■ カステラは南蛮菓子 | 2010.01.10 |
イタリアから来た脳天気なコザルは相変わらずムダに元気だった。 「チャーオ! 元気してた〜? オレはいつでも元気だよ〜! もちろんジノも元気さ〜! マッティオは朝練でタイヤ引き百周こなしたから元気だろーし〜、ジェンティーレはバカだからカゼ引くわけないし元気元気〜あーコンティはねー」 アヤックス寮の居間のソファに当然のように腰掛け、台所に上がり込んで勝手に淹れたコーヒーを飲みながら、立て板に水のごとくまくしたてる。 この調子では知る限りのイタリア人どもの(はっきりいってどうでもいいし、知りたくもない)日々のつれづれを語り尽くすまで止まらないだろう。 クライフォートは読んでいた本を閉じ、うんざりした様子で顔を上げた。 「くだらん前置きはそれくらいにしろ。さっさと用件を言え」 「ってなわけで〜これぞ正統派ってカンジのカステラの作り方を教えてよ!」 イタリアのコザルもとい葵新伍はそう言ってにぱっと笑った。 「南蛮菓子っていうんだからオランダが本場なんだろ」 クライフォートは葵の顔をじっと見た。哀れむような蔑むようなまなざしで。 そこへコーヒーと大きな菓子箱を抱えた恭介が居間に入ってきた。いつもの定席にどっかり腰を下ろし、菓子箱から信玄餅を取り出して黒蜜をかけながら、もっともらしい顔でうなずいた。 「そだな。カステラってオランダ語だしな」 「カステラはポルトガル語だ」 即座にクライフォートの冷ややかなツッコミが入る。 「ついでに南蛮というのは南から呼ばれもしないのにやって来た図々しい野蛮人という意味で、ポルトガル人やスペイン人を指す。たぶんヘルナンデスの先祖も南蛮人だろう」 ヘルナンデスは正しくはフェルナンデスだろうからな。 確かうちの先祖の商売敵にフェルナンデスというのがいたはずだ。そいつは江戸駐在スペイン商館員だったから正真正銘の南蛮人である。 「ふーん。でもジノよりジェンティーレの方がずっと野蛮人だよね」 葵は大きな目をぱちくりさせ、率直な感想を述べた。 名はジェントルだが頭の中身が蛮族仕様のあの男が聞いたらさぞや怒り狂うことだろう。 「てことはカステラってポルトガルのお菓子なの?」 「まあポルトガル人にカステラの製法を伝えたのはオランダ人という説もあるがな」 その際これはカスティーリャ(スペイン)の菓子だと言ったらしい。カスティーリャはポルトガル語でカステラ。というわけだ。 「そっか。じゃあオレにも教えて」 葵はいそいそとメモ帳を取り出した。 当然教えてもらえると信じて疑わない目でこっちを見るな。 おまけに信玄餅を口いっぱい頬張った恭介が首をつっこんできた。 「ふはひはん、へひへひひへーへ、ほっほほほひへへひゃへひょ」 どうやら「ブライアン、ケチケチしねーで、教えてやれよ」と言いたいらしい。 それはともかく口にものを入れたまま喋るな。見苦しい。 いい加減うんざりしてきた。面倒ごとはさっさと片づけるにかぎる。 クライフォートは脳内データバンクから最も簡潔なカステラレシピを引っ張り出し、無意味なデータの削除および重複データ統合を瞬時に済ませ、おもむろに口を開いた。 「ボウルに卵の白身を入れて撹拌したのち黄身、ザラメを投入し撹拌、そこへ上白糖を入れて撹拌、次いで水飴を加えて撹拌してから小麦粉をぶち込み撹拌しろ。あとは型に流し込んで適当に焼け。以上だ」 わかったな。否とは言わせん。何か言いたいことはあるか。 だがしかし。葵はきょとんとした顔で首を傾げた。 「かくはんって何?」 気まずい空気が流れる。 俺としたことが、そこをつっこまれるとは予想しなかった。 クライフォートは葵に向き直った。 「細かいことは考えるな。とにかく混ぜろ」 「わかった〜。オレがんばる」 「ミキサーの使用は不可だ。根性で混ぜまくれ。あとは気合いで何とかしろ」 「わかった〜。じゃあ叶に手伝ってもらおうっと」 「そうか。無駄にヒマをもてあましているから、せいぜいこき使ってやれ」 クライフォートの勝手な言葉に当然ながら恭介はいきり立った。 「ちょ、おまえらなに勝手なこと言ってやがんだ――!?」 葵はむやみやたらにキラキラした目で恭介を見つめ、こぶしを固めてうなずいた。 「よーし叶! カステラ作りがんばろうな!」 「どうせ力仕事にしか役に立たん奴だ。めいっぱい酷使していいぞ」 「……おまえら、ヒトの話、ハナから聞く気ねえだろ」 むろん恭介のたそがれたつぶやきは、クライフォートと葵に華麗にスルーされた。 恭介は軽く舌打ちして勢いよくソファに腰を下ろした。 ぶすっとした表情ですっかり冷め切ったコーヒーに手を伸ばし、肩をすくめて葵を見やった。 「けどよーおまえ何でまたカステラなんか作りてえんだ?」 葵は不思議そうに大きな目をぱちぱちさせた。 「え、だって今日クライフォートの誕生日なんでしょ。せっかくだしちょっと珍しいモンに挑戦しようかなって思って」 恭介は酢を飲んだような表情で固まった。 「へ? 誕生日……?」 後ろの壁に吊ったカレンダーをおそるおそる見る。そして絶叫した。 「うぉわッマジかよ―― !? ウソだろ? な?」 「あいにく今日は確かに俺の誕生日だ。お前がそこに書いた通りにな」 クライフォートはカレンダーに視線を投げる。 9日に赤の極太マジックで二重マルをつけたうえにブライアンのヤローの誕生日と書き殴ってある。明らかに恭介の筆跡だ。わざわざ自分でしるしをつけておいて綺麗さっぱり忘れるとはどういう神経をしているのやら。 俺の誕生日を忘れる世界記録にでも挑戦しているのか。だとしたらいい度胸だ。 葵がなにやら思い出したようにぽんと手を打った。 「あ、そーいやオレ、出がけにおまえの兄ちゃんに伝言頼まれてたんだ。えーと、“たぶん忘れていると思うが、恭介。今日はクライフォートの誕生日だ”だって」 「だーッ、遅ェよ!? そんな重要なこたぁもっと早く言えって!!」 「あはははゴメンゴメン。すっかり忘れてた」 事情を知らない葵は少しも悪びれずケラケラ笑った。 クライフォートはオレンジ頭をがりがり掻きむしって地団駄踏んでいる恭介を冷たく見据えた。 「では恭介。今年も俺の代わりに除雪と灯油運びとゴミ出し作業に励んでくれ」 >あとがき 2010年度クライフォート誕生祝い話。 なんか一日遅れたけど気にしない。 カステラ関連はテキトーです。南蛮人もテキトーです。 きっと恭介は来年も誕生日を忘れるでしょう。運命です。 ← 戻る |