■ 初顔合わせ | 2006.08.15 |
「先日お前たちにも話したが、こいつが日本から来た新人のカノー・キョースケだ」 オランダはアムステルダム、アヤックスクラブハウスのミーティングルームで、デニス・クラマー氏がざっくばらんに紹介した。 ユースメンバー全員の興味深げな視線がその男に注がれる。 髪の毛は目の覚めるようなオレンジ色、長身揃いのオランダ人にも引けを取らないがっしりとした体格のカノー・キョースケ――叶恭介は自信満々の面もちで一歩前に進み出ると軽く手を挙げて、 「Vrolijk Kerstfeest!」 一同ぽかんと呆気にとられた。それもそのはず、夏真っ盛りの8月に「メリークリスマス!」などと陽気に挨拶されたら誰だって困る。 恭介も周囲に漂うビミョーな空気に気づいたようで、ポケットからいそいそと四つ折りの紙片を引っ張り出す。紙片に軽く視線を落とし、威勢よく言い直した。 「あ、わりぃわりぃ。初対面の挨拶はこっちだったぜ。えーと、Gelukkig Nieuwjaar!」 一同さらに目が点になる。今度はクリスマスを跳び越して「あけましてオメデトウ!」宣言ときたものだ。オレンジ頭は未来世界から時間跳躍でもしてきたのだろうか。 そうとは知らず恭介が不思議そうにたずねた。 「おいおい、お前らどーしたんだ? 揃いも揃って固まっちまってよぉ?」 「そりゃあ、真夏に『メリークリスマス』だの『謹賀新年』だの言われたら面食らうだろう」 「なにィ!? マジかそれは!?」 予想外の言葉に手の中のメモをぐしゃりと握りつぶして怒鳴った。 「くっそぉおお〜境のヤツ、よくも引っかけやがったな――!!」 元チームメイトの底意地の悪い思いやりに恭介が地団駄踏んでいると、すっと右手が差し出された。それは先ほど親切?にも恭介の挨拶間違いをズバリ指摘した男だった。 「おれはブライアン・クライフォートだ。ユースチームのキャプテンを務めている」 「おう、おれは叶恭介だ! ヨロシクな! ……ってあれ、お前なんで日本語喋ってんだ?」 「子供の頃、親の仕事の関係で日本に住んでたから自然にね。それはともかく」 クライフォートはどこからともなくB5版ほどの紙を取り出して恭介に差し出した。 「まずはこれに目を通してくれ」 「? んだこりゃ?」 恭介は怪訝な顔で目の前の用紙をまじまじと見つめた。 「設問は5つ。単純な三択問題だ。クイズにでも挑戦する気分でお願いするよ」 「まあ勉強以外の質問ならかまわねえけどよ」 手渡されたボールペンでチェックを入れながら首をひねる。 「ん――なんか変な問題ばっかだな。ま、いっか。ほらよ」 クライフォートは回答済の用紙を受け取ってざっと目を通した。満足げにうなずく。 「うん、こんなもんかな。叶、次はクラブハウスを案内しよう。――クリスマン、あとはよろしく」 実にさりげない様子でクリスマンに回答用紙を渡すと、クライフォートは恭介を連れて部屋を出て行った。 二人の足音が聞こえなくなるやいなや、ミーティングルームはにわかに慌ただしくなり、残りメンバー全員がクリスマンの元にわらわらと集まってくる。トトカルチョの投票券によく似た紙片を握りしめながら、カイザーが勢い込んでたずねた。 「おい、結果はどうだった?」 「えーと、1ー3、2−2、3−1、4−3、5−2」 「なにィ!?」 クリスマンの回答に、居合わせた全員が背景にベタフラッシュの雷を飛び散らせて仲良くハモる。ミーティングルームは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。 「カノーはウルグアイのヒノの生き別れの双子じゃなかったのか――!?」 「得意技はスカイラブハリケーン!? マジかよ!?」 レオンの叫びとドールマンの絶望の声がほぼ同時にこだまする。 「必殺シュートに名前がついてない!? そんなバカな!?」 カイザーはちょっとそこまで散歩中に謎の未確認動物UMAでも目撃してしまったような、驚愕に満ちた表情で叫んだ。憤りのあまり手の中の紙をぐしゃりと握りつぶして、 「ていうか誰だよ、新人歓迎会のカンパを正答率に応じて割り振るなんていらんこと言いだしやがったのは――!」 「そりゃ決まってんだろ、クライフォートに」 クリスマンがため息混じりに言った。それを聞いた途端、レンセンブリンクの胸にとてつもなく嫌な予感がよぎった。 「な、なあ……もしかして全問正解者……いたりなんかするのか?」 「……ああ、クライフォートだ」 「あの野郎〜〜〜! いつもいつも美味いトコだけかっさらっていきやがって〜!!」 普段は冷静沈着で知られるレンセンブリンクだが、この時ばかりは心の裡からほとばしる怒りの咆哮を抑えることが出来なかったらしい。 全問正解、つまりクライフォートの支払い金額はゼロということだ。 ちなみにレンセンブリンクの場合、全問不正解で恐怖の三倍払い。他のチームメイトも似たり寄ったりのシャレにならない状況だったりする。 「え、えーと、じゃあクライフォートのぶんはクラマーさん持ちってことで……ああっ、いない!?」 なんとかこの場を丸く収めようと試みるクリスマンの努力もむなしく、さっきまでそこに立っていたはずのクラマー氏の姿が影も形も見あたらない。 「信じられない、あの老体でなんて素早さだ……!」 「チッ、さすがは世界一のスカウトマンだぜ」 「逃げ足の速さとスカウトの腕は関係ないだろ!!」 あまりに的はずれなカイザーの発言に思わず怒鳴りつけてしまった。しかしクリスマンはすぐに正気に戻って、「いやいや、いけない。ここで副キャプテンのおれがしっかりしなきゃ」と30回ほど繰り返し自分に言い聞かせると、 「過ぎたことを愚痴っても仕方ない。みんな、時間も予算も無いけど頑張ろう!」 そうは言ってみたものの、この胸にこみ上げるむなしさはなんだろう。無責任なキャプテンとチームメイトの間で苦労する中間管理職的なカナシミをひしひしと感じつつ、クリスマンはトホホな気分で歓迎会の準備を始めた。 「お前、ホントーに苦労性だなぁ。同情するぜ」 机の移動を手伝いながらレンセンブリンクが肩をすくめる。 「同情なんかいらん。おれに代わって副キャプテンやってくれ」 「ヤだね。おれはまだ死にたくない」 レンセンブリンクはクリスマンの切なる願いをあっさり一蹴した。友情ってなんだろう。 ついかっとなって「おれだって死にたかねぇよ!」と喉元まで出かかった言葉をすんでの所で引っ込める。どうせ言っても仕方のないことなのだ。かわりに盛大なため息をついた。 クリスマンはまだ知らない。 叶恭介がクライフォートに優るとも劣らぬトラブルメーカーであるということを。 >あとがき C翼世界にもハングリー世界にもアヤックスは存在してるようなのでやらかしてしまいました。 ハングリーハート・オランダ編もといクリスマン苦労日記の始まりです。 つーか何度クリスマンをクリ「ン」スマンと打ち間違えたことやら。厄介な名前だ。 ← 戻る |