すばらしい必殺技 2006.12.04

 それはインテルプリマの自由練習中のこと。

 葵新伍は柄にもなく真剣な表情でマッティオに言った。

「おかしいと思わないか、マッティオ?」
「はぁ? なにが?」

 マッティオはわけもわからず聞き返した。なんの前置きもなくそんなこと言い出されても首を傾げるしかない。おかしいもの……強いて挙げるとするなら、まったく疲れも見せずにタイヤを何本も引っ張ってピッチを所狭しと駆け回る新伍の体力値だろうか。

 マッティオがあれこれ考え込んでいると、

「おれのあだ名は“principe del sole”だろ。日本語だと太陽王子。太陽だぞ太陽。なのに必殺シュートが新幹線シュートってどーいうことだよ!?」
「んなことオレに言われてもなあ」

 マッティオは苦り切った顔でため息を吐いた。こればっかりは仕様としか言いようがない。

「オレだってバナナシュートなんていい加減なネーミングに耐えてんだ。お前も我慢しろ」
「イヤだ。もっとカッコいい技が欲しいんだ!」
「カッコいいって……たとえばどんな?」

 マッティオの問いに新伍はちょっと考え、あっけらかんと答えた。

「んー、サンシャインシュートなんかいいな〜」
「……マジ、センスないなお前、っていうかそりゃオランダの……えーと誰だっけ――そう、カイザーの野郎のシュートだろ!?」

 マッティオの指摘通り、ゲルト・カイザーといえば“陽気なゴールゲッター”の異名を持つオランダユースFWで背番号10番。彼の必殺シュートがサンシャインシュートなのだ。カイザーのなにがサンシャインなんだかマッティオにはイマイチ意味不明なのだが、ここはやはり仕様として「深く考えるな感じろ!」ということなのだろう。

 ここでふいにまったりと穏やかな声が割り込んできた。

「ふーん。太陽王子がサンシャインシュートか。確かにハマってるかもな」
「ジノ!? お前また不意打ち的に頭を突っこんでくんな!!」

 そう叫ぶとマッティオはジノをにらみつけた。思った通り、いかにも好青年そのものといった人当たりの良い笑顔を浮かべている。こういう笑みをたたえたジノ・ヘルナンデスは十中八九ロクなことを考えちゃいないのだ。

 マッティオのとげとげしい視線などものともせず、ジノはさらりと提案した。

「ついでにバナナシュートもムーンシュートに改名すれば? 太陽と月でコンビ完成」

 ちなみにムーンシュートとは、カイザーと同じくオランダユースのクリスマンが所持する必殺シュートである。クリスマンのなにがムーンなのかマッティオには皆目見当が付かないが、ここはやはり仕様として「深く考えるな感じろ!」ということなのだろう。

 新伍は顔を輝かせてうなずいた。

「あ、それイイ! ナイスな考えだよジノ!」
「オランダユースは分不相応かつムダに持ち技多いんだし、気の利いた名前のひとつやふたつ頂戴したって構わないだろ」

 新伍はともかく、ジノの物言いにさりげなく毒が入っているのは気のせいでも何でもない。二人の意図がどうであれ、マッティオはこの意見に同意するつもりなんかさらさらなかった。

「お前ら、オレの頭越しに勝手に決めるな!」

 ムーンシュートなんてバナナシュート以上にこっぱずかしいネーミングに改名されてはたまらない。こればっかりは全身全霊で拒否しよう。マッティオの意思は固かった。

 なのに新伍はマッティオの右腕をがっしりつかみ、陽気に言い放った。

「よーし! じゃあ行くぞ!」
「は? 行くってどこへ?」

 怪訝そうに首を傾げるマッティオを見上げて、新伍はさも当然といった口ぶりで答えた。

「決まってるじゃんか、オランダだってばさ〜オランダ!」
「なにィ!?」
「おれはカイザー、お前はクリスマンと勝負するんだ! お互いポジション同じだし、ちょうどいいじゃ〜ん!」

 言うが早いか新伍は走りだした。もちろんマッティオの腕を強引に引っ張ったまま。

「おいコラ待てシンゴ〜〜〜!?」

 待てといわれて待つ泥棒と葵新伍はいない。わかってはいるのだが、それでもマッティオは叫ばずにはいられなかった。

 つかまれた右腕をふりほどく努力はしてみたものの、暴走中のノンストップ青信号の勢いに抗うなんてアルノ川の大洪水に徒手空拳で立ち向かうも同然で、無謀というより他にない。かくて不本意ながらマッティオは、新伍に引きずられたままアッピアーノ・ジェンティーレの農道を爆走するはめになった。

 二人の姿が見えなくなってからフランコがぽつりと言った。

「……なあ。あいつらほっといていいのかよ?」
「ああいう時のシンゴを止めてもムダさ。マッティオも連れてるし心配ないだろう」

 そういってジノは平然とうなずいた。

 ああ見えて実は面倒見の良いマッティオのこと。なんだかんだ愚痴をこぼしつつ、新伍のやらかしたポカの穴埋めに奔走してくれるだろう。そんな場面を思い浮かべてジノは少し笑い、思いだしたようにつけ加える。

「それに来週うちと当たるだろ、アヤックスユース。あそこのメンバーはオランダユースの面子とほぼ同じだから、偵察がてらにちょうどいいじゃないか」

 フランコは少し呆れた顔でジノを見やり、やれやれと肩をすくめた。





 午後の練習も終わりにさしかかった頃。

「フランコ!」
「よし、こっちだ!」

 サムエーレのパスをトラップしようとしたその時、フランコはふいに後頭部に激しい痛みを感じた。砂袋かバールのようなもので頭を強打されたような、クモ膜下出血もかくやの激痛である。視界はホワイトアウトのち暗転し、ピッチに突っ伏して倒れ込んだ。

「やっほ〜! 葵新伍ただいま帰還〜〜ってあれ? どーしたんだフランコ? そんな所で寝たらカゼ引くぞ?」

 降ってきた脳天気な声にフランコががばっと身を起こした。

「好きで寝てんじゃねえよ! ったくなんだこりゃ?」

 頭をさすりながら新伍に怒鳴ると、すぐ横に転がった見慣れぬ物体に目を留める。手にとって絶句した。なんとそれはオランダ原産のシュールに無口&無表情なウサギのオブジェだった。頭の上からつま先までまばゆい金色に光り輝いている。はっきりいってものすごく趣味が悪い。

「ああ、それ空港で買ったお土産。ミッ○ィー煎餅詰め合わせだって」

 そういって新伍はウサギの頭をキュポンと引っこ抜いた。首無し状態の胴体部分からオランダワッフルが何枚もはみ出している。見ているだけで胸が悪くなりそうなシュールな光景だ。

「土産ってのはヒトの頭にぶつけるもんじゃねえだろ!?」
「ほら、こっちがみんなの分」

 フランコの訴えなど耳に入らない様子で、新伍は手に提げた紙袋からミ○フィー人形を取り出し、あわてて駆け寄ってきたサムエーレに手渡した。

 サムエーレはウサギオブジェを不気味そうに眺めながら、とりあえず礼を言った。

「あ、ありがとう、シンゴ」
「なんていうかこう……コメントに悩むシロモノだな、これ」

 ゴメスが複雑な心境を覗かせる。こんなものいらないと素直に言えたらどんなにいいだろう。しかし喜んで貰えると信じ切った表情の新伍を見ると、そう邪険にするのも忍びない。

 ふと気づいた様子でサムエーレがたずねた。

「そういやマッティオはどうしたんだ?」
「え? マッティオ? バス降りたとこまで一緒だったけど」

 そういって足下に転がるボールを拾うと、新伍はゴールに向かって走りだした。一気にペナルティエリアを通過し、ゴールエリアに入るぎりぎりの地点で足を止める。

 新伍の姿に気づいたジノが顔をほころばせた。

「お帰りシンゴ。やけに早かったね。……?」

 なんだかいつもと様子の違う新伍に、ジノは怪訝そうに首を傾げる。

 新伍はボールをピッチに置き、昂然と顔を上げた。その視線のおもむく先、ゴールエリアに佇むジノをまっすぐ見据える。

「――いくよ、ジノ!」
「え?」

 困惑気味のジノには構わず、新伍は渾身の力で右足を大きく振り抜いた。

「必殺! イリュージョンストライク! ………うわっ!?」

 突然後ろから腕を引かれてバランスを崩し、尻餅をついてしまう。ボールはクロスバーにはね返り、凄まじい勢いで後方に飛んでいった。

 新伍の腕をつかんだまま、ぜいぜいと息を切らせて安堵の声をもらしたのはマッティオだった。

「ま、間に合った〜〜〜!」

 バス停に降りるやいなや全速力で駆け出した新伍を見た時はもうダメかと思ったが、あきらめずに後を追って良かった。あのまま放っておいたならどんなオソロシイ事態になっていたことやら。衝撃でぐんにゃり歪んだクロスバーを見やって、マッティオは大きなため息を吐いた。

 新伍は顔だけふり向いて口をとがらせた。

「なにすんだよ、危ないじゃないか、マッティオ!?」
「危ないのはお前だ! あんな殺人シュートを至近距離から打つな!」
「え〜? だってクライフォートが言ってたぞ。ゴールぎりぎりで力いっぱい打てって」
「それはアドバイスじゃない。ただの殺人教唆だ! あの男がただの気まぐれなんかで必殺シュートを伝授するかよ!」

 そう、オランダユース代表かつアヤックスユースキャプテンでもあるブライアン・クライフォートが新伍に吹き込んだのは、ハンブルグのSGGKワカバヤシの腕すら粉砕する恐怖のミラクルシュートなのだ。新伍が付け焼き刃で打ったとしてもヤバイことに変わりない。

 マッティオは少し離れた位置に倒れているサムエーレに視線をやった。新伍の劣化版イリュージョンストライクの犠牲者第一号だ。クロスバーにはね返って飛んだボールに頭をぶつけるなんて運が悪いにもほどがある。幸いまだ息はあるようだが、早く医務室に運び込まないと危ないだろう。

 今まで黙って成り行きを見守っていたジノがフッと笑った。

「そうか。これは俺に対する挑戦と受け取っていいな?」
「あ、あのなジノ。まずは冷静になって事態を把握……」

 そう言いかけてマッティオはぎょっとした。ジノは普段見せない不敵な笑みを浮かべていた。生存本能に基づいた緊急事態信号が早鐘のように脳裏に鳴り響く。これは本気でマズい。

 マッティオの内心の動揺を知ってか知らずか、ジノは淡々と宣言した。

「この借りは試合で返させて貰おう。フフフ…今から楽しみだよ、クライフォート……!」
「うん、おれもがんばるよ。ジノ!」

 あいかわらず空気の読めてない新伍が元気よくうなずく。

 マッティオはなかば真剣に今度の試合を欠場するうまい口実はないものかと考え始めた。




>あとがき

かっこいい必殺シュート名に執念を燃やす新伍の話。
もう少し我慢すれば「※ドライビングシュート」を習得するのですが。
 ※新伍版フライングドライブシュート。

必殺技その他設定はPSゲーム『キャプテン翼J』に準拠しています。
インテルユニオーレス、プリマヴェーラ共に操作可能なステキなゲームです。
このゲーム、オランダユースもばっちり登場しますのでクライフォートも使えます。
またもやクリスマンに面倒を押しつけて控えに陣取っていますけど。

そういえばミッ○ィーってオランダが発祥の地だそうですね。
ユトレヒトに趣味の悪いキンキラキンのミッフ○ー像が建ってるみたいです。
オランダ煎餅 Stroopwafels=オランダのワッフル(ベルギーに非ず)みたいなもの。

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