■ 星に願いを | 2007.07.08 |
マッティオはアッピアーノ・ジェンティーレの農道を足取り重く歩いていた。 バス停までの道程は結構遠く、ミラノ市街へはさらに遠い。 現在時間は午後8時27分。 クラブの正規の練習は既に終わり、その後の自由練習もとうに過ぎている時間帯である。 少し先の道に目をやる。 マッティオとは対照的に足取り軽く鼻歌まじりに歩く葵新伍の姿が見えた。 思わずため息がもれる。 「ったく、なんでオレが、お前の常軌を逸した自主トレに付き合わなくちゃなんねーんだ?」 隣を歩くジノが苦笑する。 「まあまあ。いいじゃないか、マッティオ。若い頃の苦労は買ってでもしろって言うだろ」 「ジノ。ンなこたぁタイヤ引いてグラウンド108周してから言いやがれ」 「あいにくキーパーは別メニューなんだ」 マッティオのとげとげしい視線などものともせず、ジノはしれっと言ってのけた。 「だーッ、てめーはいつもああ言えばこー言う……!」 「よそ見してると危ないよ」 「話そらすな……って、うおわぁッ!?」 ジノの言葉に視線を前方に戻したマッティオは顔を引きつらせる。 いつのまにか新伍の背中が目と鼻の先まで迫っているではないか。 急に止まれないのは人も車も一緒である。 当然ながら勢いよくぶつかってしまった。 新伍が肩に提げているスポーツバッグの突き出た縁に。 「シンゴ!? お前なにボーっと突っ立ってんだ!?」 マッティオは強打した腹部を抱えて声を上げた。 新伍はぼんやり夜空を見上げたまま、一言の返事もない。 ジノがゆったりとした歩みで近づいた。 「どうしたんだい、シンゴ?」 「え、ああ。びっくりするくらい星がたくさんでキレイだなあって。そういや今日は七夕だって思いだしてさ」 マッティオが小首を傾げる。 「タナボタ? なんだそりゃ」 ジノはマッティオに哀れむような眼差しをくれてから口を開いた。 「タナバタね。確か長方形の色紙に好きな言葉を書いて笹の枝に吊す風習だっけ。“勝てば官軍”とか“一挙両得”なんかイイね」 マッティオは呆れたようにジノを見た。 「なんつーか、すっげえお前らしいセレクトだよな……」 「おやおや。“ 好きな言葉? 世界平和です! ”なんて言って欲しかったのかい?」 「キモいからやめろ。てめーはどこぞのミスコン出場者か」 マッティオはうんざりした様子でつぶやいた。 新伍はジノとマッティオのやりとりを「んー?」と右に左に首を傾げながら聞いていたが、かぶりを振って、 「二人とも違うってば。短冊には願い事を書くんだよ」 「ふーん。願い事ねえ。マッティオだったらなにをお願いするんだい?」 なんともさりげない風にジノがたずねた。 マッティオは心底イヤそうな顔でジノをにらみつける。 「はァ? なんでまたお前にそんなこと喋らなくちゃなんねーんだ」 「あ、おれもすっごく気になるー! ねえねえマッティオ。教えて教えて〜〜!」 「だーッ、うっとーしい。まとわりつくなってーの!」 いきなり背後から飛びついてきた新伍をやっとのことで振り払うと、マッティオは肩で息をしながら叫んだ。 「……ったく言やぁいいんだろ!? セリエAのトップチームでプレイすることだよ!」 ジノと新伍は顔を見合わせた。 「ん――想定内っていうか、なんとも意外性に乏しい回答だねえ」 「ううん。おれはビックリしたよ! マッティオのお願いって“一刻も早く横暴なお姉さんと傍若無人な妹さんたちのイビられ包囲網から逃れられますように”じゃなかったんだね!」 普段通りの容赦ないジノの言い草と、新伍の悪気のないぶん破壊力抜群な言葉の一撃が、マッティオの心にグサグサ突き刺さる。 「――お前ら。言いたいことはそれだけか……?」 マッティオの悲痛な声なんか、もちろんジノは華麗に無視した。 「ところでシンゴの願い事はなんだい?」 「おれの?」 新伍はきょとんとした顔でジノを見上げた。 大きな目を瞬かせてしばらく考え込んでいたが、 「ジノとマッティオとおれと。これからもずっと一緒にプレイできますように、かな」 そういって少し照れたように頭を掻いた。 マッティオは絶句した。 こうも混じりっけのないストレートな好意を直球で投げつけられても返答に困る。 いたたまれない心地に苛まれるというか、背中がむず痒くなってくる。 一方ジノは周囲に漂う居心地の悪い空気などものともせず、 「ははは。シンゴはホントにいいコだね」 妙に満足げな笑みを浮かべて新伍の頭を撫でている。 どうやらジノのツラの皮はマッティオのゆうに三倍は厚いとみえる。 マッティオがなかば感心したように「さすが厚顔無恥なヤツにはかなわねえよな……」とつぶやいたとたん、すかさず脇腹に黄金のヒジ打ちが飛んできた。 壮絶な激痛に目の前が真っ白になる。脇腹を押さえながら涙目でジノを怒鳴りつけた。 「ジノ〜!? てめえなにしやがんだゴラァ!?」 「どしたのマッティオ?」 新伍が不思議そうに首を傾げる。 言うまでもなく今のジノの暴挙にはまるで気づいていない。 「さあ。俺にもよくわからないな」 ジノはいけしゃあしゃあと言ってのけた。 あくまでも自らの犯行を認めるつもりはないらしい。 こうなったらなにを言ってもムダなのだ。 マッティオは諦めを通り越して悟りに達したような心地でため息をついた。 思い返せばコイツとはインテル入団直後からの腐れ縁。ジノの爽やかに胡散臭い人となりはだいたい把握していた。 「ねえねえ。ジノの願い事は?」 新伍が興味津々の面もちでジノにたずねる。 「――ヒミツだよ。今はまだ……ね」 ジノは少し困ったように肩をすくめると、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。 >あとがき ジノの 目下、イタリアの守護神サマの思惑通りコトは進んでるようです。 ← 戻る |