■ 今日は何の日2008 | 2008.01.09 |
クリスマンは大量の郵便物の束を抱えて台所の扉を開けた。 妙に閑散とした空気に目を瞬かせる。 いつもの指定席に陣取って、ひとり静かに読書中のクライフォートに目を留めて、 「あれ。他の連中は?」 「カイザーとレンセンブリンクは街まで買い出しに、ディックとドールマンはスキー板抱えて飛び出していった。……今さらクロスカントリーなんかやっても遅いと思うがな」 クライフォートは本のページから顔も上げず、どうでもよさげにつぶやいた。 なるほど。あいつらタヌキ腹解消に歩くスキーしてんのか。 それは確かに手遅れと言わざるを得ない。今ごろ慌てて運動するくらいなら、最初からあんな暴飲暴食しなけりゃいいのに。 新年からほぼ1週間、たいして体も動かさず、食料庫を食い尽くす勢いでひたすらドカ食いしていたディックとドールマン、そして叶恭介を思い出し、クリスマンは肩をすくめた。 「そういやカノーは?」 「恭介は灯油運びと雪かき作業中だ」 そうだった。アイツ去年やらかした不始末のせいで、クライフォートの分まで当番肩代わりさせられてんだっけ。 過度のカロリー摂取にもかかわらずカノーだけ体重超過の憂き目を見ずに済んだのは、この規則正しい労働のタマモノと言えなくもない。DFやGKはともかくタヌキ腹のFWなんてみっともないったらありゃしないしな。まあ結果オーライ? そんなことを考えながら、クリスマンはテーブルの上にどさっと郵便物を置いた。積み上がった紙の山のあまりの厚さに知らずため息が漏れる。 年末から放置していたとはいえ、いくらなんでも多すぎやしないか? こうなる前に誰か取りに行けよ、ったく。 まあ今さら愚痴をこぼしても仕方ない。とりあえず仕分け作業始めよう。 クリスマンは軽く頭を振って席に着いた。 まずは個人宛の手紙、小包、DM、請求書その他といったカテゴリに分別していく。未区分の郵便物の山を半分ほど崩し終えた頃、見覚えのある筆跡にふと手を止めた。 手紙はクリスマン宛で消印はミラノ。差出人は叶成介。言わずと知れた恭介の兄である。なぜかイヤな予感が胸をよぎった。少しためらってから意を決して封を切る。 内容を手短にまとめるとこんなものだった。 『ルート・クリスマン殿 うちの弟は今年もブライアンの誕生日をど忘れしていると思う。そこで頼みがあるんだけど、君からそれとなく教えてやってくれないか?』 おそるおそる手紙の日付を見る。12月30日 !? そして今日は1月9日。クライフォートの誕生日当日じゃないか。ヤバい。一刻も早くカノーに伝えないと……! 「どうした。なにか面白いことでも書いてあったか?」 クライフォートがじっとこちらを見つめていた。 「いっ !? えとそのあの〜なんでもないってあはははは〜!」 クリスマンは視線を泳がせながら、わざとらしい笑顔で答えた。 もちろん例の手紙はしっかり背後に隠している。 や、やべえ。こんな文面、死んでもクライフォートに見せられねえって !? 「そうか。ならいい」 そっけない物言いはいつも通り。だが淡々とした態度の奥に見え隠れする極寒の冷気を感じ取り、クリスマンは背筋に冷たいものが走った。 は、早くカノーを探し出さないとエライことに……! 引きつった顔で腰を浮かせたその時、雪かきシャベルを肩に担いだ恭介が台所の戸口にひょっこり顔を出した。 「はー、やっとこさ終わったぜ」 「か、カノー! ちょっとこっち来い!」 「ンだよお前。必死な顔してなんかあったのか?」 当惑顔のカノーを引っ張って部屋の隅に連れて行く。クライフォートの様子をちらっと盗み見してから声を潜めて言った。 「よーく聞け。今日は1月9日だ」 「はぁ? だからなんだってんだ?」 恭介はなんとも要領を得ない表情で首を捻った。 ああやっぱり。コイツすっかり忘れてやがる……! 「ばっ、お前なあ、9日ったら決まってんだろ !?」 恭介はハレバレとした顔でポンと手を打った。 「おう、そうだった! 雪かき当番終了日だったな!」 「違うっ! いや大間違いってワケじゃないけどさ。そうじゃなくてもっと重要なことだ!」 「へ? ぜんぜん思いつかねーぞ。なんかあったっけか?」 クリスマンはため息をひとつ漏らすと、黙って成介の手紙を差し出した。 「なんだよこれ。兄貴の手紙? …………………なにィ !?」 恭介は手紙をぐしゃっと握りつぶすと、ものすごい剣幕でクリスマンに詰め寄った。 「ゴラァ、クリスマン!! てめーなんでもっと早く知らせてくれねえんだよ !?」 「いやその……オレもついさっきポスト開けて気づいたんだよ。ハハハ……ハ」 「笑いごとじゃねえっ、このバカ野郎――― !?」 「か、カノー、あのな……後ろ……後ろ!」 「はァ !? 後ろ後ろってお前、大昔のお笑いコントかよ……ってゲッ !?」 クリスマンの視線を辿ってふり返った恭介が息を呑む。 いつのまにか恭介のすぐ後ろにクライフォートが立っていた。 「見苦しいぞ恭介。いくらわめいても、またお前が俺の誕生日を綺麗サッパリ忘れていたことに変わりない。――そうだろう?」 凍てついた青い瞳に見据えられて恭介がうっ、と言葉に詰まる。 間髪を入れずクライフォートは容赦ない追撃を浴びせた。 「では今年の冬の灯油運びと除雪作業も頼んだぞ」 すまんカノー。来年はちゃんと年明けにポスト確認するし、PCのディスプレイに忘れないようメモ貼っとくから、今年の冬もなんとか耐えてくれ。 クリスマンは心の中でそっと手を合わせた。 >あとがき クライフォート誕生記念話2008年版。 物事にこだわらない彼ですが、こうも毎年誕生日を忘れられたらさすがにムカつくみたいです。 恭介はこのままズルズルと冬季除雪&灯油取り扱い係に終身任命されそうな予感。 どうせ来年も思い出せないに決まってるし。 ← 戻る |