■ イタリアンバケツジェラート | 2009.05.02 |
ご飯にみそ汁、漬け物、そしてメインディッシュの大盛り焼きそば。 それらの品々を定食よろしくトレイに並べて“焼きそば定食”と銘打ち、ひとり悦に入っているなんて、U-22日本代表メンバーの中では早田くらいのものだろう。 日替わりでお好み焼き定食やうどん定食なるものも現れるが、こちらは前述のご飯、みそ汁、漬物に加えてお好み焼きとうどんを合わせただけである。 今日もその焼きそば定食をトレイに載せて、早田は混み合う食堂内をきょろきょろ見回した。 めぼしい席はとうに埋まっている。昼食時なので当然だ。 「どっかテキトーに空いとる席は……っと。お!」 中央の四人がけのテーブが空いている。 「よォ井川。ここ、ええか〜?」 早田は足早に歩み寄り、先客に声を掛けた。 「……ああ。勝手にしろよ」 なんとも投げやりな口調が返ってくる。そのうえ顔すら上げないときたもんだ。 なんやコイツ。相変わらず態度悪いやっちゃな〜。 日頃の態度がよろしくないのは早田もどっこいなのだが、そんなことはまるっきり気にせず、心の中で悪態をついていると、 「あー早田さんだ〜! 今からお昼ですか〜?」 無愛想な井川とは対照的に、葵はやたらめったら愛想が良い。 「ん、葵やないか。井川に葵て、えらい珍しい組み合わせやな〜」 「ねえねえ、早田さんも一緒に食べませんか!」 「は? 食べるてなにを……」 葵の言葉に首を捻りつつ、トレイを置き、空いた席に腰を下ろす。 早田が妙なものに気づいたのはその時だった。 非現実的な光景に文字通り目が点になる。 「なっ…なんやねんコレ――― !?」 早田はテーブル中央の巨大なバケツを指さしてわめいた。 それはガラス製で、雑巾がけや庭仕事に使うバケツ並に大きい。 中には色とりどりのアイスが隙間なくぎっちり詰めこまれている。こんもり積み重なったアイス山のてっぺんには、チョコケーキだのパイだのプチシュークリームだの甘ったるいスイーツが、これでもかと言わんばかりにトッピングされていた。 「イタリアンバケツジェラートです! 美味しそうでしょ!」 大はしゃぎで葵が言う。 なんやそのヒネリがないうえにムリヤリなネーミングは。 「美味しそうにも限度があるわ! 適量ちゅーもん考えんかいっ !?」 「やだなあ。そんな怖い顔しなくても早田さんのぶんはたっぷりありますよ!」 「いやだからオレは焼きそば食うから…ってちょお待てやゴラァ!」 葵は金魚鉢にそっくりな取り分け皿(というか金魚鉢以外の何物でもない)にアイスをぎゅうぎゅう詰め込み、さらにプチシューを点々と散らして飾り付けると、スプーンを添えて早田の前にどんと置く。 「さ、どんどんいっちゃって下さい!」 甘ったるい香りと香ばしいソースの匂いが混ざり合った湯気が立ち上る。 金魚鉢アイスと焼きそば定食の微妙すぎるコラボレーション。 焼きそばの余熱で早くもアイスが溶けかかっている。アイスの冷気で焼きそばの温度も急激に下がっていくという悪循環。もはや一刻の猶予もない。両方一気に攻略するしかない。 早田は決然と顔を上げた。 焼きそばとアイスを交互に口にして、しばらく黙って咀嚼する。 温かい焼きそばにねっとりと絡みつく生ぬるいクリームの感触が気持ち悪い。麺を噛みしめるにつれ、激甘イチゴミルクとバニラの香りが口の中にじわじわ広がっていく。 あかん。吐きそう。 たまらず口元を押さえ、こみ上げる吐き気をこらえていると、 「でもスゴイなあ! 火野さんたちに『オレは愛に生きるぜ!』って言い残して、カノジョと二人で地球の裏までラブラブ逃避行やらかしたんでしょ! ね、井川さん?」 頬にパイのかけらをくっつけたまま、葵が大きな目を輝かせてたずねた。 ちょ、おま、それ禁句やて。 意外なことに井川は冷静な面持ちである。 少なくとも表面上は落ち着いているように思われる。 井川は静かに葵を見据えた。 「――おい葵。それどこで聞いたんだ」 「へ? 早田さんですけど、それがどーかしました?」 しまったと思ったがもう遅い。 葵は無邪気な顔であっさり真相を暴露した。 「そうか。イイ度胸だな、早田」 あとで覚えてやがれこの野郎、という危険な目つきで早田をにらみつけると、井川は葵に視線を戻した。 「お前だってイタリアまで追っかけてったんだろ。たいしたもんだと思うぜ」 「え、オレはそーいうのじゃないんだけど」 葵は困ったような顔で首を振ったが、ふと思いついたように手を打つ。 「あ、でも考えてみたらそうなのかなあ。オレがイタリア行ったのって」 なにィ! 葵も井川みたいなしょーもない理由で海、渡ったんか? 「初めて見たのはJrユース中継のTVで、翼さんと同じくらいスゴイと思いました! 向こうでばったり出くわしてホントびっくりです!」 早田は葵の言葉に嫌な胸騒ぎを覚えた。 「なあ葵。そいつもしかして…もしかせんでもインテルの……」そう問い質したかったがうまく言葉にならない。そうこうするうちに井川に先を越されてしまった。 「へえ。TVってことはそいつ、芸能人かなにかなのか」 「ん〜、そーいうのじゃなくて。オレとひとつしか年違わないのにすごく落ち着いてて、とっても優しいんです」 「ほー年上ねえ。で、美人か?」 「すらっと背が高くって格好いいです。緑色の目がすごくキレイ」 「年上のイタリア美女がカノジョたあ、お前もなかなかやるじゃねえか」 ちょぉ待て井川。それカノジョやない。インテルの黄金の右腕キーパーや。 「はい! 大好きです! もーキレイだけど性格悪いアイツも少しは見習って欲しいです」 「なんだよ、他にもいるのか?」 葵は頬をぷうっとふくらませてうなずいた。 「顔を合わせればオレのことサル呼ばわりして、いつもオレ様目線でちょームカつきます! でも真っ赤な顔でそっぽ向きながら、『か、勘違いすんなよ、家に転がってて邪魔だから処分したいだけで……!』とかまくしたてて誕生日プレゼント放り投げてくるんですよね。バカだけどなんか憎めないっていうか」 「なんだそりゃ。今度はイタリアのツンデレ美女かよ。さっきのお姉様系美女といい、お前、見かけによらずそっち方面じゃ多角経営してんだな」 ちゃうちゃう井川。それカノジョ二号やない。ユーベのツンデレ男や。 早田の内心のツッコミに合わせるように、にぎやかな着信音が鳴り響いた。 って魚くわえたドラ猫を裸足で追っかけるサザエさんメロディ !? 誰や一体……ってお前かいな井川―― !? 「ん、リサか。――わかった。今すぐ戻る」 井川は携帯を閉じて立ち上がり、 「悪ィ。急用ができた。じゃあ早田、あとは頼んだぞ!」 言うが早いか、もの凄い勢いで走り去った。 サザエさんはあんな短距離走者みたいなフォームでドラ猫追っかけてったんか? ほとんど不意打ちまがいの展開に、早田はあんぐり口を開けてしばらく呆然としていたが、はっと我に返った。 「あと頼むて……ちょ、待てや井川 !? 逃げんなこのアホンダラ〜 !?」 「リサちゃんの用事かあ。あんなに急いじゃって、井川さんってばホント優しいですよね」 「はァ? カンケーないオレに面倒みんな押しつけて、ケツまくって逃げたヤツのどこらへんが優しいっちゅーねん !?」 葵は大きな目をぱちくりさせて早田の顔を見た。可愛らしくちょこんと首を傾げる。 「井川さんは優しいですよ」 それからガラスの特大バケツに視線をやった。 「このジェラート、一人じゃ注文受け付けてくれないんです。おかしいですよね」 「オレは、こんなもん一人で食おうとするお前のがおかしいと思うで」 取り分け皿という名の金魚鉢が合計七個もついてくる時点で、どう考えてもこのバケツアイスはお一人様メニューではない。 「どうしようかなあって悩んでたら、通りかかった井川さんがつき合ってくれたんです。ね、優しいでしょ?」 葵は同意を求めるようにニッコリ笑った。 「それ、たんに逃げられへんかっただけとちゃうか」 「そんなことないですよ。井川さんはいい人です。オレにはわかります」 何の根拠もないのに自信たっぷりに言い切った。 おいおい。思い込みの性善説もほどほどにせえや。 早田が大げさに肩をすくめてため息をついていると、 「早田さんもいい人です。だって井川さんの代わりにオレにつき合ってくれるんでしょ?」 「………はァ?」 キラキラ目を輝かせてこっちを見ている葵と目があった。 「ホント優しいです。オレ感動しました!」 「ちょ、なに寝ぼけたこと抜かしとんねん! ええか、オレはそんなつもり、これっぽっちもあらへんで! って聞いとるんか葵―― !?」 真っ青になって怒鳴り散らしたが、もちろん葵はこれっぽっちも聞いちゃいない。 「よーし、頑張るぞ〜! あ、早田さんのジェラート、半分溶けてイチゴミルク焼きそばになってますよ。スゴイですね!」 「なにィ !? ってゲッ、なんやねんこれ――!?」 イチゴミルク焼きそばの衝撃から立ち直れない早田に追い打ちをかけるように、 「ヌテッラかけますか? あ、ヌテッラってイタリアのチョコクリームです」 そう言ってどこからともなく小さな容器を取り出した。 葵は慣れた手つきでフタを開け、スプーンで中身をすくい取る。 チョコレート色のどろっとした得体の知れないなにかを。 「ギャー !? な、なにすんねん、やめんかいゴラァ !?」 「ジェンティーレなんか朝っぱらからパンにベタベタ塗りたくってますよ。さあさあ早田さんも遠慮しないで、ダーっとまんべんなくかけちゃいましょう!」 「味覚崩壊したツンデレと一緒にすんな〜! このドあほぅ!」 早田はイチゴミルク焼きそばを必死にガードしながら葵を怒鳴りつけた。 数十分後。 イチゴミルク焼きそばチョコ風味を完食して息も絶え絶えの早田の横で、三杉はゆったりと優雅な仕草でスプーンを置いた。 貴公子然とした端正な表情で、空になった金魚鉢を物憂げに眺めている。 「フッ、甘いものに目がない僕も、さすがにこめかみがズキズキしてきたよ」 軽くかぶりを振って、自嘲めいた笑みを浮かべる。 早田はうさんくさいものを見るような目つきで三杉を凝視した。 「金魚鉢5杯もアイス食っといてそんだけで済むんかい。お前の腹はどーなっとるんや?」 「そろそろ熱い紅茶が欲しいかな。スコーンにクロテッドクリームを添えて」 「そーか。なら自分で取ってこい自分で」 まだなんか食う気なんかコイツ。 呆れて肩をすくめていると、隣に座る松山の肩がぐらりと揺れた。そのままどさっとテーブルに突っ伏してしまう。 「ん、なんや松山。どないしたんや?」 声を掛けたが返事がない。 松山は右手にスプーンを固く握りしめたままピクリとも動かない。 なんや、まるで食事中に毒殺された被害者みたいなシチュやなあ。 物珍しげに見下ろす早田と涼しげな顔で傍観している三杉はさておき、岬は血相を変えて松山の肩を揺さぶった。 「だ、大丈夫、松山君? 返事して !?」 「は…ははは……雪って…温かいな……なんか眠…くなって……きた……ぜ……」 「眠っちゃダメだよ松山君! ここは雪原じゃないよ !?」 「すまん岬……あと…5分したら……起こして……く………れ………」 「こんなに体を冷やして居眠りしたらお腹壊しちゃうよ、起きて松山君 !?」 岬は大声で呼びかけながら、意識朦朧状態の松山の両頬をビシバシ引っぱたいている。まるで雪山で遭難しかけているかのようだ。 あんな叩きまくったら、腹下す前に、陸揚げされた深海魚みたいな膨れ顔になるんやないか? つい想像して早田は吹き出しそうになったがなんとか堪える。 「一般人は金魚鉢3杯でああなるんやで。なあ三杉」 「おやおや、君に他人の腹具合をどうこう言う資格があるのかい?」 三杉の指摘にぐっと詰まる。そこを突かれるとヒジョーに痛い。 なんせ三杉ら三人をバケツアイス地獄に引っ張り込んだのは早田なのだ。 「い、いや、そもそも井川が悪い。アイツが逃げよったのがコトの元凶やろ!」 「まんまと逃げられた君のほうが情けないんじゃないか」 三杉はなめらかな口調で辛辣に言う。事実なので一言も言い返せない。 さっきから目を丸くして松山と岬の雪中遭難劇を見ていた葵が、不思議そうに首を傾げた。 「ねえねえ三杉さん。なんで松山さん急に寝ちゃったんですか?」 「心配ないよ。松山は冬眠したんだ。北海道ではよくあることさ」 「ええっ、そうなんですか? オレぜんぜん知りませんでした! 冬眠できるなんてスゴイなあ松山さん!」 おいコラ三杉。なにしれっと大ボラ吹いてんねん。 それに葵もあからさまなデタラメ信じるな! 「ねえねえ三杉さん。オレ今度はイタリアンバケツかき氷が食べたいでーす!」 「へえ。それは興味深いネーミングだね。いいよ頼んでも」 イタリアンバケツかき氷 !? なんやねんそれ !? バケツ氷山にトマトソースぶっかけて、てっぺんにトマト乗っけてみましたーってオチか !? 「お前ら……それだけはカンベンしてくれへんか。ホンマ頼むで……」 早田はげんなりした顔で力無くつぶやいた。 >あとがき 新伍と早田と井川の馬鹿話。 伊バケツジェラートは食堂の裏メニューってことで。 三杉がいろいろアレですがいつものことです。お気になさらず。 井川? 「パパ〜!夕ご飯のサンマ盗られちゃったよ!」と連絡を受けて、ドラ猫追跡してんじゃないですか? ← 戻る |