モグラ穴あります
2007年12月15日(土)
小ネタSS
ジェンティーレ19歳、アオイ18歳、ジノ19歳。トリノのジェンティーレ邸。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あたしはこっちのトンネル崩すから、あんたはあっちのトンネルお願いね!」
うちの庭師見習いは元気よく足で地面を踏みつけながら、オレに言った。
インテルのユニフォーム(ネッラズーロで黒青しましまなアレ)にジーンズ姿。手ぬぐいをほっかむりした上に麦わら帽子をかぶり、手にはゴム長手袋、足には年季の入った地下足袋を装備している。後ろから見たら農家のオバサン以外の何物でもない。
前から見ればそれなりに可愛らしいのだが。
………………。
ま、まあそれはともかく。
「……なあ。ひとつ聞いていいか」
「ほえ? なになになあに〜?」
「なんでオレがモグラ穴の埋め戻しなんかやらされてんだ?」
「だってヒマなのジェンティーレしかいないんだもん」
アオイの言葉にがっくり肩を落とす。
「こんなコトするためにヒマなんじゃねえよ……ったく」
オレは軽くため息をついて、足下のモグラ穴を埋め戻した。
今からおよそ15分ほど前、オレはばかでかいスコップ片手に庭を横切るアオイに声を掛けた。
ヒマなんだったら一緒に茶でも飲まねえか、と。
「べ、べつに他意なんかこれっぽっちもねえぞ! オレが茶を飲みたいなと思ったら、偶然お前がその辺歩いてたからなんとなく声かけただけだっ!」
「ほえ? あんたいまヒマなの?」
「ヒマじゃねえ、休憩だ休憩!」
「そっか。良かった。ちょっと手伝ってよ」
満面の笑顔で誘われて、思わず首を縦に振ってしまったのが運の尽き。
庭の一角に引っ張って行かれ、スコップをぽいっと手渡された。
いまはモグラの穴を埋めている。
優雅なティータイムを楽しむ予定が、どこをどう間違ってこんなハメに陥ったのだろう。
庭の周囲をざっと見わたす。
芝生は悪のモグラ軍団の一斉攻撃を受け、あちらこちらに無惨な穴ぼこを晒している。
これを全て埋め戻すのにどれだけ時間が掛かるのやら。皆目見当もつかない。
「なあ、マジここ今日中に埋めるつもりか?」
「そーよ。放っておいたら大変よ!」
アオイの顔は真剣だった。
「うっかり足を滑らせてモグラ穴に落っこちたら、地球の裏側まで抜けてっちゃうわよ」
「ば、バカかお前は〜 !? ンなワケねえだろ !?」
“モグラ穴を抜けると、そこは地球の裏側でした”
なんだそのアリスと地底旅行を足して二で割ったみたいなトンデモ設定は。
「たとえばの話、あんたがアズーリのDFだったとするわよ。ワールドカップ決勝でモグラ穴に落っこちてゴールを奪われたらどうすんの?」
なんだそのリアルとトンデモを足して二で割ったみたいなワケわかんねえ設定は。
「……あのなあお前。なんでスタジアムにモグラ穴があるんだよ !?」
「ほえ? “人生に落とし穴はつきもの”ってジノとお祖母様が言ってたわよ」
「答えになってねえよこのバカサル女――― !?」
叫ぶと同時にオレの右足が地面にめり込んだ。
「え?」と思う間もなくバランスを崩し、尻餅をついて倒れる。
どうやら足を踏みしめた衝撃で、直下のモグラトンネルが崩落したらしい。
アオイがいそいそと近づいてきた。
起き上がるのに手を貸してくれるのかと思いきや、興味津々の眼差しでオレを見下ろした。
得意げに胸を張って、
「ほーら。危ないでしょ」
「う、うるせえ! ちょっと油断してただけだっ!」
「ほえ? “おやおや、油断する余裕なんてあるのかい”ってジノとお祖母様が言ってたわよ」
アオイはあどけない笑顔で、傷ついたオレの心にトドメを刺してくれた。
「サルバトーレ様とアオイ、いったい何をしているのかしら……」
トリノ公爵家のメイド長コンスタンツェは居間のフランス窓から外を眺めながら、訝しげにつぶやいた。
さっきから二人揃って芝の上でばんばん足踏みしたり、スコップで掘り返したり、果ては滑って転んで尻餅をついたりの大さわぎ。遠目では何がなにやらさっぱりわからない。
「あれはモグラ退治だよ」
いつのまにか隣に執事のヘルナンデスが立っていた。
窓の外を楽しげに見やって、
「コンスタンツェ。手が空いたら、あの二人にお茶を持っていってくれないかい?」
「え、ええ。それは構いませんけど。あの……モグラ退治って?」
庭師見習いのアオイはともかく、なぜ当家の若様がそんなことをなさっているのですか。
その問いを口にする前に、ヘルナンデスがフッと微笑んだ。
「懐かしいな。僕も昔、よくやらされたっけ」
もしやミラノではモグラ退治が密かに大流行しているのでしょうか……。
そんな馬鹿なとは思いつつ、コンスタンツェは半信半疑の面もちでため息をついた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
見習い庭師の服装がいろいろアレですが大目に見てやって下さい。
ツンデレ若様はなぜだか知らないがアオイが家にやって来たんで内心大喜び。
上記の如く思いっきり尻に敷かれてますが。
浮かれまくってるのでジノがこの屋敷に来た理由なんかたいして気にしてません。単純なやつめ。
お姫様は夢の中
2007年12月07日(金)
小ネタSS
ジェンティーレ15歳、アオイ14歳。『キミの宝物』の作中エピソード。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
とある午後の昼下がり。
オレは四阿のガーデンチェアに腰を下ろしたまま、向かいに座るアオイを怪訝そうに見やった。
「ったく、さっきからなに辛気くせえ顔してんだ?」
「……ほえ〜……」
「おいおい。いつもチビザルみてえにギャーギャー煩いクセになんなんだ一体」
「……ほえ〜……」
普段ならものすごい勢いで噛みついてくるはずなのに、今日のアオイときたら気の抜けた炭酸水みたいな声を返すばかり。
いつも元気に跳ねているツインテールの尻尾まで、今はしょんぼりと垂れ下がっている。
コイツのこんなしょぼくれた姿、はじめて見た。
オレがこの館を訪れた時から、ずっとアオイはこの調子なのだ。
おかげでこっちまで調子が狂うったらありゃしない。
なんとも居心地の悪い雰囲気のなか、ふと気づいた。
オレがアオイと話してると決まってしたり顔で現れては邪魔しやがるあの野郎が、今日に限って影も形も見あたらないとはどういうことだ。
「そういやあの野…ジノの奴、どうしたんだ?」
「……ほえ〜……ジノはねえ〜お祖母さまのお使いでピサにお出かけ中……ほえぇ……」
アオイは気の抜けた声でつぶやいた。
へえ。アイツいないのか。どうりでミラノの空気が清々しいと思ったぜ。
代わりにトスカーナ地方が大荒れかもしらんが、そんなこと知ったこっちゃない。
このままずっと戻ってくんな。オレが心の中で毒づいてると、
「うわーん、さみしいよぉ〜! いつも一緒にいるって言ったクセにジノのウソつき〜!」
アオイはテーブルに突っ伏して泣き出した。
「ふえぇぇ〜ん! ジノぉ〜〜〜」
「だーッ、14にもなってンなことくらいで泣くなよ !?」
しかしオレの声なんかてんで耳に入らぬ様子で、アオイはひたすら泣きじゃくっている。
ったく、泣きたいのはこっちのほうだ。
そんなにアイツが大事かよ !?
オレはやりきれない気持ちのままアオイを見下ろした。
思わず眉をひそめる。
さっきまで盛大に泣きわめいていたアオイが急に静かになったと思えば、テーブルに額をくっつけてぐったりしている。あんまり泣きすぎて一時的な酸欠状態に陥ったのだろうか。
「お、おい。どーした? 大丈夫か? 息してるか?」
「………ほぇぇ? ……ふわぁぁ……眠い〜……」
「はぁ? 眠いだぁ? そりゃどーいうこった」
「……んーとね、今日で二晩寝てないの〜〜………ね〜む〜い〜……」
ぼへーっとした口調で大あくびする。
「はァ? ならバカやってないでさっさと寝ろよ!」
「だってぇ〜……“おやすみ”のキスして貰ってないのに寝られないよぉ〜……」
思いがけないアオイの言葉に、一瞬オレの頭が真っ白になった。
「……おいコラ待てぃ。今なんてった?」
「ほえぇ……? だから〜おやすみのキスして貰ってないの〜……」
「……なあ。一応念のため聞いとくが、誰に……だ?」
「ほえぇ……? ジノだけど〜……」
あのハレンチ野郎、どこまで腐ってやがんだ―― !?
「ふ…ふぇ……ふえぇぇーん! 早く帰ってきてよぉ〜ジノ〜 !!」
いいや、もう永遠に帰ってくるんじゃねえ。
いっそピサの斜塔からポロッと落ちて死ね。さもなきゃオレがぶち殺す。
再び火がついたように泣き出したアオイを横目に、オレは拳を震わせてこっそりつぶやいた。
とはいえ、まずは目の前で大泣きしてるアオイをなんとかしなければ。
ポケットに右手を突っこんで、前もって用意していたガラス細工のペンダントを引っ張り出す。
「ほら。手、出せ」
「……ほえ?」
アオイは鼻をぐすぐす言わせながら顔を上げた。
戸惑いつつもわりと素直に両手を差し出す。
泣きはらした赤い目と頼りなげな表情に少し胸が痛んだ。
「ったくピーピーうるせえんだよ。これやるから、さっさと泣きやめ」
そう言って差し出された手のひらにぽいっと放り投げた。
アオイはきょとんとした顔で自らの手の中をのぞき込んだ。
「これなぁに? うわぁ……キレーイ! キラキラお日さまみたーい!」
雨雲の切れ間から太陽が差し込んだようにぱっと顔を輝かせて、嬉しそうな声を上げた。
アオイの言葉通り、背景の青ガラスが空で、中央の黄色い円は太陽を象ったものだ。少なくともムラーノ島のガラス工房の職人はそう講釈していた。
アオイはしばらく大喜びでペンダントを眺めていたが、ふと困ったような顔つきになって上目遣いにオレを見た。
「あのね。知らない人とアヤシイ人とジェンティーレからなにか貰っちゃダメって言われてるのー」
「はぁ? 前の二つはともかく、なんでオレが名指しで指名されてんだよ?」
「だってえ〜ジノがそう言うんだもん」
あの腐れ外道、どこまでオレの邪魔すりゃ気が済むんだ !?
「せっかくプレゼントしてくれたのにゴメンね」
アオイのしょんぼりした声を聞いた途端、頭の中でなにかがぷつんと切れた。
いつもの憎まれ口が怒濤のように口をついて出た。
「勘違いすんなよなっ! べ、べつにお前のために持ってきたワケじゃねえぞ! 気がついたらポケットに入ってて邪魔だから処分したいだけだっ!」
「ほえ? そうなの?」
「おう。処分品だ。だからお前が好きに処分しな!」
オレは力強くうなずいた。内心トホホな気分で。
わざわざヴェネツィアまで出かけて、ムラーノ一の職人に無理言って作らせたペンダントを処分品と称して渡すなんて、我ながらアホじゃないかとつくづく思う。
でもアオイの無邪気な笑顔を見ているうちに、そんなことはどうでもいい気がしてきた。
「わーい! あたし頑張って処分するね!」
大きな茶色の瞳にまっすぐ見つめられて、オレはぷいっと視線を逸らした。少しためらったが、意を決して口を開く。
「えーっとその、だな。――お前が寂しい時は一緒にいてやってもいいぜ」
「ほえ! ホント〜?」
「お、オレの気が向いたらな!」
相変わらずアオイから顔を背けたまま素っ気なく答えた。
面と向かって言えないあたり非常に情けないものがあるが、とりあえず今はこれで精一杯。
ふいに背後で空気が動いた。
おや、と思う暇もなく、後ろから白い腕が伸びてきて、首にふわりと抱きつかれた。
背中ごしに感じる心地よい温かさ。驚いてふり返るとアオイと目が合った。
息が掛かるくらいのほんのわずかな距離を隔てて。
太陽のような眩しい笑顔に胸が激しく高鳴った。
「………ありがと」
アオイはそうささやいて、オレの唇に軽くキスした。
まるで小鳥がついばむように可愛らしく。
ほんの一瞬触れた唇の柔らかな感触に陶然としたまま、バカみたいにぽっかり口を開けて茫然自失すること約3分。
「なななな、なにしやがんだこのサル女―― !?」
正気に戻るや否や、情けないくらい顔を赤くしてオレは叫んだ。
だがしかし。返ってきたのは安らかな寝息だけ。
二晩徹夜明けで眠いのはわかる。わかるんだが一言いわずにはいられない。
「ったく、なんでそこで寝ちまうんだよお前……?」
もちろん返事はない。まさに至福といった表情で爆睡している。
なんだかどっと疲れがこみ上げてきた。ついでに首も痛い。
オレは首周りにしがみついて眠っているアオイの両腕をゆっくりほどいた。
そのままアオイを膝の上に抱きかかえて、そっと静かに寝顔をのぞき込む。
見るからに幸せそうに惰眠をむさぼっている。
これだけ熟睡していたらよっぽどのことがない限り目を覚ましはしないだろう。
これぞまさしく千載一遇の大チャンス。
とはいえ紳士が寝込みを襲うなどもってのほか。
規則正しい吐息をたてて眠るアオイを見下ろして、オレはため息をついた。
ヒトの気も知らないでグースカ眠りやがって。
つられてオレまでなんか眠たくなってきた。あくびをかみ殺す。
「――おやすみ、お姫さま」
そう言って額に軽くキスを落とすと、アオイを胸に抱いてオレも目を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
珍しくツンデレが幸せな話。
それは紳士的というよりむしろヘタレなツンデレ。
このまま二人とも夕方まで爆睡して、ソフィアに叩き起こされるんでしょう。
キミの宝物
2007年12月01日(土)
小ネタSS
ジノ15歳くらい。ミラノの館で。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕はサンルームの前で足を止めた。
ハウスキーパーのソフィアが廊下の反対側からこちらに歩いてくる。彼女が両手に抱えている年代物のオーク材の小物入れ、あれは……。
「あれ、それ確かアオイの?」
「そうだよ」
ソフィアはそっけなくうなずくと、そのままサンルームにすたすた入っていく。
僕も興味を惹かれて後に続いた。
「年に一度の虫干しかい?」
「ああ。アオイに頼まれてね」
そういってソフィアは窓辺のテーブルに小物入れをどさっと置いた。
そして立ち去る気配のない僕を横目にじろっと見て、
「なんだい、あんた。まだなんか用でもあるのかい?」
「いや別にそういうワケじゃないけど。ただ純粋に興味があって」
「ま、いいか。中、見たいんなら虫干し手伝うんだよ」
頭ごなしに命じられて僕は苦笑した。
ミラノ先代大公の孫にこうもずけずけとした物言いのできる使用人など、ミラノ中探したって彼女くらいのものだろう。
僕やアオイの生まれるずっと前からこの館にいるソフィアは、いわゆる気は強いが情に厚いタイプの典型で、揃って両親を早くに亡くした僕らのことをなにかにつけ気遣ってくれた。
僕らにとって彼女は、唯一の肉親であるアオイの祖母(現ミラノ女大公。僕にとっては祖父の妹、つまり大叔母)などよりよほど気安い間柄といえる。
もちろん他の使用人の前では、最古参のメイド長らしい毅然とした態度を崩さない。しかし僕やアオイだけになると、昔と同じ妙にくだけた口調で接してくれるのだ。
ソフィアは腰に付けた鍵束から古めかしい鍵を選び出した。
普段アオイが銀鎖にぶらさげて持ち歩いているあの鍵だ。
おもむろに鍵穴に差し込む。鍵の外れる金属音とともに上蓋が開いた。
僕とソフィアは同時に中をのぞき込んだ。
…………なんていったらいいか、言葉が出てこない。
しばしの沈黙ののち、最初に口を開いたのはソフィアだった。
「はあ……嬢ちゃんのガラクタ収拾癖はあいかわらずなようだね」
「いや、実にアオイらしくて素敵だと思うよ。僕は」
僕は箱一杯に詰まったガラクタに視線を落とした。
――青いビーズの指輪、綺麗な小石、壊れたカレイドスコープ、色とりどりのトンボ玉、からっぽのインク壷、クリスタルの白のクィーンとキングの駒、尻尾のとれたブタの貯金箱、針の狂ったコンパス、縁の欠けた白蝶貝のボタン――。
ミラノはおろかイタリアきっての名家の姫君の宝箱の中身がこれでは、ソフィアもため息の一つや二つくらい吐きたくなるのも無理はない。
他の者にはただのガラクタに過ぎない品々。
けれどアオイにとっては、その一つ一つがかけがえのない想い出の詰まった宝物なのだろう。
もちろん彼女は大公女に相応しい先祖伝来の宝飾品も多数所有している。だがそんなものには目もくれず、オレンジを詰める空き箱(日本でいうところのミカン箱)に放り込んで部屋の片隅に放置したまま幾星霜。
まあ、これはこれで盗難防止の一助となっているのかもしれない。
誰がミカン箱の中にダイヤのティアラやエメラルドの首飾りが転がってるなんて思うだろう。
たとえ偶然覗いたとしても、常識に鑑みて偽物と判断するに違いない。実際今までそうだった。
ふと箱の奥に懐かしい物を見つけて、フッと笑みを漏らす。白い貝殻。ゆっくり取り出すと、それは午後の日差しを浴びて虹色に輝いた。
「こんなもの、まだ取っておいてくれたんだな」
これはずいぶん昔、僕が初めてアオイにプレゼントしたもの。
当時はまだ健在だった祖父に同行してナポリに赴いた時、なんとなく立ち寄った浜辺で拾った貝殻だ。ほんの数日の慌ただしい滞在のなか、他によい手土産も見つからず、「ゴメン」と謝ってこれを渡したら、大きな目を輝かせて嬉しそうに受け取ってくれた。
「わーい、ありがとう!えへへ〜うれしいな〜!」
太陽のように眩しい笑顔で大はしゃぎする彼女の姿を見て、僕も笑った。
そんな君がこの世で最も大切な僕の宝物。
「――あんた、なにニヤニヤしてんだい?」
「え? ああ、なんでもないよ」
怪訝そうに僕を見つめるソフィアにやんわりと返し、虫干し作業を再開した。
しばらく黙ってガラクタ発掘に専念する。掘り出された遺物がテーブル一面を埋め尽くす頃、小物入れの奥でキラリと光るものに気づいた。
なにげなく手に取れば、それはムラーノグラスのペンダント。円形の青ガラスに黄色のガラスで太陽を象った意匠が施されている。シンプルだが確かな職人技に裏打ちされた極上の逸品。僕は思わず首を捻った。はて、こんなもの彼女に贈った覚えはないのだが。
僕の手の中のペンダントに目を留めてソフィアが相好を崩す。
「ああそれ。トリノの坊っちゃんが持ってきたもんだよ」
「――ジェンティーレが?」
「半年ほど前だったかね。ちょうどあんたが不在だった時ふらっとやって来てね。アオイに渡してったんだよ」
あのツンデレ野郎、ヒトの留守を狙っていい度胸だ。
「まあ渡すっていっても茹でダコみたいな顔してそっぽ向いてポイっと投げて、『勘違いすんなよなっ! べ、べつにお前のために持ってきたワケじゃねえぞ! 気がついたらポケットに入ってて邪魔だから処分したいだけだっ!』だとさ。あいかわらずだねえ、あの坊っちゃんもさあ」
ソフィアはその場の情景を思い出したのか、ぷっと吹き出した。
「アオイはなんか喜んでたみたいだけどね。あたしゃ笑いを堪えるのに必死だったよ」
「ふーん、それはよかったね」
僕は冷ややかに相づちを打った。
ジェンティーレの所業も許し難いが、なんといってもアオイがあんなヤツのプレゼントを後生大事に宝箱にしまっているという事実がまったくもって気に入らない。
「ごめん、用事を思い出した。じゃあ僕はこれで……」
ソフィアは僕の貼り付けたような乾いた笑顔をじろっと一瞥すると、
「ちょいとお待ち。それ、どこ持ってく気だい?」
「さあ。どこか遠いところ」
「庭の金魚の池にでも沈めようなんて考えなら、よした方がいいと思うよ」
鋭い。さすが勤続40年の大ベテラン。
実は館の堀割に投げ込もうと思っていたんだが、金魚の池という手もあったか。
「それ捨てたのあんただってバレたらアオイに嫌われるよ。そりゃもう確実に」
ソフィアはきっぱりはっきり言い切った。
僕は肩をすくめた。
確かにソフィアの意見はもっともだ。
「……それもそうだね。仕方ないな」
小物入れにペンダントを戻すと、僕は固く心に誓った。
まず第一に可及的速やかにジェンティーレに対する報復措置を発動すること。
次にヤツのペンダントに引けを取らないものを拵えてアオイにプレゼントしよう、と。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
意外と大人げない執事の話。
ソフィアさんはC翼世界では新伍の下宿のオバサンですよ。
作中のジェンチとアオイのエピソードはまた別の機会に小ネタ化しようかなと思ってます。
ツンデレもたまにはイイ思いしないと気の毒だし。
ムラーノグラス=ヴェネチアングラスです。