今日は何の日 2007.01.13

 叶恭介は珍しく困っていた。

 時計の針は23時45分。ほとんど真夜中に近い刻限である。部屋の隅に設置されたばかでかいブラウン管テレビの前に陣取って某アクションADVゲームを攻略しているのだが、どうもいまひとつ画面に集中しきれない。

 いい加減イライラも頂点に達したのか、恭介はぐるっとふり返って怒鳴りつけた。

「だ〜ッ、てめぇさっきからなに非難がましい目でヒトの背中凝視してんだよっ!?」
「囲まれてるぞ、恭介」
「話そらすな! ブライアン、だいたいてめぇはいつもいつも………え?」

 おそるおそるテレビ画面に視線を戻す。縦横比16:9、いわゆるシネスコサイズの暗黒世界では操作キャラがゾンビにたかられ、今まさに頭からがりがり囓られようとしているところだった。

 恭介はムンクの叫びのごとき苦悶の表情で、ぽとりとコントローラーを取り落とした。

「オ、オレの迷宮探索二時間の苦労が……っ!?」
「安心しろ。どうせあと数歩で罠にかかってジ・エンドだったから」
「んだとぉ!? 知ってんならなんでもっと早く言わねえんだよ!!」
「お前の努力が水泡に帰すのを見物したいからに決まってるだろ」

 クライフォートはしれっとした顔で返した。底意地の悪さは通常の三割増、いつもに増してとりつく島もない素っ気なさである。

 思わず頭に血が上って怒鳴りつけようとしたその時、ふいに恭介は奇妙なデジャヴを覚えた。いつかどこかで今の状況に非常に酷似した会話を交わした気がする。

 無言のままゆっくりとゲーム機本体、そしてクライフォートの順に視線を移す。頭の片隅で失われた記憶のピースがカチリとはまる音がした。

 今を遡ること9年前。あれは冬山(遭難)登山ゲームだった。協力し合って頂上を目指すはずが、気が付いたら殺し合いプレイと化していた、あの伝説のレトロゲー。

「そーだ、てめぇあん時も全力でヒトの足引っ張ってくれたよな!」
「人聞きの悪い。勝手に足場から滑り落ちたクセに」
「不意打ちでオレを最上階から突き飛ばしといてなにほざきやがる!?」
「それはだな、無防備に背を向けたお前が悪い」

 クライフォートはさも当然のように言い切った。青い瞳にはっきりと非難の色を浮かべながら。

 恭介はうっ、と言葉に詰まった。

 9年前のあの時も、そして今この時も、恭介はころっと忘れていたのだ。

 今日は1月9日。クライフォートの誕生日だった。

「わ、ワザとじゃねーぞ。ついうっかりコロっとど忘れしてただけで……!」
「その言い訳は9年前にも聞いた」

 クライフォートはにべもなく言い返し、恭介を冷ややかに見据えた。

「わざとじゃなければ、オウンゴールで自殺点ハットトリックしても許されるのか?」
「あ、あのな、ブライアン……?」
「わざとじゃなければ、プラントをメルトダウンさせて街全体を火の海にしてもいいのか?」
「〜〜!? つかなんだそのムダにスケールでかい喩えは!?」
「わざとじゃなければ、ついうっかり地軸操作ミスって世界を滅ぼしてもいいんだな?」
「だぁ〜ッ、しつこい! ったく……はいはい、オレが悪かったよ!」

 恭介は根負けしたように頭をグシャグシャ掻きむしると、クライフォートに向き直った。

「来年は忘れず祝ってやるから、そのトゲトゲしい目つきはやめろってーの!」
「……………………」
「来年はひと冬、ゴミ出し当番代わってやるから!」
「……………………」
「来年はひと冬、玄関前の雪かき代わってやるから!」
「……………………もう一声」
「この野郎、足下見やがって〜〜!? じゃあ来年はひと冬、ボイラー室の灯油運び代わってやるから! これで文句ないだろ!」

 恭介はどうだといわんばかりに胸を反らし、ちらっと暖炉の上の置き時計に目をやった。現在時刻は23時59分。

 深夜まであとわずか。もう少しで1月9日は終わる。ここは適当に謝っておいて、問題は来年に棚上げしてうやむやにしてしまおうという魂胆がありありと窺える。

 しかし意外にもクライフォートは満足げにうなずいた。

「じゃあ明日の朝、さっそく雪かきしてもらおうか」
「は? なに言ってんだお前。そりゃ来年って話で……」

 恭介が言い終わらないうちに置き時計が鳴り出した。

 深夜12時。規則正しく十二回打ち鳴らされた鐘の音は、昨日から今日へと日付が替わり、新しい日が訪れたことを告げている。

「恭介。昨日は1月8日。つまり俺の誕生日は今日という訳だ」
「――!? て、てめぇ、引っかけやがったな〜〜〜!?」
「ヒトの誕生日を毎回さくっとど忘れするお前が悪い」

 クライフォートは不敵な笑みを浮かべて言った。

「さて恭介。自分から言い出した約束だ。まさか反故にするつもりじゃないだろうな?」





 翌朝。

「で、なんでおれがカノーの手伝いさせられてんの?」

 アルミ製の雪かきシャベルで雪の塊を切り出しながらクリスマンがぼやいた。

 間髪を入れず恭介の怒号が飛ぶ。

「グダグダ言ってねえでさっさと手、動かせ!」

 クリスマンは除雪済の雪が山のように積まれたねこ車を見やってため息をついた。

 理不尽にも程がある。そう思わずにはいられなかったが、残念ながらここでなにを言ってもムダなのはわかっていたので黙って雪かき作業を再開した。

 除雪係がクライフォートだろうと恭介だろうと、どっちみち手伝わされるに決まっているのだ。むしろ恭介のほうがいくぶんマシかもしれない。少なくとも半分は除雪作業に従事してくれるのだから。クライフォートは絶対逃げるだろう。クリスマンになにもかも押しつけて。

 ちょっぴりやるせない気持ちになって雪かきシャベルを力まかせにぐさりと地面に突き刺し、大きなため息をつく。

 すかさず恭介の檄が飛んだ。

「おいコラ、しけた顔してサボってんじゃねえ! とっとと雪捨ててこい!」
「あーはいはい。わかったから朝っぱらから大声で怒鳴るなって」

 クリスマンはあきらめ顔でかぶりを振ると、雪の満載したねこ車をよろよろ押して極端に狭い雪道(正確には犬猫二匹分のスペースしかないケモノ道)を重い足取りで歩き出した。




>あとがき

クライフォート誕生日記念の話。………4日遅れの。
恭介並みにすぽーんとど忘れしてましたよ。


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