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イタリアSS: おしえて日向さん! (日向&葵&ジェンティーレ)


「ねえねえ! 教えて日向さん!」

俺の前に淹れたてのエスプレッソのカップを置くと興味津々といった顔つきで葵が言った。

「はぁ? なんだよ葵。やぶからぼうに……」
「おれ前から訊きたかったんですけど。なんで日向さんはユーベを選んだんですか?」

不意打ちまがいの質問に、口に含んだエスプレッソが鼻に逆流して軽くむせた。
そんなオレの様子なんか気にも留めず葵が続ける。

「ウチのクラブも日向さんにオファー出してたのにな〜」
「はッ、物知らずのバカザルはこれだから参るよな。ユーベとインテルの二者択一だったら迷わずユーベに決まってんだろ。なんたってセリエAナンバーワンクラブだからな」

ジェンティーレがあからさまに小馬鹿にした風に鼻で笑う。
言い忘れたがここはヤツのアパート。例によって葵が料理を作りすぎて急遽オレが呼ばれたってワケだ。最近なんか週に一度はここでメシ食ってる気がする。

当然というかなんというか、葵はジェンティーレの物言いにカチンときたようだ。
オレの向かいの席に陣取ったジェンティーレにつかつかと歩み寄り、

「なんだよ、最近なんかてんで調子が上がらないクセに〜! こないだもホームでウチに負けたクセに〜!」
「ンだとぉ! 軽く十年はスクデットに縁のないへっぽこチームが何ほざきやがる!」

すっかり逆上したジェンティーレが席を蹴って立ち上がる。

「今季総合順位はウチが1位だろ! ユーベは3位? 伝統が聞いて呆れるよねっ!」

葵も負けじと言い返す。

「てめぇ〜ちょっとまぐれ勝ちしてるからっていい気になんじゃねーぞ !?」
「へーまぐれ勝ち? おかげさまでこないだユーベに勝って17連勝ですけどそれが何か?」

ああ、言っちゃならねえことを……!
オレは内心頭を抱えた。
葵のヤツ普段はそうでもないのに、なぜかジェンティーレに対してはやたらめったら言いたい放題やりたい放題なのだ。イタリア的感覚ではこれが普通なんだろうか。だったらオレには到底理解できない。

ため息をひとつついて立ち上がる。
刻一刻と険悪な空気がエスカレートしていく二人の間に割って入った。

「まあまあ、お前ら少し落ち着けって……」

言い終える前にものすごい勢いで両者からにらまれた。

「なんだよヒューガ。そもそもの元凶はお前だろ !?」
「そーです日向さん。白黒はっきりさせてください! なんでユーベ選んだんですか?」

ジェンティーレと葵に両サイドを囲まれて逃げ場を失う。
オレは苦しまぎれに視線を宙に泳がせた。

「え…いや……その…だな……」

言葉を濁しつつ必死に適当な言い訳を考える。

「ゆ、ユーベがオレの力を高く評価してくれたからだ! それ以外に理由なんかねえ!」
「え〜契約金ならウチのが提示額多かったし、条件も良かったと思うんですけど……?」

葵の言葉にジェンティーレが眉をひそめた。

「おいサル。なんでお前がそんなコト知ってんだ?」
「え? ああ、ジノから聞いたんだけどそれが何?」
「だーかーら、なんでアイツが知ってるんだよ!」
「あはは。やだなあ。いつだってジノはなんでも知ってるじゃないか。きっとジェンティーレの触れられたくない過去とか恥ずかしい秘密だってみーんな知ってるよ!」

葵はケラケラ笑いながら断言した。ヘルナンデスとつき合いの長い葵の言葉だけに妙なリアリティがあってなんか怖い。確かにあの男は温厚そうなツラして油断ならないタイプだとオレも思う。

「なッ、真顔でさらっと恐ろしいこと言うんじゃねえ、このバカザルは―――!?」

ジェンティーレはすっかり動転しきった表情で叫んだ。厄介な相手に致命的な弱みを握られたとあっては当然の反応だろう。

だからといってオレの頭越しに言い争うのはやめてくれ。
大ザルと小ザルにピシリと言ってやりたいのはやまやまだが、下手に口を挟んでオレのユーベ移籍問題を蒸し返されると非常にマズい。

日本にいた頃、東邦のサッカー部室で交わした会話を思い返す。
海外サッカー雑誌のとある記事を指さしてタケシが言った。

『日向さんにはこの白黒縦ジマのユニフォームが似合いそうですね』
『そうか』

言えるかよ。
タケシの口車に乗せられてシマウマユニフォームで選んだだなんて。

そうこうするうちに葵がポケットから携帯電話を取り出した。
ジェンティーレはゲッと息をのむ。

「ってかゴラァ、チビザル !? てめえドコにかけるつもりだ……!?」
「へ? そんなのジノに決まってるじゃん。ジェンティーレの恥ずかしい秘密ならオレも知りたいしー」

葵はいけしゃあしゃあと言ってのけた。
このときのジェンティーレの驚愕した顔をオレは今も忘れられない。なんていうかこう無性にムンクの叫びチックなものが感じられた。これが世にいう真の絶望と不安ってやつだろうか。

「ばばばバカ野郎、余計なことすんじゃねーよ !?」

もの凄い形相で叫ぶと葵の手から携帯電話をひったくる。

「あー、何すんだよもう。返してよケータイ」
「冗談じゃねえ、お断りだっ!」

ジェンティーレは携帯電話を頭上に掲げながらギッとにらみつける。
葵はめいっぱい背伸びして手を伸ばすがもちろん届かない。
なんだか大ザルと小ザルが一本のバナナの取り合いをしているみたいで結構笑える。

しばらくオレは黙って大小サル二匹のマヌケなコントを見物していたが、ふいにコザル……じゃねえ葵がこっちを振り返った。

「もー仕方ないなあ。じゃあ日向さん。ケータイ貸してくれませんか?」

葵はニッコリ笑って、さっさと寄越せとばかりにオレに右手を差し出した。

「ジノにかけるついでに沢田に訊いてみます! 日向さんがユーベに来た理由とか……」
「じょ、冗談じゃねえ !? ダメだダメだ断固却下だ――!」

オレはうっかり渡しかけた携帯電話をさっと引っ込めて絶叫した。
そんな電話がきた日にはタケシの奴、憧れのシマウマユニフォームについてあることないことペラペラ喋りまくるに決まってる。それだけはなんとしても阻止しなければ。

「よし、ヒューガ、死んでもコザルに取られるんじゃねーぞ!」

いつの間に上がったのだろう。テーブルの上にポジショニングしたジェンティーレが叫んだ。両手にそれぞれ自分と葵の携帯電話をがっちりキープした状態で。
ストライカーのメンツにかけても絶対に渡すな、ヤツの目は確かにそう語っていた。

「よーし日向さん! おれも負けませんよ!」

はた迷惑な意気込みで葵がにじり寄ってくる。

「ばっ、バカ野郎、死んでも渡すかよ―――!」

オレはとっさに半歩後ずさり、携帯電話を握りしめて叫んだ。




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