芝が大事 2007.03.25

 デンマークユースを迎えての親善試合、前半25分過ぎ。
 アムステルダム・アレナはアヤックスユース側のペナルティエリア付近を中心に、“親善”とは名ばかりの、世にもサツバツとした空気に包まれていた。

 ゴール前に突っ伏して倒れているレオン・ディックにちらりと目をやってから、叶恭介は加害者二名を鋭い眼光で見据えた。

「てめえら、ワザとやりやがったな……!?」

 加害者二名の片割れ、デンマークユースFWハースが涼しい顔で言い放つ。

「はァ? なに言ってんだ。不幸な事故だろ」
「だよな。あれくらいのチャージでぶったおれるなんざDF失格じゃねえの?」

 続いてもう片方のFWクリスチャンセンが鼻で嗤う。

 わざと反則まがいのチャージをかましておきながらこの言い草である。しかもウチ相手に。敵ながらイイ度胸してんな。いや単に無知のなせるワザか。
 これから起こるであろう大惨事を予想して、クリスマンは内心ため息をついた。

 クリスマンの内心の葛藤はともかく、恭介は当然のように激昂した。

「んだとぉ!? こいつはなあ、朝メシ抜きの低血糖でフラフラだったんだぞ!」

 クリスマンは恭介のユニフォームの裾を引っ張って、ためらいがちに言ってみた。

「なあカノー。ディックの朝食かっぱらったのはそもそもお前じゃ………」
「うるせえ、カンケーねえ奴はすっこんでろ!」
「そ、それにディックの致命傷はたぶんお前のヒジ打ちだと……!」

 それはほんの一瞬の出来事だったが、クリスマンは確かにその決定的瞬間を目撃した。
 クリスチャンセンの放った高めのシュートをクリアする際、恭介が勢いあまって隣のディックの側頭部に強烈なヒジを入れてしまったところを。

 あれに比べたらデンマークの二人組の反則ラフプレーなんか物の数じゃない。

「だ〜ッ、さっきからごちゃごちゃうるせえな! ――あ、てめえら待ちやがれ!」

 デンマークFW二人組は肩越しにふり返ると、

「ったくいつまでもグダグダ言ってんじゃねーよ。さっさと試合始めろよ」
「それとも引き延ばしでも狙ってんのか?」

 あからさまに小馬鹿にしたように言い捨て、しれっとした顔で走り去った。
 コトここに至って、ついに恭介の怒りが臨界点に達した。

「ンだとぉ〜!? あんの腐れデーン野郎ども、もう許さねえ!」

 血に飢えた人食い狼のごとき恐ろしげな形相で叫ぶと、遠心力で首が吹っ飛びそうな勢いでゴールマウスをふり返る。

「おいドールマン! 試合続行だ! ボールをブライアンに回せ!」

 もちろんドールマンは必死の説得を試みた。

「カ、カノー。ひとまず深呼吸して落ち着け、な? まずは選手交代しねえと」
「ディックなんかゴールポストに立てかけときゃいいだろーが。四の五の言ってねえで早くしやがれ。でないとてめえのどてっ腹に一発ぶちかますぞ!」

 ストレートに脅迫の入った問題発言をドールマンに投げつけると恭介はきびすを返し、猛スピードで駆け出した。
 「ちょっ、待てよカノー!?」と、ワンテンポ遅れてクリスマンも後に続く。

「……ったく、どうなっても知らねえぞ!?」

 ドールマンはほとんどヤケクソな口調でぼやくと、力強くゴールキックを蹴った。

 一方クライフォートはといえば、恭介たちの諍いなど鼻にも引っかけず、いつものように遠くから高みの見物を決め込んでいた。

 ドールマンからの超ロングパスを難なくトラップして、センターサークルに視線を投げる。
 ものすごい形相で全力疾走してくる恭介の姿に、ひょいっと肩をすくめた。

「やれやれ。しかたないな」

 どうでもよさげに呟いてボールに強い回転をかける。
 そのまま中空に蹴り上げ、絶妙のタイミングで鋭く右足を振り抜いた。

「うわっ!? 危ねえ〜!?」

 クライフォートの必殺ロングシュートパスの弾道ど真ん中にいたカイザーが、必死の垂直ジャンプで危うく難を逃れる。あと少し回避が遅れていたら、ディックに続いて二人目の退場者になっていたに違いない。

 当然のようにクライフォートからはなんの言葉もない。
 静かにピッチ中央を眺めるその顔には、これくらい避けて当然、ぶつかるようなマヌケは死ねと書いてあった。

 シュートパスがセンターサークルに到達するのとほぼ同時に、まるで測ったようにナイスなタイミングで恭介が走り込んでくる。

「どぉりやあぁぁぁ―――!!」

 むやみやたらに気迫に満ちたかけ声とともに渾身のシュートを放った。

 クライフォートの必殺シュートパスを恭介がパワー最大値で打ち返した、いわゆるひとつの反動蹴速迅オレンジ砲が、橙色のまばゆい光を放ちながら、もはや計測不能っぽい超速度と威力でもってデンマークゴールへ一直線に突き進んでいく。

 その軌道上に唖然と立ちつくしたままの敵CBと、ついでに背後のキーパーを木っ端のように中空に吹っ飛ばし、オレンジ弾はゴールネットを突きぬけてコンクリート壁にめり込んだ。

「よっしゃあぁ二連鎖! キーパーとDF、二人まとめてノックアウトだぜ!」

 両陣営ともに凍りついた空気のなか、恭介の弾んだ声が響き渡った。
 心ならずも(?)敵プレイヤー二名を戦闘不能状態に至らしめた良心の呵責など、彼の表情からはまったくもって感じられない。
 これぞまさしく故意犯である。

 クリスマンは血相を変えて恭介に食ってかかった。

「カノー! 芝、芝! なんのためにDFにポジション変えしたと思ってるんだ!?」
「え、あ……そーいやそだったな。ま、いいじゃねえか、ワハハハハ!」
「よくないっ! どーすんだよこれ!?」

 クリスマンは芝の上に引かれた一筋の轍を指し示した。
 恭介の必殺シュートの軌道をなぞるようにセンターラインからゴールまで、芝が根こそぎはぎ取られ、地面が無惨に露出している。

 どうやら先ほどのシュートの衝撃波でえぐり取られたらしい。芝の悪さで音に聞こえた(そんなもので有名でも嬉しくも何ともないが)アムステルダム・アレナとはいえ、非常識にもほどがある。

 カノーをDFポジションに専念させれば当座の芝の危機も回避できる。
 そう単純に信じた自分の愚かさが厭わしい。
 クリスマンはがっくりと肩を落としてため息をついた。

 人間芝刈り機、もとい恭介はハースとクリスチャンセンを指さして意気揚々と言い放った。

「ま、やっちまったモンはしかたねえよな。そんじゃ次はあいつらだぜ! 正々堂々と物理的に地獄に落としてやろうじゃねえか!」
「それもそうだな。久々に派手にいくか。古来よりサッカーは格闘技だというしな」

 恭介のまごうことなき殺人予告に、クライフォートが淡々と恐ろしいセリフで応える。

 それを聞いたクリスマンの顔色が、真っ青を通り越して真っ白になった。
 むろんデンマークユースのツートップの身を案じてのことではない。

「ば、バカかお前らは! これ以上、芝の被害を広げるな〜〜〜!?」
「ウチの最凶最悪ツートップの暴走を止められる奴がいるか? 諦めろクリスマン」

 いつのまにか隣に来ていたレンセンブリンクがかぶりを振って言った。

 最凶最悪ツートップとは恭介とクライフォートのCF&AMFコンビに他ならない。
 こいつらが一致団結して “ 正々堂々 ” とピッチを暴れ回った日には、どんな凄まじい地獄絵が描き出されるのやら。

 思わず想像してぞっとするクリスマンをよそに、レンセンブリンクが続けた。

「それよりカノーたちに協力して、さっさとあいつら片づけようぜ。そのほうが芝の被害も確実に減らせるだろ。ヘタに長引くとヤバいぞ」

 クリスマンは思わず我が耳を疑った。
 それはつまり『みんなで力を合わせてデンマークユースのFW二人をボコボコにしようぜ!』って意味なのか?

 半信半疑のまなざしでレンセンブリンクを見据える。
 たしかにこいつが “クールな点取り屋” の異名を持つ男であるのは事実だが。

「お前……クールを通り越して冷血になってないか?」
「じゃあ聞くがクリスマン。デンマークユースとウチの芝、ぶっちゃけ本音でどっちが大切だ?」
「そっ、そりゃ芝に決まって…………あ」

 あわてて口を閉じたがもう遅い。
 
 “隣のデーン人よりうちの芝生が大事”。
 
 これぞまさしくアヤックスユースメンバー全員の偽りのない本心である。
 それくらいアムステルダム・アレナの芝の年間メンテナンス費用は莫大なのだ。

 レンセンブリンクが我が意を得たりとうなずいた。

「だろ? だったらせいぜいおれたちの芝保全に努めようぜ」




>あとがき

デンマークユースとの親善試合編。
時期的にだいたいワールドユース前後かと思われます。

芝の悪さで知られるもうひとつの名所にサンシーロがありますね。

「いくぞジェンティーレ!……うわっ!?」 モグラ穴に足を取られてすってんころり。
「フン。小猿がいい気になってんじゃ……!?」 凍った芝に足を滑らせバランス崩す
「やれやれ、二人とも。足下が疎かになりすぎだよ」 あきれ顔でジノため息。
とかやってんでしょーか。

このあとギロッポンの謎編に続く……かもしれません。

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