2001/09/01

空に咲く花









「ん    ?もうそろそろかな」



 淡い黄に朱を刷いたような微妙な色彩で照り輝く空に同系色の琥珀の瞳を向けたまま、リアン・マクドールはすぐ横に控える軍師に語りかけた。



「リアン・・・・・・この期に及んでなにを考えているのだ?」
「これから始める花火大会の予定について、だけど。それが何?」



 いつもながらに人を喰ったような言葉に構わず、レオン・シルバーバーグはリアンを正面から見据えた。





    なぜ、いったん兵を戻した?」





 先の戦いで帝国軍は壊滅し、残るは帝都グレッグミンスター攻略のみ。なのにリアンは敵将アイン・ジードを討ち取った後、城内に乗り込もうとはせずそのまま軍を引いて戻ってきたのだ。このような状況で花火大会とはいったい何事か。


 しかし。リアンはその当然と言えば当然な疑問にいわく意味ありげな笑みで答えた。





「・・・・・・レオン・シルバーバーグならもう、わかってるだろ?」





 不可思議な光をたたえた黄の瞳で軍師の顔を見つめ返す。レオンは内心ため息をついた。こうなったら何を言っても無駄なのだ。この一見穏やかで優しげな風情の少年はその実、煮ても焼いても喰えない非常にしたたかな性格を有しているのだから。



「・・・・・・そうか」

「じゃあ、僕はこの辺で」



 城に向かって歩き出すリアンの背にレオンは独り言めいた言葉を漏らした。





     惜しいことだ。お前ならこの世界すらも手にすることが出来るだろうに」










「世界なんていらないよ」










 間髪をいれず、迷いのない澄んだ声が黄昏色に染まる世界に響く。










「僕が欲しいのはそんなちっぽけなモノじゃないから」






 リアンは落日の残照を背に受けながら誰にともなくささやいた。





















        なんか気になる。



 頭の奥の奥の片隅でなにかむずむずする。
 じっとしてても胸の奥がかざわざわしてくる。
 なにが原因なのかなぁ?わかんないからなおさら不安になる。







「・・・・・・お嬢ちゃん、さっきからなにそわそわしてるんだい?」
    はへ!?」




 すっとんきょうな声とともにビッキーが顔を上げると、老魔法使いへリオンが目を丸くしてこちらを見つめていた。彼女とは城内での持ち場が同じ階のうえ役割も似通っていることから、年の違いにもかかわらずよく話す間柄なのだ。




「わわわわ・わたしー?なんかしてました     !?」

「隣で立ったり座ったり、右に左にウロウロされたんじゃ落ち着かないったらないね、全く。あんた、気になることでもあるのかい?」


「ええええ・え     !?き、気になること       !!??」




 図星を指されてあせりまくるビッキー。そう、確かに気になるのだ。なにかとても大切なことに気がついていないような、いま気づかないと一生後悔しそうな気持ちがむくむくと心に湧いてくる。


 でも。やっぱりわからない。思考がカタチにならない。だから不安。




「いつも脳天気な嬢ちゃんらしくないねぇ。今日はお祭り騒ぎで仕事も早く終わるんだし、元気出したらどうだい?」

「お祭り    リアンさんってばなんでいきなり、花火大会なんてやるのかなぁ?」




 思いがけずポロリと口をついて出た疑問。そう、グレッグミンスターより帰還したリアンの第一声 『それじゃ、今日は花火大会!』 を耳にした時から、この訳もなく落ち着かない状態は続いているのだ。



「うーん、確かに嬢ちゃんの言うとおり、この状況で花火大会なんかやる意図が今ひとつ掴めないんだよねぇ」



 解放軍は帝都を完全に包囲し、今まさに皇帝との最終決戦を迎えようという局面だというのに。それに件の花火というのはなんと、解放軍の主力兵器である火尖槍の火薬を全部使い切って造ったモノと聞いている。どう考えても尋常な騒ぎではない。




    けどね。わたしゃ思うのさ。」
「?・・・・・・なにを、ですか?」

「今はとんでもないことのように見えても、なんだかわかんないけど最終的には帳尻が合ってるんじゃないかってね。思えばあの坊ちゃんのやることはいつだってそうじゃないかい?」

「・・・・・・そう、かなぁ?」




 へリオンは右に左に小首を傾げながら自問自答するビッキーの姿をおかしそうに見つめながら言った。



「ま、そんなことは嬢ちゃんが一番よく知ってるだろうけどさ?」
「ほへ?わたし・・・が?」
「ありゃ、もうこんな時間かい?じゃあ私はこれで引き上げさせてもらうよ」



 ひたすら当惑顔で考え込むビッキーを横目にヘリオンはよっこらしょ、とロッドを持ち直し、地上階に続くエレベーターに目をやる。乗り込む寸前に彼女は実に楽しげな様子で呟いた。







「星主殿・・・・・・どうやらようやくあんたの選んだ未来を見せてもらえるみたいだね」







「はいー?ヘリオンさん、いまなんか言ったー?」
「それじゃ、おやすみ。嬢ちゃん」




 それ以上なにも言わず彼女は立ち去った。これで薄暗い地階に残されたのはビッキーただひとり。先程ヘリオンが言ったように今日は花火大会があるので、通常よりも城内勤務時間が短縮されているせいだ。いつもなら夜更けまで怪しげな実験を繰り返しているカマンドールやジュッポも、今日ばかりはわれ先にといち早く花火打ち上げ会場に飛んでいったらしい。



 薄闇のホールをぼんやり眺めながら小さくためいきをつく。




「リアンさん・・・なに考えてるのかなぁ?」

「とりあえず今の所、ビッキーのこと考えてるけど。それが何?」


「うきゃ    !?リ、リアンさん      !!??どしてここに!!!???」




 突然の声に驚いて振り向いたその先に立っていたのは、草色のバンダナに赤い胴衣の少年。あわてふためくビッキーの様子など気にもとめず、いつもと同じ穏やかな笑みをこちらに向けている。



「いやだなぁ。せっかく泣いて止める軍師を振り切ってやって来たのにさ」
「はぁ?なにそれー???」



 脳裏に「泣いて縋るレオン・シルバーバーグ」というある意味想像を絶する情景を連想して首をかしげるビッキー。リアンはその肩にポンと手を置き、実に何気ない口調で言った。




「じゃ、行くよ?」
「ほえ?」




 その言葉と同時にリアンとビッキーの周囲に闇色の歪みが生じ、一瞬後、2人の姿はかき消えた。




















「うきゃきゃきゃ    !?なにココ!ここドコ       !!??」
「帝都近郊で一番大きな木のてっぺんだけど?」
「そそそ・そんな高いトコ       !!??」




 パニック状態一歩手前のビッキーはなかば無意識に一番近くにあった木の幹にしがみついた。高いところはどうも苦手なのである。本拠地2階から下を見下ろすのも怖いという筋金入りの高所恐怖症な彼女にとって、現在地点の高度はビッグフットなる雪男が生息すると聞く世界最高峰エベレスト山頂にも匹敵するものであった。



「ビッキー。チョモランマにはビッグフットいないと思うけど?」
「えええ・え〜〜〜!?そうなのぉ!!??うきゃ       !!??」



 リアンのいまひとつ緊張感に欠ける指摘に動揺して、思わずバランスを崩す。あわてて体勢を元に戻しつつ、これまたヘタレた声でへろへろ〜と叫んだ。



「そ〜そんなことより〜!はやく助けてよぉ〜〜〜!!!」
「あははは!アイアイそっくりー!!!」
「わわわ・わたし、しっぽ長くないもん〜〜〜!!!」



 ひし、と幹にしがみつくその姿は南方の珍獣アイアイにも似てじつに滑稽。彼女にとっては危急存亡の事態ではあるが、第三者から見ればいささか緊迫感に欠ける光景にしか見えない。であるからして。右横の枝に腰を掛けてそんなビッキーの様子をしばらくの間、のんきに眺めていたリアンを責めることは誰も出来ない・・・・かもしれない。



「だいじょうぶ、大丈夫。手を放しても落ちないってば」
「て、て、手を放したら落ちるにきまってるじゃない〜〜〜!!??   あ、あれ?」



 言われてみれば確かに。怖くて怖くてずっと目を閉じていたから気がつかなかったけれど、いま自分がいるのは枝と枝が絶妙のバランスで絡み合ってしっかり安定した桟敷のような場所だった。思わず安堵のため息をもらす。



「納得した?」
「でもでもリアンさ〜ん・・・・・・いきなり空間移動は心臓に悪いですぅ〜〜〜!」
「えー?ちゃんと声かけたよ、僕」



 どこまでもしらじらしくのたまうリアンを恨めしそうに見上げながら、ビッキーは大きなため息をついた。ホントにこの人は武術は言うまでもなく魔法その他ありとあらゆる事象に通じていて。できないことなんかこの世には無さそうに見える。げんにテレポートの腕だって一応その道の専門家であるビッキーより数段上なのだ。




「はぁ〜。そぉだよねぇ。リアンさんはなんでもできるし、なんでも持ってるもんねー?」

「・・・・・・ビッキーはそう思う?」




 一見さりげない口調に潜むなんとはなしに寂しげな風情に、ビッキーは少し驚いて目を見開く。こんな表情のリアンなんて見たことがない。いつだって彼はイヤになるほど余裕綽々で自信に満ちていて、どんな困難に対しても涼しい顔で対処するのに。



「ど、どしたの?リアンさん??な、なんか変なモノでも食べたー???」
     ほら、もうそろそろ始まるよ」
「はにゃ?」



 唐突な話題の転換に戸惑いながらも、ビッキーはリアンが示す方角へと顔を向ける。刹那、視界一面に星の雨が降ってきた。




「うわぁ!すっご       い!!!」




 菫、薄紅、山吹、萌葱、藤、水色、千草    あらゆる色彩が夜空を彩る。赤・緑・青といった鮮烈な原色ではなく、淡く目立たないがずっと自然な中間色の織りなす光の洪水。それは瑠璃色の空に咲き誇る天の花々の饗宴にも見えた。



「キレイねー!わたしこんな色の花火、見たことない〜〜〜」
「焔色剤の配合にいろいろ手を加えてみたんだ。基本は炭酸ストロンチウムと硝酸バリウム、酸化銅の炎色反応を・・・・・・」

「ほえ???」



 聞いたこともない化学物質名をずらずらあげられてきょとんとする。そんなビッキーの様子に気づいたリアンは、笑いながら説明を単純路線に変更した。



「ようするに、僕が新たに改良したってことだよ」
「そっかー!スゴイね       !!!」



 会話を続ける間にも間断なく空一面に光の花が開いては消えていく。まるで太陽をいくつも集めたかのようなその輝きは昼と見まごうばかり。これだけ大量の花火を製造したのであれば、火尖槍の火薬を全部使い切ったというのもうなずける。



「うんうん。こんなにたくさん打ち上げるから、火薬がいっぱいいるんだねー?」
「いいや。火薬なんてほんの少ししか使ってないよ」
「ええええ〜〜〜!?どーゆーこと、それ?」



 リアンはおなじみの、いわく腹に一物アリの時に見せるいたずらっぽい表情でニヤリと笑った。



「あのね、ビッキー。火尖槍に使用する火薬をそのまま使ったら、大爆発しちゃうんだよ。あれは普通の黒色火薬とはケタが違うからね。花火に転用するにはずっと成分を薄める必要があるんだ」

「そ、それじゃ、火薬を使い切ったってのは???」
「この戦争が終結した後、どれだけのバカがひっかかってくれるかな?楽しみー!」



 都市同盟あたりの単純どころなんか有望そうー?と楽しげに付け加える。それを聞いた瞬間、ビッキーの頭の奥でカチリとなにかが音をたてた。言葉が口をついて出る。





「・・・・・・リアンさん、戦争が終わったらどっか行っちゃうの?」
     え?」



「そうでしょ!だからこんなことしてるの?リアンさんがいなくても勝てるようにって?」





 さっきからずっと気になっていた不安がようやくカタチになった。そう、リアンさんはもうじきここを離れて遠くへいってしまうつもりなんだ。




     まったく、鈍いんだか鋭いんだか?ビッキーにはかなわないな」

「どうして?なんのために?もしかして国のため・・・とか?」
「自分のためさ。それが僕の長年の夢だったから」


「そう・・・そっかぁ。それなら仕方ないね」




 これは嘘。仕方ないなんて言葉はキライ。なぜそう思うのか自分でもよくわからないけど・・・・・・わたしホントはいつまでも一緒にいたい。でもでも。リアンさんがそれを願っているなら・・・・・・仕方ないよね?



 少しうつむいてそんなことを考えていると、リアンが天球の四方に花開く光の帯からビッキーに視線を移して静かに言った。



「知ってた?花火って平和なときにしか許されないゼイタクなんだよ」
「へ?なんで???」

「戦争中はそんな無駄なことに火薬を消費できないからね。だから花火は平和の象徴とも言えるかも」



 リアンはそう言ってまた空を見上げる。降りしきる雨のように地上に舞い降りる光の粒子に目をやりながら、ビッキーはなんとはなしに尋ねた。





「じゃあこの花火は、リアンさんの手向けの花?」

「・・・・・・ホント、おもしろいね。ビッキーはさ」





 夜空に咲く炎の花々を見つめる琥珀の瞳に慈しむような光が宿る。





「手向けの花か     そうだね、これは僕が今まで犠牲にしてきた全ての魂のための鎮魂歌みたいなものかもしれないね。・・・・・・でも半分は僕自身のためだったりするんだけど?」



 戦争終結後すぐに国を出る予定だから、戦勝記念パーティに出られないし。だったら一足先にパーッとやっちゃおうと思って。そんなことを笑いながらうち明けるリアンを見ていると、ビッキーもなんだかおかしくなって笑ってしまった。





「そして最後にビッキーのため」





 言葉と同時に夜空一面がほのかな桜色に染まった。薄紅と桜色の光の粒子が混ざり合い、弾け、拡散したあと夜の闇に消えゆく様は、淡い桜の花びらが舞い散るのにも似た光景を醸し出す。



「ビッキー、桜が好きだって言ってたよね?」
「うわぁ!キレイだねぇ〜〜〜!!ありがとう、リアンさん〜〜〜!!!」



 虹色に反射する光の饗宴にうっとり見とれながらも嬉しそうにはしゃぐビッキー。その姿をしばらく黙って眺めたあと、リアンは何気ない調子で声をかけた。





「ねぇ、賭けてみないかい?」
「ほぇ?なにをー???」

「僕とビッキーがまたここで再会するか否か。賭けるモノは僕と君自身。あ、もちろん僕は逢える方に1票!」
「えええ・え〜〜〜ってことはぁ、わたしは逢えないほうに乗るってこと?」


「そうじゃないと賭が成立しないからね、ふふふ」





 勝負事に関しては全戦全勝・向かうところ敵なしと評判の解放軍リーダーは実にもっともらしい顔でうなずいた。一方、こういう相手と勝負すること自体、自殺行為であるということに全く思い至らないところが、お気楽ビッキーのビッキーたる所以と言えよう。




「んんんん     ?でも賭けるのが自分自身ってどゆこと?」
「どちらか勝った方が相手を貰う、ってことさ。僕が勝ったらビッキーは僕のモノ、ビッキーが勝ったら僕はビッキーのモノ」

「????なんだかよくわからないけど、ま、いっか」
「じゃ、賭け成立だね」




 リアンはニヤリと満足げに笑って言った。さすが頭のネジが1本抜けてるビッキー。この条件だとどちらが勝っても同じ結果だという事実に少しも気づいていない。




「うきゃー!今度はしだれ桜だ!キレイねぇ〜〜〜!!!」




 先程の賭のことなどすぐに忘れ、夜空に輝く花火に夢中になっているビッキー。リアンはそんな彼女の後ろ姿を見つめながら、いわく意味ありげな笑顔でつぶやいた。







     僕は勝てない勝負はしない主義なんだよ、ビッキー?」













 リアンが漏らした言葉の意味をビッキーが知ることになるのは3年後のことである。


        そしてリアンが本当に欲しいモノを手に入れるのも3年後。










                                       END



■石猫のあとがき■

 空に咲く花=花火。単純。幻水1ラスボス戦直前の話です。時系列的に言うと「3番目の幸せ」の前編。この時点ではまた逢えることをリアンは知ってるけれど、ビッキーは知らない。・・・・・・これじゃあ勝負というよりサギだ、リアン。

 何でも出来るし、何でも持ってるリアン・マクドール。みんなそう思ってますが、本人にはその件に関していささか反論あるような。ホントに欲しいモノ以外はなんでも持ってるリアン・マクドールが正しい?ヤツの幸せ入手計画は着々と進行してるようだけど。リアンってすぐに手にはいるようなモノはいらないんですよ・・・・・・世界とか。

 星主。軍主だとセンと区別がつかなくて石猫が混乱するので(爆)。天魁星って108星の主だし?ただそれだけ。レオン・シルバーバーグ初登場!・・・・・・平行世界で既に出てたか。やたら出張ってるヘリオンさん。なんか私、妙にあの星読みのおバァが好きです。そ・し・て。ふよさん〜3000HITキリ番申告ありがとうございましたー!

■本館からの横流しその2■

 またまた凝りもせず本館から引っ張ってきましたー!(爆)ごめんなさい、ふよさん。



BACK