■ Scherzetti o dolcetti? | 2007.10.31 |
十月三十日の早朝。クラブハウスの廊下で新伍が言った。 「なあマッティオ。今日はハロウィンだよな!」 「……はァ? そうだっけ。それがどーかしたか?」 マッティオの返事はいたって素っ気ない。 新伍は戸惑い顔で首を傾げた。 「え? お祭り騒ぎとかお祝いしないの?」 「ありゃあ英語圏の祭だろ。こっちは普通に万聖節と墓参りしかねえよ」 「そうなの? でもどーして墓参り?」 「先祖の霊がわんさか戻ってくるからに決まってんだろ。手みやげ持ってな」 「へ? 手みやげ持参の先祖霊 ??」 新伍はぽかんとした顔で大きな目を瞬かせる。 少し言葉が足りなかったようだ。改めてマッティオが説明し直そうとした矢先、ジノが穏やかに口を開いた。 「シンゴ。十一月二日は死者の日といって先祖の霊魂が帰ってくるとされる日なんだ。だからみんな揃って墓参りに行くのさ」 ジノの言葉通り二日はイタリアにおける全国的な墓参りデー。いつもは閑散とした墓地もこの日ばかりは大入り満員、駐車スペースを探すのも一苦労なくらい人々が押し寄せる。郊外の墓地までの臨時バスを運行する自治体もあるそうだ。 新伍はジノの言葉に納得した風にポンと手を打った。 「そっか。つまり日本のお盆みたいなモンか〜」 「お盆?」 聞き慣れない言葉にジノが首を傾げる。 「日本では八月半ばのお盆にご先祖サマのタマシイが帰ってくるんだ」 「へえ。日本にも同じような風習があるんだね」 「うん。キュウリの馬でやってきて、ナスビの牛で帰るんだよ」 マッティオは一瞬自分の耳を疑った。 なんだそのキュウリの馬とナスビの牛って? 新伍の奇想天外な言葉にさすがのジノも目を丸くして、 「は? それって一体なんのことだい?」 「だーかーら、行きはキュウリの馬に乗って東京湾に上陸するんだ。帰りはお土産持ってナスビの牛で帰るの。ご先祖サマ」 「いや、だからそのキュウリの馬って?」 「んー、キュウリの馬はスポーツカー、ナスビの牛はミニバンと置き換えたらわかりやすいかな」 「……そうかい」 ジノは賢明にもそれ以上の言及は避けた。 マッティオはマッティオで、ついうっかり先祖霊の憑いたキュウリとナスビの牛馬連合軍がノルマンディー上陸作戦の如くわらわらと東京湾に上陸するシュールな光景を想像してしまい、頭が痛くなってきた。日本人ってワケわからねえ。 新伍はあからさまにがっかりした様子で、 「お盆だったらお祝いできないね。せっかく気合い入れて作ってきたのになー」 おもむろに背中の大型ナップサックから一抱えもある巨大カボチャを取りだした。 見たところ直径50センチはありそうだ。ただデカいだけでなく、形の方もカボチャとしてベーシックかつ理想的なフォルムを描いている。これなら秋のお化けカボチャコンテストのエレガンテ部門で上位入賞が狙えるだろう。 ……ではなくて。 マッティオは困惑顔で新伍を見やった。 「あのなシンゴ。なんだこのばかでかいカボチャは?」 「スゴイだろー! 中身ぜーんぶカボチャプリンなんだぞー!」 新伍はカボチャを頭上高く掲げ、得意げに胸を張った。 すごいでしょ褒めて褒めてと尻尾を振って飼い主を見上げる無邪気な子犬のようで、なんとも可愛らしい。 それはともかくオレの隣でデレデレ笑み崩れるのはやめてくれ、ジノ。気持ち悪い。 もう可愛くて仕方ないといわんばかりの満面の笑みで新伍を見つめるジノの姿に内心呆れつつ、マッティオはため息をついた。 新伍はふと思い出したようにしょんぼりうつむいて、 「でもハロウィン無いんだよね。練習終わったらみんなで食べようって思ってたのに、残念」 「大丈夫。最近じゃイタリアでもハロウィンを楽しむ人が増えてるそうだしね」 ジノは慰めるように新伍の頭を撫でながら言った。 といってもガキの間で大人気ってヤツだがな。 いかにもそこらのスーパーで買ってきたようなハロウィン仮装グッズを身にまとい、「Scherzetti o dolcetti?」を連呼しながらはしゃぎ回る近所の子供らを思い出して、マッティオは肩をすくめた。 「それに今はカボチャの旬だからカボチャプリンはぜんぜんおかしくないさ」 ジノは優しげな笑みをたたえて断言した。 新伍可愛さの前には、カボチャプリンの常軌を逸したサイズなどたいした問題じゃないらしい。オレとしてはむしろおかしいのはジノ、お前の頭じゃねえのと指摘したい。 マッティオの内心のツッコミはさておき、新伍は顔をぱっと輝かせると、 「そうなの? よかったあ! だってもう試作品送っちゃったし」 「? なんだその試作品って?」 「んーとね。これくらいの大きさでねえ」 マッティオに向かって新伍は両手をそれぞれ真横に目一杯伸ばした。 どうやら“試作品”とやらの直径を表現しているらしい。 ――直径160センチのカボチャプリン!? 「ちょっと待て。なんだそのギネス級の巨大カボチャは !?」 「一番最初に作ったヤツなんだけど重くて持ち上げられないの。しょうがないから宅配便の荷物引き取りサービス呼んで、ジェンティーレんちに送ったんだ」 「……前から思ってたけど、お前ぜったい悪魔かなんかだろ?」 軽トラックの荷台を占拠する巨大カボチャプリンと、途方にくれた瞳でただ呆然とそれを眺めるジェンティーレの姿がマッティオの脳裏に浮かんだ。 あまりにムゴイ運命だ。他人事レベルながら同情の念を禁じ得ない。 その一方で、 「そう。きっとジェンティーレも喜んでるさ」 得たりとばかりに底意地の悪い笑顔でジノがうなずいた。 マッティオの予想通り、ほぼ同時刻のトリノではジェンティーレが呆然と立ちつくしていた。 玄関先で押し黙ったまま巨大カボチャとにらみ合っている。 幼い頃読んだ絵本の中に紛れ込んでしまったようなナンセンス極まるこの状況。 実際はなんのことはない。あまりのデカさにドアから運び入れることが出来ず、宅配業者が玄関先に放置していっただけの話だが。 「あ、あのチビザルは〜〜〜 !? なんてモノ送ってきやがんだ !?」 伝票の通信欄には脳天気な筆跡でこう書かれていた。 “チャーオ! ハッピーハロウィンなカボチャプリンだよっ! レンジで解凍二分でOKさ! ちょっと多いかもしんないけど気にすんな。ね?” 「“ね?”とか可愛らしく同意を求めんじゃねえッ !? ちょっと多いなんてレベルじゃねえだろコレ !? ていうかウチの冷凍庫に入らねえよ !!」 このカボチャをまるまる収納できる場所なんて、ユベントスクラブハウスの調理場の巨大冷凍庫くらいだろう。 とはいえこれを持って行けば、またもやペルッツィや他のユース仲間に彼女の手作りだのなんだのと冷やかされるに決まっている。 なにが彼女だ。あれはインテルのオスのコザルだ。 気がつくと冷凍カボチャ全体がじんわり汗をかき始めている。外気との温度差でじわじわ溶け出しているのだ。早く冷凍庫に放り込まないとヤバイ。 「――しょうがねえな。調理場に持ってくか」 ジェンティーレは渋々ながらようやく覚悟を決めた。 残る問題は輸送面だ。こんなもの愛車の2ドアスポーツクーペにはとても載せらない。 激しく気が進まないが大家所有の軽トラックを借りるしかないだろう。 白昼堂々トリノ市内を疾走する軽トラと巨大カボチャとオレ。 考えただけでげんなりしてきた。 こんな姿、知り合いに目撃されたら終わりだろ……。 ジェンティーレは憂鬱な気分でがっくり肩を落とした。 >あとがき イタリアのお盆話。いつものようにジェンティーレが不幸です。 南米辺りじゃ死者の日はにぎやかなお祭りだそうで。 ディアスやビクトリーノが浮かれ騒ぐ様は容易に想像できますが、いかんせんサンターナとなると……。意外と一番ハメハズシさんなのかもしれませんが。 ← 戻る |