2001/09/07

Innocent butterfly








それは、魂の標本箱。




















× × × × ×



「あっ!!!」

「……?」



 ルックを盟主で足止めし、ビッキーと一緒に散歩に出た午後の事。木陰で大地に寝転がり、うとうとしていたマクドールは、ふと目を醒ました。横を見れば、一緒に寝転がっていたはずのビッキーが、身を起こして何やら遠くを見遣っている。

その珍しく真剣な表情に、マクドールは半ばぼんやりしつつも、思わず声をかけた。



「どうかした?」
「え??…あっ、ああっ!!!ご、ごめんなさい、起こしちゃって……ええと、ちょうちょが、標本箱がひらひらしてて、だからつい」

「?」



 指差す方向を、身を起こして見遣れば。そこには蝶が一匹、ひらひらと風に流されるように飛んでいた。記憶に間違いが無ければ、かなり珍しい種類のものだ。



「――標本にしたいの?取ってあげようか?」

「あっ、ううん、そうじゃなくって。前交易所に行った時に、標本箱があって……それでルックが、これは珍しい奴だよって、生きてるのなんか滅多に見ないよって言ってたから、ちょっとびっくりしちゃって……うん、やっぱりあれより飛んでる方が綺麗だなぁVV」



 なのにどうしてあんな風にしちゃうのかな???不思議そうに首を傾げる。




「人間は欲張りだからね。逢えただけじゃ満足しないんだよ」




 その奇跡が二度あるとは限らないから。だからそれを永遠のモノにしたくて、側に何時も置いておきたくて。その儚い奇跡を幻にしたくないから、捕えて縛り付けるのだ。







 例えそれがただの抜け殻と化したとしても。







「ふうん???私は逢えただけでも嬉しいけどなぁ???」
「そうだね…君はあんまり一所に留まらないから、そういう執着が薄くなってるのかもね。だけど……ああ、そうか……」



 何かに気がついたように、己の手の甲を見遣る。手袋に隠された――右手の紋章を。




「???マクドールさん???」




 急に黙りこんで、じっと手の甲を見続けるマクドールに、心配そうに声をかけると、マクドールはふと表情を崩し、その手を伸ばしてビッキーの髪に絡めた。




「――ビッキー、一つ約束してくれる?また何処かへ跳んじゃっても、僕の事を考えて……僕に必ず逢いに来るって」
「???う、うん……でも、どうして???」

「だってやっぱり、全然知らない輩のより、知ってる人肌の方が暖かいと思わない?」
「???????」




 きょとんとした顔に笑みだけを返し、髪を弄っていた手を離す。


(貪欲なのは、紋章だけじゃないな……)


 大地に置いたその右手を追うように視線を落とし、自嘲気味な笑みを唇に刷く。



 近しい者ばかりを食らうのは、きっと宿している者自体が、何処かでそれを望んでいるから。永遠にも近い己の生を、彼らと共にしたい――と。


 だから、逃したら二度と逢えなくなる儚くて愛しい者たちを、戻るべき輪廻の輪から、無理矢理その魂を奪い取って。そして、離れたくないという己の我侭を針として、それらを望み通りに留めた。





 この、右手に宿る魂の標本箱に。





 もちろん、その行為には吐き気がするほどの嫌悪を覚えた。だが、気配だけとはいえ、完全に失わずに済んだという安堵の方が、それよりも強かったから。


 だからきっとこの先も、愛する者たちが離れようとする度に、そうやって側に置くのだろう。自分がそう願う限りは。





 けれど、自分は生きているから。
 気配だけじゃ温もりは得られない。それだけじゃ、物足りない。










 だから――。







 ふわり。




「……ビッキー?何してるの?」



 いきなり柔らかく抱きしめられ、少々困惑気味に問うと、ビッキーは慌てて身体を離し、



「ああああ、ご、ごめんなさいっ、で、でも、何かマクドールさん泣きそうな顔してたから……ええと、私、こうしてもらうと悲しくなくなって安心するし、だからマクドールさんも元気になるかなぁって」


「――そんな風に見えた?」



 こくこくと頷き、違ったのかな???と心配そうな顔をする。マクドールはくすと笑うと、その頭を優しく撫でた。



「大丈夫……ちょっと寂しいなって思ってただけだから」
「えっ、さ、寂しいんですか!???うん、じゃあ、よ〜し……えいっ!!!」



 どさどさどさっっ!!!



「……ムム???」



 降ってきたのはムササビ5匹。ビッキーは混乱中のムクムクを抱き上げ、「はい」とマクドールに笑顔でそれを差し出した。
しばしまじまじとそれを見た後、マクドールは額を抑えて俯き、肩を震わせた。


(あ、あれれ???ムクムクちゃんたちだけじゃ、だめだったのかな???)


 結構にぎやかになったと思ったのに。寂しさを埋めるには、まだ足りないのだろうか?



「ええと…ええと……じゃあ今度は……」
「――ああ、違う違う。嬉しかっただけだよ」



 くすくす笑いながら顔を上げる。



「ありがとう、ビッキー。――君が居ると寂しくなくなって良いね」
「えへへ♪」



 照れたように頭をかく少女を、目を細めて見遣る。


(だから――君を選んだ)





 標本に加えるような愛しさとは違う、けれど互いに好意を覚え、己の心を癒してくれる――そのままで時を越える者を。










 この広い広い世界で、いつか必ず、何度でも出逢える君を。






「――ごめんね、ビッキー」




 それだけで伝わる訳も無いと知りながらも、この自由な彼女を、己の我侭で小さな箱庭に留めようとしている事を、詫びる。
そして、案の定気がつかないながらも、




「え???あ、ううん、お安い御用ですよっ♪だから、マクドールさんが寂しい時は、何時でも呼んで下さいねVV」




 望む、言葉を返す。マクドールは苦笑しながら腕を伸ばし、




「うん…ありがとう。――好きだよ、ビッキー」





 ムササビを抱いて微笑む彼女を包み込み、耳元でそう、囁いた。




















× × × × ×



 右手に宿るは、魂の標本箱。
 己が我侭を針として、愛しき者たちを永遠に縛りつける為の。
 願わくば、君がそこに飾られる事が永遠に無いように。


 そして願わくば。





 君が何時までも無邪気な蝶であるように――。











                                      END



■石猫のヒトコト■

それは魂の標本箱。
それは宿主の意思を反映したもの。
これがソウルイーターの「呪い」の実態なのかもしれませんね。
でもそれだけでは足りなくて。
坊ちゃんの空漠とした心がせつなくも哀しいです。

     だからこそ。
願わくばビッキーがずっと坊ちゃんの傍らで笑っていられますように。


ところで。2主君はどんな手段でもってルックを足止めしたのやら?
なんだかとっても気になるワタシ。


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