ギロッポンの謎 2007.04.07

 デンマークユースとの親善試合終了後。
 クリスマンは芝がえぐれた箇所をスコップで埋め戻しながらぼやいた。

「あ〜あ。結局こーなるんだよな」
「いや、だからオレも悪かったとは思ってるんだぜ? 一応」

 隣で恭介が軽く肩をすくめる。
 芝の上にくっきり刻まれた溝に土を放り込んでスコップでぺしぺし叩くと、

「けどよ。グラウンドキーパーがぶっ倒れちまうたぁ思わなかったな」
「まあ、こんなもん見せられちゃ仕方ないだろ」

 クリスマンはよっこいしょと立ち上がってアレナを見わたした。
 恭介の必殺シュートの軌道沿いに、何本もの茶色い溝が縦横無尽に伸びている。
 スタンドから見下ろせば、あたかもピッチ全域に壮大なスケールで描かれた絵文字のよう。

 試合後、一目見るなりグラウンド整備主任が卒倒したのも無理はない。

 負傷退場したデンマークユースの連中と一緒に救護室に運び込まれ、未だ目を覚まさない。
 カノーが来て以来、アレナの芝と同じく一段と薄さを増した彼の頭髪もいよいよヤバいかもしれない。痛ましい話だ。

「あのなカノー。いくら頭に血が上ったからって、も少し力、加減してくれよな」
「しょーがねーだろ。あのクリスチャンセンってヤロー、図体に似合わずチョコマカ逃げまくりやがって。男なら潔く覚悟決めて、正々堂々立ち向かえってーの」
「いやそれはただの自殺行為だって」

 クリスマンはうんざりした様子でため息をついた。
 虐殺モードのカノーとクライフォートに同時ターゲットロックオンされて逃げないヤツがいたら、それはただのバカか自殺志願者だ。
 まあ必死の努力の甲斐もなく最後には仕留められてしまったのだが。

 クリスチャンセン退場の時点で控え選手が底を尽き、ついにデンマークユース側は第三キーパーがSBを、第四キーパーがCBを兼ねる世にも悲惨な状況に陥った。当然ながらウチの勝利に終わったのは言うまでもない。が、同時に無数の芝刈り道も抱え込むハメに。
 なにやら試合に勝ったが勝負に負けた気分である。

 クリスマンはがっくり肩を落としてつぶやいた。

「あーあ。目が覚めたらアレナがカンプノウになってたらいいのになあ」
「いや。お前の運の数値からしたらサンシーロになってる確率のが高いな」

 あわててふり向いたその先に、芝の埋め戻し作業が始まると同時に姿をくらましたクライフォートが立っていた。

 サンシーロ、正式名称スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァといえば言わずと知れたインテルとミランのホームスタジアムだが、ここに比べたらアレナなんてまだマシな部類に入るだろう。
 それくらいサンシーロの芝の状態は酷い。

「え、縁起でもないこと言うなよなー、あんなヒドい芝なんかウチのがまだマシだろ!?」

 クリスマンはこの世の終わりみたいな顔で叫んだ。

 インテルユースのキャプテンでGKのジノ・ヘルナンデスが聞いたなら、穏やかな表情のまま「失敬な。それはこっちのセリフだ」と冷ややかに返すに違いない。

 恭介がクライフォートの面前にスコップを突きつけてにらみつける。

「おいコラ、ブライアン。てめー芝メンテさぼってどこ行ってやがった?」
「上からお前が描いた地上絵を見物していた」

 そう言って観客席を身振りで示すと恭介に視線を戻す。

「恭介。バナナをくわえたコザルをゴリラが追いかけているような変な図柄は、お前なりのジョークなのか? センスがないにもほどがある」
「ンなワケあるかこのボケが!? てゆーかアレ、半分はお前の責任だろ」
「厳密に言えばお前が正犯、俺は従犯だ。一緒にするな」
「だーッ、てめえはまたミョーな屁理屈をこねくりまわしやがって〜〜〜!?」

 頭をグシャグシャに掻きむしって恭介が絶叫したとたん背後から声がした。

「よぉ、オレンジ頭。ちょっといいか?」
「あぁ? なんだよお前ら」

 恭介は気安い様子で近づいてくるハースとクリスチャンセンをじろっと見た。
 打ち身捻挫その他あちこち傷だらけのズタボロ状態だが、見た感じ結構元気そうだ。
 なんかすげームカツク。もう一度担架送りにしてやろーか。

 恭介がそんな物騒なことを考えているとも知らず、ハースは馴れ馴れしげにたずねた。

「お前、日本人だろ? ずいぶん先の話なんだけどオレ達、日本遠征の予定あるんだ。トウキョウでどっかイイ穴場知らねえか? 綺麗なオネエちゃんがたくさんいるトコな」
「はァ? やぶからぼーになに言い出しやがんだお前」

 完全に意表を突かれ、呆れたようにハースの顔を眺める。ちょっと考え込んで、

「ん――東京ってもなあ。オレあんま詳しくねえし」
「それならギロッポンだな」
「なんだそりゃブライアン。新種の怪獣の名前か?」

 ふってわいたギロッポンなる摩訶不思議な単語に首をひねる恭介を後目に、クライフォートがいけしゃあしゃあとのたまった。

「世界的に有名なヤマトナデシコが多数生息する伝説の聖地の名だ」
「ちょ、お前なに言ってんだ!?」

 クライフォートは黙って恭介の目をじっと見据えた。
 だんだかんだいって幼なじみの腐れ縁。好む好まざるに関係なく以心伝心など朝飯前だ。
 恭介はたちまちクライフォートの意図を正しく読みとった。ニタリと笑って同調する。

「そうそう! あそこはスゲエぞ。カワイ子ちゃんがよりどりみどりってな楽園だ!」
「ヤマトナデシコは現在ワシントン条約で手厚く保護されている絶滅危惧種だ。世界広しといえどギロッポン以外で目にする機会は殆どないだろう」

 クライフォートもしれっとした顔で立て板に水のごとく口からデマカセを並べ立てる。

 クリスマンは危うくモグラ穴に足を取られてひっくり返りそうになった。
 おいおい。いくらなんでもこんなデタラメ、信じるバカがいるのか?
 呆れ顔で恭介とクライフォートを見やる。

 だがしかし。デンマークユースのツートップはクリスマンの想像以上にバカだった。

「す、スゲー、マジかよ!?」
「よっしゃ、絶対行ってやるぜ。聖地ギロッポンに!」

 ハースとクリスチャンセンは鼻息荒くうなずき合うとガッツポーズで宣言した。
 二人ともすっかり目の色が変わっている。どうやら女好きの秘孔をモロにクリティカルヒットされたらしい。

 クリスマンはたそがれた表情でぽつりとつぶやいた。

「……お前ら、なんでそんなヨタ話に騙されるんだ?」

 クライフォートが淡々と応える。

「それはだな、人は己が信じたいことを信じるイキモノだからだ」
「へッ。バッカじゃねーの、こいつら。ま、日本に行った時が見物だな」

 恭介も人の悪い笑みを浮かべて言った。




>あとがき

デンマークユースとの親善試合の続きです。
Golden-23であの二人がやたらギロッポンに執着してるもんでつい。


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