2003/12/28

ある晴れた日の





 ある日のことだった。その日は晴れていた。
 同盟軍のリーダー、ケルマク・マクドールはこの日、ぼんやりと空を眺めていた。城の二階から出られる庭、いつの間にか訓練庭となっているが、その裏は野原のようで坂になっており、そこで仰向けに寝そべっていた。

「快晴、か・・・・・。」
 赤い服、黄緑と紫のバンダナ、黒髪。そして金色の眼と表情はいつも楽しげに微笑んでいる少年は、空に向かって喋る。
「快いなどと形容させられる晴天によって、飢饉になる地域が出来るというのは、なんとも皮肉で、そして滑稽、だね・・。」
 大抵、彼は考え事をしている。常に考え出しても不毛でしかないことばかり考えるのが、彼の趣味で、最早癖のようなものだった。
「いや、待てよ。」
 くすり、と笑う。
「滑稽、とはあまりに失礼か。生死に関わることを笑うのは、いけないことだと僕は教わっている。そう・・・。」

 彼から、そう教わったのさ。小さい頃に。

言いかけた言葉を、彼は慎重に飲み込んだ。その名を、いやその存在を、今思い出すのは良くないと、思ったからだ。
 目を閉じて、大きく溜息を吐く。目を開けると、雲の少ない空が映る。

 と、彼は一瞬異変を感じた。空間や雰囲気が変わった際に起こる奇妙な感覚を察知した。更に、それが身に覚えのあるものであると確信すると、何故か彼は微笑み、少し体の位置を移動すると、ここかな、と呟いた。と、次の瞬間。
「あわわわ!また空中?!」
 響く少女の高音。そしてケルマクの真上に現れる影。と意味不明に取れる台詞。
「うやややや!!下にいるひとどいてぇ〜〜っっ!!」
 更に叫ぶその声に、ケルマクは大変短く答えた。
「どかない。」
「みぎゃっ!!!?」
どすん、などという可愛い音ではない複雑な音を発し、それはケルマクにふりかかった。だが彼はにっこり笑う。
「やあ、ビッキー。元気そうで何より。」
 飛来したそれは、ビッキーという名の少女だった。腰まで届く長い黒髪、碧緑の瞳の美少女。東方の巫女を連想させる白い衣装。城ではテレポート係という、特殊な任に就いている。
「あうう・・。ごめんなさい・・。」
 そのビッキーはケルマクにうつぶせにのしかかったまま言葉で謝罪した。彼はビッキーの頭を撫でる。
「大丈夫。なんということはないさ。」
「でも・・、痛かったんじゃないの・・?」
 にやり、とケルマクはほくそ笑むと、上体を少し起こす。すると、体の下からなめし革でできたシート(元よろい)がでてくる。
「こんなこともあろうかと、ね。」
 ほへ〜、とビッキーが息をもらす。
「すごーい!あらかじめ用意してあったんだぁ!」
「ふふっ。よくあることだからね。」
 何という会話だろうか。
「・・ほえ?よくあるの?こういうことって。」
 彼女の問いに、しかし彼は確信を込めて言う。
「君と僕との間には、ね。」
「ほえ?そうだっけ??・・・う〜〜ん。よくわかんないや。」
 運命なんてそんなものさ。それが愛なら、尚更のこと。
 いつもの彼ならそう言っていたはずの、その浮ついた台詞が頭に浮かんだケルマクだったが、何故か彼はそれを飲み込んでしまった。
「あ・・、う、ん。そういう、ものさ。」
 彼はそうぎこちなく発して、激しく後悔した。今の自分が、表現は出来ないが不安定な状態であることを、彼は悟っていた。それを今のぎこちなさで気取られたのではないかと、彼は後悔した。

「ふ〜〜ん・・。ま、いっか。」
 心配をよそに、彼女は第三者がみれば誤解を招くであろう体勢から起きあがる(今頃になって)。
「ちょっとそこのお花をみてくるね。このあいだ見つけたんだ。」
 ビッキーはそう言うと、彼女の言うそこへ歩いていった。
 どうやら、気取られてはいないようだ。ケルマクは胸を撫で下ろした。
目を閉じて、開き、空を見上げる。こうするのは二度目だと彼は思いだした。
「・・・・・・・。」

 自分が言いしれぬ不安定であることは自覚している。そして、本当はその理由まで自分は解っている。だが、それは思ったところで無益であると彼は知っていた。それどころか、それは自分を後悔の海に沈めることも知っている。それでも考えずにいられないことこそ、彼の不安定の原因だった。
「・・失ったものは戻らないと、教えたのも・・・・。」
 彼、いや、あいつだった・・。
 小さく呟く。それはどちらかと言えば、口から漏れたという形容が相応しかった。

「んん??なにか言った?ケルマクさん。」

 ケルマクは一瞬ぎょっとし、だがそれは表に現さず、微笑を以て答える。
「・・いや、なんでもないよ。戻ってきたのかい?」
「うん。花は元気だったよ。」
「・・そうか。よかったね。」
 んん、と背伸びをしながら、ビッキーは隣に座り、
「いいお天気の日っていいね。」
 と言いながら惰性で寝ころんだ。
「・・・そうだね。でも・・。」
「ほえ?」
飢饉で苦しむ人もいるんだよ、と言いかけて、止めた。そんな気分ではなかった。
「いや、何でもない。」
 その言葉は、湖からの風にかき消された。
 特に気にとめなかったのか、ビッキーは目を閉じ幸せそうな顔をしている。ケルマクは再び不安定を起こさぬよう、別のことを考えることにした。

 この少女は、なんだろう。

 不思議な少女である。出会いの時も、降ってきた。今でも、時折自分の上に降ってくる。何故テレポートが使え、何故うまく使えないのか。
 それだけではない。いやそれ以上に、彼女のテンションは何だろう?
 自分が通常の少年とはかなり異なるテンション、気質の持ち主であることは大体分かっているが、何故平然と付いてこられるのか?毎度降ってきたときもだ。年頃の娘が、恋人でもない同世代の男に触れて、いや密着して、どうとも思わないのか?
 そう思うと、ケルマクはある仮説を見出した。
「・・・いや、それはないか・・。」
好意の表れ。
 そう考えた自分を笑い飛ばすように、彼は笑った。

「え?どしたの?」
 声をあげたためか、ビッキーが起きあがる。
「いや、べつに。」
 起きたビッキーが背伸びをする。
 そして・・。
 ケルマクは更に考える。
 この屈託のなさは何だろう?
 自分に対してだけではない。誰に対しても、彼女は明るく、元気で、ぼけている。しかも、それが当然であるかのように。その姿に、安息を覚えることもある。
 彼女がいることで、嫌なことは忘れられた。そう・・、

 まるであいつが重なるようで。

 かぶりを振る。そんな風に思ってはいけないし、そんな感傷でもない。もっと違うなにか・・。

「・・ねえ、どうかしたの?」

 彼女の声が響き、ケルマクははっとする。ビッキーは自分の顔を覗き込んでいる。そして、自分の顔は、力の入れ具合からしかめ面と自覚した。
「!いや、なんでも・・。」
 そう対応するが、彼女はすずいっと詰め寄る。
「ううん、なんでもなくないよ!ケルマクさん、いつもより元気ないよ?」
 心配顔で覗き込む少女。ケルマクは狼狽する。
 上手く取り繕う方法が見つからなかった。笑って答えればいいものを、出来ない。もっと、なにか別の思考がそれを邪魔する。ケルマクは混乱していた。
「大丈夫なの?ねえ、ねえ?!」
 理性と、それとは違うなにかが別のことを考えている。ようやく、少し落ち着きかけ、言葉を発しようと口を開けた、そのときだった。

「・・大丈夫だよ。」

 それより早く、少女は口を開いていた。

「大丈夫だよ。今は、私がいるよ?」

 ケルマクは気づいていなかった。自分が怯えた眼をしていたことに。

「大丈夫だよ。私しかいないし、私はちゃんとここにいるから。だいじょうぶだよ?」

そう言って、(恐らく無意識に)微笑みかける少女に、ケルマクは胸の辺りをすくわれるような感覚を覚え、頭が真っ白になった。
 先程の何かが大きくなり、頭の中で声が響く。それは自分の声のようだった。

   そう それはまるであの頃のぬくもりのように思え
   今 目の前に懐かしいそれが広がっている気がして

「違う・・。」
 目の前の少女にすら聞こえない程の声で彼は抗った。
「それとは違う・・。あいつに重ねているわけじゃない・・・・・・。」

   そう これが感傷でないことを僕は知っている
   けれど目の前で笑いかける彼女に安息は覚える
   それはなにか 嬉しいものだと感じている

「なら・・、なんだ・・・・・。」
 今度は声すら出なかった。
「この感情は何なんだ・・・・・・。」

   ただ温かくて
   そう それはとても温かくて

 無意識に目の形が変わる。唇が震えてくる。
「ぼくは・・・。」

   ぼくは

「僕は。」



「・・どうしたの?」

 肉声が聞こえ、ケルマクは顔を上げた。そこには、心配顔のビッキーがいた。
「あ・・・・。」
 声を掛けられた瞬間に自分の中の気持ちを悟ったケルマクは、混乱したまま声をあげた。そして、その自身の様に呆れ、ふっと笑い、俯いてかぶりを振る。
「すまない・・・・。」
 どうにか一言呟いた。俯いた眼には、涙がたまっていた。
「上手く、表現、できないんだ・・・。」
 震える唇で、告げる。その震えはあまりに大きな歓喜ゆえの震えだった。
「だから・・。」
 心の内に響く声と、共鳴し、胸の内で声が重なる。



   そう それはとてもあたたかくて

   それを当然のように差し出されていることが
   自分を満たしてくれていると思うと愛おしくて

その愛おしさがこんな目の前にあったから

   僕は



「すこしばかり、泣かせてもらえないか?」 
なみだが溢れてしまったんだ


 彼は顔を上げ、微笑んだ泣き顔を見せた。両の瞳で、互いに見つめ合った。


「うん。いいよ。そのあとで、元気になってね!」
 とびきりの笑顔で、彼女は答えた。

 真の、本心からでたケルマクの言葉。それに対して返ってきたのは、いつだって本心でものをいう少女の言葉。
 まるでそれが当然だとでもいうように言葉を発したビッキーに、彼は、生まれて初めて誰かに泣きすがった・・・・・・・・・・・・。











                                                 END


石猫のタワゴト

「うやややや!!下にいるひとどいてぇ〜〜っっ!!」
「どかない。」

短い返答にステキ過ぎる彼の人となりが見て取れます。
頭脳明晰・冷静沈着・年にそぐわぬ老獪さを誇る坊ちゃん。
そんな彼もビッキーの前では結構素直に。
弱いところも含めた自分の心を素直に晒せる相手なんですね。
心許せるたった一人の大切な誰かを見つけられたなら。
終わりなき永劫の生も希望に変わるのかもしれません。


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