2001/09/23

Love Love Love








「まいったね」





 トランの英雄殿はそう呟くと、瞬きの手鏡を持った右手でこりこりと己の頭を掻いた。
 天と交わるほどに、遠くまで続く平原。360度に渡る、その抜群の景色の中に、けれど彼の求める姿は無くて。



「まさかテレポート中にはぐれるとはねぇ…計算外だよ」



 ひとつため息をついて、彼はそう呟いた。





                    × × × × ×





「ふうん、今日は忙しいんだ?」



 勝手知ったる他人の城。デュナン湖の辺に立つジョウイ城の城主にして、同盟軍盟主殿と懇意なトランの英雄・神愛(カナイ)=マクドールは、ばたばたと私室を走り回る盟主に向かってそう問うた。彼はええ、と頷いて、



「予定が急に変わっちゃって、今から各隊の兵団長を集めて会議なんですよ〜。大した発言もさせてくれないくせに、『士気に関わりますから必ず出席してください』とか言うし…折角来て頂いたのにすいません、マクドールさん」



 ぺこり、と頭を下げる。今日は交易を見学させてもらう約束だったのだが、そう言うことなら仕方ないだろう。



「まあ、それは仕方ないからね。今からだと遅くなるだろうから、今日は泊まっていく事にするよ。部屋だけ取っておいて貰って良いかな?」
「分かりました。――下手すると丸一日かかると思うんで、交易は明日にでも…」


「へえ…じゃあ、今日は全然外出しないんだ?」



 丸一日、の言葉にマクドールの目が一瞬輝く。その、どう考えても何か企んだような光を捉えたカナイは、はっと口を押さえて、それから恐る恐る、



「え、とでも、そんなにかからないかも……」
「カナイ?手鏡を貸し出してるのは何処の誰様だっけ?」



 にっこりと、しかし威圧的に微笑む。しばしその笑顔と対峙していたカナイは、やがてがっくりと肩を落とした。後のルックの怒りより、今の命の危機が怖い。



「――分かりました……でも、お願いですから早く帰って来てくださいね!?」



 手鏡を渡しながら、瞳をうるうるさせる盟主殿に、今度は柔らかく微笑んで、



「そうだね、何もしなければ早く帰るよ。――じゃ」
「ちょ、何も…って!?何ってなんなんですか、マクドールさあああん!???」



 半ば絶叫するカナイを置きざりに、マクド−ルは鼻歌交じりにビッキーの元へと降りて行ったのだった。





                   × × × × ×





 予想通りに容易くデートの約束を取り付けて。そして出かけたまでは計算通り。しかしまさかこんな事になろうとは、さすがのマクドールも予想だにしていなかった。



「…どうしようかな?」



 見渡す限りにその姿は無い。その名を呼んでも、声は空に吸い込まれるだけで返らない。



(探そうにもルックみたいに跳べるわけじゃないしね……)



 何時もは大して気にもしていないが、さすがにこういう時は少しだけ、寂しいような腹立たしいような気持ちに襲われる。すぐにでも迎えに行きたいのに、行けないというもどかしさ。

 自分がルックと同じ能力を持っていれば、望むがままに彼女の元に行けるのに。



「宿す紋章、つくづく間違えてるよね」



 そう言ってから、それだと既に亡き、愛すべき人々に会えない事に気がつく。



「――ま、とりあえずそれはいいとして……奥の手、使うしかないかな」





 それでも駄目なら。


 幸い瞬きの手鏡は己の手にある事だし、会議室に殴り込みをかけて、ルックを引きずり出そう。 まあ、彼女の危機だといえば、勝手に飛んでくるだろうけれど。


 でもそれは、今後彼女と出かけられなくなる事を意味するから。



「この手で片がつくと良いんだけどね……」





 呟くように言って空を仰ぎ。マクドールはそっと目を閉じた。





                    × × × × ×





 一方、ビッキー。



「マクドールさ〜〜〜ん……」



 彼女は半泣きの状態で、枝の先の方にしがみついていた。時折、足先を野犬の鼻先が掠め、身を竦める。そしてその度、唯でさえ撓っている枝が、更に大きな軋み音を生み出す。


 ――どうも、長くは持ちそうに無い。



「マクドールさ〜〜ん」



 幾度も呼んだその名前を、また繰り返す。しかし森の中から返る声は無い。それどころかその声を聞きつけて、根元に野犬などが集まって来ている。どう考えても、このままでは絶体絶命っぽい。ビッキーの両瞳に、更に涙が溢れた。



(どうしよう…)



 まさか、テレポートの途中ではぐれるなんて思いもしなかった。いや、はぐれた所で自分が傍に戻れば何とかなったはずなのだ。こんな状況でさえなければ。



(マクドールさん、大丈夫かな?)



 ちゃんとまともな所に辿り着いたかな?変な所に落ちて怪我なんかしてないかな?


 マクドールが強い事は重々知っている。けれど、万が一と言う事もあるし…もしかしたら誰も居ない所に放り出されて、寂しい思いをしているかもしれない。





 以前自分を呼んだ、あの時のように。





(――行きたいのに)



 ひょっとしたら、もう城に戻って、帰りを待っているかもしれなくて。それは唯の取り越し苦労かもしれないけれど。でも、もしかしたら、そこでずっと自分を探してくれているかもしれない。





 だからすぐ、傍に行きたいのに。


 彼の姿を描くのを、状況が邪魔する。呪文すら、唱えさせてくれない。



「うう〜〜〜、お、お願い、あっち行って!ねっ!?」



 えいえいと追いやるように手を振っても、残念ながら意思の疎通の兆しは皆無で。それどころか数を増やした彼らの攻撃は、間断無いものになってきて。更に、彼女の気を散らす。



(ううううう…どうしよう……)



 こんな時、ルックが居てくれたら。


 そう思った瞬間、柔らかな突風が吹いた。木の葉を、ビッキーの髪を優しく撫でたそれに、ビッキーは枝に押し付けていた顔を勢い良く上げた。その瞬間、ギリギリで保っていたバランスが崩れ、直後その体が宙に舞う。


 湧き上がる、獣達の歓喜の咆哮。しかし。



「…………クゥン…?」



 求めるものは何時まで経っても彼らの元へと来る気配は無く。彼らはしばし未練気にその周りを嗅ぎ回っていたが、やがて森の中へと姿を消した。





                   × × × × ×





 一瞬の無重力の後に、急激に感じる引力。テレポートを実感したその直後に、彼女は落下地点に立つ姿に、目を輝かせた。



「マクドールさん!!!」



 歓喜の声と共に、広げられたその両腕に飛び込む。その体を抱き留めたマクドールは、衝撃を殺すように、彼女をかばいつつ、地に倒れた。





「おかえり、ビッキー」





 ぽぽん、と頭を叩くとビッキーはそれが合図だったかのように、半泣きになりながら一気にまくし立てた。



「マクドールさん、マクドールさんっっ!!良かった、ちゃんと逢えて!!――あっっ、け、ケガとかしてない??寂しくなかった??ごめんね、私がテレポート失敗したから…っっ」

「大丈夫だよ。だってちゃんと戻ってきてくれたし。――それよりビッキーは?怪我は無い?」


「うん、うんっっ!!で、でも木の上にテレポートしちゃって、沢山怖いワンちゃんたちに囲まれちゃって、もしかしたら食べられちゃうかと思ったら、そしたら、マクドールさんが呼んでる気がして……」



 そう、あの瞬間。風の声が――それによって木の葉などから紡ぎ出された音が、まるでマクドールの声に聞こえて。





それはまるで「おいで」と、「こっちだよ」と呼んでいるかのようで。





「だから、そっちに行かなきゃって一生懸命思ったら、そしたらここに来れて……よか…った」



 そう言い終えたかと思うと、わああんと音量MAXで、マクドールにしがみ付いて泣き出す。



「ごめんね、怖い思いをさせて……今度からは逸れないようにちゃんと手を繋いでおこうね」



 自分の発生させている大音響で聞こえていないだろうビッキーに、それでもそう囁きながら、マクドールはよしよしとその頭を撫でて続けた。



 彼女が泣き止む、その時まで。





                   × × × × ×





「う〜〜ん、でも不思議だなぁ…」



 泣きじゃくった跡も、随分と消えた頃。日も暮れかけ、そろそろ戻ろうと手を繋いだ時、ビッキーが首を傾げてそう言った。何が?と問い返すと。



「え、ほら、マクドールさんが呼んだような気がしたって言ったでしょ?でもあれって思い出したら、やっぱりただの風の音だったような気がするから……不思議だなぁって」


「そう?」



 何も不思議はないんだけどね。内心思ってくすりと笑う。





 全ての想いが色褪せるくらいに彼女の事を想って、それが大気に溶け込むようにイメージした。そうすれば、彼女が何処に居ても、この呼び声はきっと伝わるはずだから、と。





 そして彼女はその声を聞き、今ここに居る。



 当然の、結果として。だから。





「え?じゃあ、マクドールさんは不思議だと思ってないの?」
「うん。だって、理由分かってるし」
「理由?」
「そう。つまりは――」





 ふふ、と悪戯っぽく笑って、軽くウインクして曰く。





「愛の力、って事だよ」








                                      END




■石猫のヒトコト■

いきなりの緊急会議も、テレポートミスるのも、声が聞こえるのも
きっとみんな愛のせいね。It musut be Love. ←なんのこっちゃ?

緊急事態もなんのその。
慌てず騒がず余裕綽々?な坊ちゃんがステキ      !!!
全ての想いが色褪せるくらいに彼女の事を想えばきっと届くから。
これぞ愛の引力ですね!坊ちゃん!!!←落ち着け、自分。


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