鶴は勘定に入れません 2009.01.09

クライフォートは読んでいた本から顔を上げ、向かいの葵新伍に視線をやった。

ローテーブルに大きな正方形の紙を広げてなにやらせっせと折っている。
まずは半分に折り、それをまた半分に折る。厚手の和紙のせいかとにかく折りづらく、手先の器用な葵もいささか手こずっている様子。

わざわざイタリアくんだりから何をしに来たのやら。
真剣な面持ちで紙を折る葵を眺めながら、クライフォートはひそかに呟いた。

葵がふらりと寮の玄関先に現れたのは10分ほど前のこと。応対に出たクリスマンに手みやげを渡すと勝手知った我が家のごとくずかずか上がり込み、居間で読書中のクライフォートの真正面に陣取って折り紙を始めたのだ。

黙って作業しているぶんには無害なので放置していたが、やはり少々気にはなる。面倒だがここはひとつ確認しておくか。

クライフォートが口を開こうとしたその時、

「やたー! 出来た〜!」

葵が両手を挙げた万歳ポーズで歓声を上げた。

「誕生日おめでとー! はいこれプレゼント!」

クライフォートは目の前に差し出された物体を静かに見据えた。
それは一羽の折り鶴だった。ただしサッカーボールよりも大きい。ボディカラーは緑、白、赤のトリコローレ。つまりイタリア国旗柄の巨大鶴という訳だ。

「誕生日はともかく。なぜ折り鶴なんだ?」
「へ? だっておれ今一番ハマってるの折り紙だしー」
「普通は相手の好む物を選ぶものじゃないか?」
「だっておれ、クライフォートの欲しいモノっていまいち思いつかなくてさー」

葵がけろっとした顔で言う。

「お前の頭には無難な選択肢という物が存在しないのか。たとえば本人にそれとなく尋ねるとか、選べるカタログギフトを贈るとか」
「えー、でも訊いたって教えてくれないだろ。本当に欲しいモノなんてさ」

葵はそう言ってニッと笑った。

「お前にとってどうでもいい品贈るくらいなら、おれが一番気に入ってるモン贈るほうがずっとイイだろ。これ今までで最高の出来なんだぞ! スゴイんだぞ特別だ!」

さあ褒めろ、と言わんばかりに胸を張る。

クライフォートは押しつけられた巨大折り鶴を眺めた。
和紙の折り鶴はいかにも日本らしいが柄が三色旗のイタリアン。それが外見日本人・中身イタリアンのこいつとだぶって見えて妙に可笑しくなった。

「まったくお前は見ていて飽きないヤツだな」
「むー、なんだよそのあからさまにヒトを小馬鹿にした顔。よーし、そんなら今日一日お前の言うことなんでも聞いてやるよ! 雪かきでも掃除でもどーんとこい!」

葵の言葉にクライフォートはひそかにほくそ笑んだ。
本を閉じて表紙の上に折り鶴を載せるとソファから腰を浮かせた。

「そうか。では遠慮無くいくぞ」
「おう、ばっちこーい……って、え?」

葵はぽかんとした表情でクライフォートの顔を見た。
当然だろう。なんの前触れもなしにいきなり目の前の男に軽々と抱き上げられ、そのままソファに押し倒されたのだから。

葵が上目遣いでおそるおそる尋ねる。

「あ、あの……なんなの一体?」
「俺の言うことを何でも聞くんじゃなかったのか?」
「ちょ、それそーゆー意味じゃなくて……あっ、そこダメ〜 !?」
「なるほど、ここがいいのか。わかった」
「うわあぁん、もーやだ〜助けてジノ〜!」

真っ赤な顔でじたばた抵抗する葵にあれこれ試みてはその反応を楽しんでいるさなか、クライフォートはふと何かに気づいた様子で顔を上げた。
背後にある居間のドアに視線を向け、冷ややかに言った。

「ちょうどいい。今シーズンの薪割りはお前に任せた恭介。クリスマンも手伝ってやれ」





ドアの向こう側では恭介とクリスマンが責任のなすりつけあいをしていた。

「だーッ、お前が騒ぐから気づかれちまったじゃねーか!」
「うっかりボールペン落としただけだろ! それも毛足の長い絨毯の上だぞ。そんなの聞こえるワケねーよ!」
「あいつは昔から地獄耳なんだよ! おかげで今年も重労働するハメになったじゃねーか!」
「それはお前がクライフォートの誕生日を毎年忘れるからだろ?」
「お前もオレにそのこと教えてくれる約束いっつも忘れてんだろ!」

とことん低レベルな言い争いはいつ果てるとも知れない。

今年の1月9日もいつも通りだった。




>あとがき

2009年度クライフォート誕生祝い話。
一人だけイイ思いしてる司令塔です。いつものことか。
耳が良いというか空気の振動を聞き分けてるっぽいです。マジかよ。

たぶん恭介は来年も誕生日を忘れるでしょう。もはや予定調和の域に。


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