくずばりと言い切った。 痛いところを衝かれてうっと言葉に詰まるジェンティーレをちらっと見やる。 「ワールドユースの少し前だったか、シンゴがお前を抜くためのフェイント練習してた時なんか、本当に参ったね。早朝から深夜までほとんど休みも取らないで猛特訓。どんなにボロボロになっても決して止めないんだから。まったく見てらんないよ。あれじゃじきに体を壊してしまう」 空になったエスプレッソのカップを置いて軽くため息をつく。 「なんでそこまで真っ向勝負にこだわるんだ、って聞いたらなんて言ったと思う?」 「さあな。知るかそんなこと」 「『――ジェンティーレはおれの最大のライバルだから。それにおれサッカー好きだから、簡単にあきらめたくないんだ』だってさ」 あっけにとられた様子のジェンティーレを楽しげに見上げると、先を続けた。 「真顔でそんな直球勝負のセリフを返されちゃ仕方ないよね。俺としては不本意だったけど、あえて強硬手段をとらせてもらったよ」 「強硬手段? っていうか、なにやったんだお前?」 ジェンティーレが訝しげに眉をひそめる。 ジノはにこやかに答えた。 「具体的に言えば油断してるシンゴのみぞおちに一発喰らわせて強制ドクターストップかけた。毎日これだから、おかげですっかり当て身が上手くなってしまったよ」 一瞬ジェンティーレは我が耳を疑った。 おいこらちょっと待て。 いつからこの国では不意打ちまがいの通り魔的犯行をドクターストップと言い表すようになったのだ? 「シンゴなら大丈夫。翌朝ケロっとした顔で飛び起きて練習始めるから」 「いや、だから、そういう問題じゃねえだろ……ったく」 「練習の合間にトリノまでお前の様子を偵察しに行ったり、ホント元気な子だよ、シンゴは。まさかお前まで行動パターンが同じとは思ってもみなかったけどな」 ジノは人の悪い笑みを浮かべてジェンティーレの顔をのぞき込んだ。 「お前がミラノまで来た理由。シンゴの様子を見に来たんだろ?」 「ななな、なんのことだかサッパリわからねえな!?」 「あいかわらず素直じゃないなあ、お前」 顔を赤くして怒鳴り散らすジェンティーレの姿にぷっと吹き出す。 「安心しろよ。腐ってもお前はシンゴの最大のライバルってことになってるから。少なくとも今のところは」 「……なあ。お前のセリフの端々に毒が感じられるのはオレの気のせいか?」 「いいや。そう聞こえるのはジェンティーレの病的な被害妄想のせいさ」 ジノはいけしゃあしゃあとのたまった。 ジェンティーレはげんなりした様子で息を吐く。 ワールドユース代表で初顔合わせした時から感じていたことだが、まったくこいつときたら煮ても焼いても食えないイイ性格してやがる。 むくれ顔でがりがり頭を掻いて再び椅子に腰を下ろす。とうに冷め切ったエスプレッソを一気に飲み干した。 そんなジェンティーレにクスリと笑みを漏らす。 「挫折を知らない人生なんてロクなもんじゃないって。どんな経験でも無駄なことなんかないさ。たまにはひと休みして、自分の身の回りや心の裡を顧みるのも悪くないと思うよ。焦る必要なんかない。お前ならきっと大丈夫さ」 おだやかに微笑むジノをうさんくさそうに見やる。 「はァ? 唐突に手のひら返してオレを持ち上げるなんて、どういうつもりだ?」 「やれやれ。確かにクラブでは敵同士だけど、代表では俺とお前は仲間じゃないか」 「―――!? やっぱお前なんか企んでんだろ? それとも変なモン食って錯乱したのか?」 「……お前とは一度とくと話合ったほうがいいみたいだな」 ジノはうって変わって冷ややかな声で言った。 話し合いといいつつなぜかその右の拳をしっかり固めている。 「おいシンゴ。厄介なことになる前にあいつら引き離した方がよくねえ?」 両脇に買い物袋を抱えたまま青い顔でマッティオが言った。 電話一本で新伍に呼びつけられたうえにあちこち買い物につき合わされ、やっとこさ帰ってきてほっとしたらこのザマだ。扉の向こうはまさに一触即発の緊急事態。 新伍は扉の隙間からじーっとのぞき込んだ。右に左に小首を傾げる。 すぐにふり返ってニッコリ笑った。 「なんでさ。二人ともとーっても仲良しじゃん。ね?」 「そうか仲良し……って、お前の目はフシアナか〜〜〜!?」 「大丈夫。心配ないって」 新伍は人差し指を立てて無邪気に笑った。 「それに部屋の壊れ物、とっくにおれが全部壊しちゃってるから暴れてもヘイキ」 >あとがき 2000Hitキリリク小説です(to 友杉影子様)。 時期的にワールドユース終了後まもなく。 長い人生たまには一休みするのもいいんじゃない?って話。 インテルユースの仲間以外でジノが本音を語れる相手がジェンティーレってことで。 新伍の下宿のおばさんの名前はアニメ(キャプテン翼J)準拠です。 ← 戻る |