ロッテルダムへ芝刈りに 2007.03.30

「――で、カノー。なにか言いたいことは?」

 クリスマンはピッチ上を縦横無尽に走る無数の直線を指さして冷ややかに言った。

 地肌と同じ茶色の直線はある場所では平行に、また別の場所では重なったりして、東西南北あらゆる方向に伸びている。一見してナスカの地上絵を彷彿とさせる奇観がそこにあった。

「やー、こりゃまたスゲェな。我ながら感心するぜ」

 叶恭介はアレナ全体を眺めわたすと深々とうなずいた。
 必殺シュートの衝撃波で芝を根こそぎえぐりとった張本人のクセに、少しも悪びれることなくあっけらかんとしたものだ。

「感心してる場合じゃないだろっ。少しは反省しろよ!」
「へいへい。オレが悪うございました、っと」
「……ホントにそう思ってんのか?」
「ったく、しつけーな。悪かったって言ってんだろ。次は大丈夫だって」

 ちょっとふてくされた顔で言う。

 クリスマンは疑惑に満ちたマナザシで恭介を凝視した。
 次は大丈夫だと? 確か試合前もそのセリフを聞いたが、その結果がこれだ。
 カノーには悪いが到底信じる気になれない。

 クリスマンが口を開く前に、横からクライフォートの声が響いた。

「そいつになに言ったってムダだぞ。クリスマン」
「クライフォート!? で、でもさ。このままじゃあ」
「恭介の記憶力に期待するくらいなら、アホウドリに説教する方がマシだと思うがな」

 アホウドリ以下のトリ頭よばわりされてしまった恭介は、当然ながらいきり立った。

「ゴラァ、ブライアン。そりゃどーいう意味だ!?」
「聞いてのとおりの意味だが、それが何か?」
「こ、このヤロー、バカにしやがって!?」

 しれっと言ってのけるクライフォートをキッとにらみつけると、恭介は拳を固めて宣言した。

「シュートをなるべく高めに打てばいーんだろ? よぉし、やってやろーじゃねーか!」
「いつものことだが有言不実行はみっともないぞ。恭介」
「うるせえ、てめえは黙って見物でもしてやがれ!」

 クライフォートを怒鳴りつけてから、クリスマンに大声で問い質す。

「それで次はどことだ!?」
「え、えーっと確かフェイエノールトとアウェーで試合だけど」

 周囲の空気がざわりと揺れた。ひとり場の空気が読めてない恭介が首を傾げる。

「――? どーしたんだお前ら?」

 アヤックスVSフェイエノールト。
 ユースの試合といえどれっきとしたクラシクル。しかもアウェーときたもんだ。
 いろんな意味で十分に波乱が予想されるカードである。

 ややあってカイザーが言った。

「なんだ。それじゃなんも気にすることねえじゃん。ガンガンいけよ」

 同時にレンセンブリンクとディックも真顔でうなずいた。

「そうだな。カノー、芝刈りモード全開だ」
「ステキなモグラ穴もあちこち掘ってやらねえとな」

 さすがに不審に思ったのか、恭介が三人に訝しげな視線を向けて、

「はァ? お前らさっきと言ってることまるで正反対だぞ?」
「なあに、気にすんな。まあせいぜい気合い入れていけや」

 ドールマンがしたり顔で恭介の肩を力強く叩いた。

 締めくくりはクライフォート。
 他のメンバーに負けず劣らず、世にもヒドイことをしれっとした顔で言ってのける。

「デ・カイプの芝もそろそろ刈り込む時期だろう。人助けと思って頑張れ恭介」

 ちなみにデ・カイプとはフェイエノールト・スタディオンの愛称である。

 みんながせっせと恭介をそそのかしている間、クリスマンは貝のように押し黙っていた。
 相手がフェイエノールトだからといって、この暴挙をみすみす看過してよいものだろうか。
 善の心と悪の心がせめぎ合うなか、悩みに悩んだ末にようやく結論が出た。

「ま、いっか」

 被害に遭うのはウチ(アムステルダム・アレナ)じゃなくヨソ(フェイエノールト・スタディオン)だもんな。気にしない気にしない。

 いっけん常識派にみえるが、しょせんクリスマンもアヤックスの一員だった。




>あとがき
2007年5月現在。
得失点差1でリーグ優勝逃した今となっては相手をPSVにしときゃ良かったと思ってます。
アイントホーフェンへ芝刈りに。

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