2001/08/24

いつかのための空白














私の3年は、何処へ消えちゃったんだろう。





















「おーい、酒持って来てくれー!」




同盟軍に久し振りにユク・マクドールが足を運んだ。
かつて解放戦争で共に戦った戦友たちは思い出話に花を咲かせるために、ユクが同盟軍に姿を見せるときにはいつも(主にビクトールが先頭に立って)酒場を貸しきって宴会を繰り広げていた。
最初はもちろん彼を囲んで居るものの、徐々に輪は拡散してゆき、至るところで多くの集まりの形を取る。
寄せては返す波のように。
波紋が溶け込んでゆくように。
彼らは多くの人と、多くの集まりと豊かな一時を過ごしてゆく。



「おい、ビクトール飲みすぎだ!それくらいにしておけ!」

いつの間にやら彼の保護者になってしまったのか、フリックが酒樽を抱えかねないビクトールの隣でそれを奪おうと苦心する。

「なんだよ、久し振りにユクが来たんだ、みんなで楽しまなきゃもったいねぇだろ。なぁ?!」

彼が酒場に集まる人間に、そう声をかけると「オォ!」と歓声が上がる。
笑い声に包まれて、ビクトールの正面に座っていたユクは肩を震わせて笑っていた。
何年経っても、この人たちは変わらない。


―――それは、安心であり、少しの不安でもある。



「なぁ、ユク。ほら、お前も飲め!」

「ビクトール!その樽を放せと言ってるんだ」


赤い顔をして笑い声が段々大きくなってゆくビクトールの姿に、ユクも笑いながら「じゃあ、少しだけ」とグラスを傾けた。


あんな別れ方をしたというのに、こうして迎えてくれる人たちが嬉しかった。
笑顔と思い出話とに包まれた、懐かしい空間。


彼らにとって3年と言う時間は、どんな意味を持つのだろう。










「―――――ユクさん」




場にそぐわない繊細な声が聞こえて、ユクはふと振り返った。



「ビッキー」


其処に立っていたのは、白い空間を称えている一人の少女。

「ユクさん、あのね、メグちゃんたちが向こうで呼んでるの。今、大丈夫かなあ?」

可憐な声で問い掛ける彼女に、ユクは「ああ」と応えた。


既に少年少女、酒の匂いが苦手な人たちは別室へ移動しているらしい。
それは賢明な判断と言えるだろう。
このまま此処に居ればビクトールの餌食になるのも目に見えている。


「うん、そうだね。大丈夫だよ」



視線を目の前の腐れ縁に戻して、ユクは「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」と腰を上げる。

「なんだ、もう行っちまうのか」

心から残念そうな顔をして、ビクトールはチェ、と呟いた。

「もっと話したいことがあったのになァ。まァ良いか、また今度めいっぱい話してやるか」

「そうしてよ。楽しみにしてるから」

ゆらゆらと手を振るビクトールに微笑みで挨拶をしてから、グラスに残っていた僅かな酒を飲み干そうと手を伸ばす。


「あ。喉渇いちゃった〜。ユクさん、一口頂戴?」


其処へ、彼女が思い出したように呟いて空いたグラスを手にして。



その動作があまりに自然で、でもユクは。




「―――――ダメだッ!!」




グラスを手にした彼女の細い右手を、制止するように掴んだ。



「え?え、ユクさん??」


強い口調で止められて、何が起こったのか分からないビッキーはきょとん、とただ彼の顔を見ている。
ビクトールやフリックも、彼が何を止めたのかが分からないまま、2人を見ていた。

周りの喧騒だけが、静かに遠ざかり、また近づいてくる。





笑い声も話し声も、一瞬前と同じように彼らを包んだ時、ようやくユクも口を開いた。




「何か飲みたいなら、後でレオナさんに頼んで貰って来るよ。………それじゃ、ビクトール、またね」




刹那の激昂を隠すように、彼はビッキーの手を掴んだままその場所を後にした。

残された腐れ縁は、何もなかったかのように、また別の輪に加わってゆく。
































「ユクさん。ユクさん、どうしたの?何かあったの〜??」


ぱたぱたと、足早に去ろうとする彼の背を追いながら、ビッキーは何度も声をかける。


「ねえ、ユクさん?」



どうしてダメだと止められたのか分からなかった。

何か悪いことをしたのだろうか。

彼の機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか。

考えても考えても答えは出ない。





「ユクさんってば〜」






「ゴメン」





ピタリと突然足を止めて。


振り返ることなく。


一言。




「ゴメン。悪かったね。理不尽なことで怒ったりして。……驚いただろう?」





「ユクさん?」






あ。そっか。ユクさんは怒ってたんだ。と今更ながら気付くビッキー。
しかし彼の声には僅かに狼狽の色が見て取れた。

振り返らない、その肩は揺れている。





「本当に自分勝手で我儘なことを言っていると思う。…でも、不安になったんだ。3年前、ビッキーは消えたと言うから」





「え?」






「また、消えてしまうことがあったらどうしようかと思ったから」






実際に其の目で見たわけではないけれど。

誰もが言う、ビッキーの3年の空白。

パーティの時、迂闊にもアルコールに手を伸ばしてしまったビッキー。
こんな日だからと、見てみぬ振りをしながら微笑ましく見守っていた誰もの目の前で、時間を超えてしまった彼女。


――――また、いつ同じことが起きるとは限らない。






だからなるべく、同じ状況からは遠ざけてしまいたいと思う自分が居る。







「あ。さっきのお水?ユクさんも喉渇いてたの?だからダメだって言ったのかなあ?」





くるり、と立ち止まるユクの前に姿を滑らせて、正面から微笑みで彼を包み込む。





「ごめんなさい、私、気付かなかったから」




申し訳なさそうに、淋しい瞳を伏せて。

ユクはそっとそのたなびく黒髪に指を這わせた。



「あれは魔法の水だったんだ。だから、ビッキーには飲んで欲しくなかったんだよ」




気付いてないならそれで良い。


気付かないで居て。




籠の中に捕われてしまう君は、あまりにも似合わないから。










3年の空白。





埋めるのは君じゃない。僕だから。












君の居ない時間を、埋めてゆくのは僕。

いつまでも変わらない時間を手にしているから、いつまででも待つことができるから。




どれだけ時間を超えても。


どれだけ世界を越えても。



迎えに行くことが出来るから。







君は君のままで。




















「木を…植えようか」







「え?」








ぽつりと、思いを口にしたユクに、ビッキーはなんだろう、と首を傾げる。








「もし、ビッキーが何かの拍子に時間を超えてしまっても。目印になるものがあれば、いつでも、会うことはできるかなと思って」







長い年月をかけて育ててゆこう。



君が迷わないように。





僕が迷わないように。











「うわあ!じゃあ、じゃあユクさんが迎えに来てくれるんだね!そしたら怖くないね。淋しくないね」










「大きな木にしよう。そうすれば、きっとすぐに見つかるだろう?」













時間を超えることを望む日も来るかもしれない。


君には自由で居て欲しいから、それを留めることはしない。









――――でも。君が淋しくなったら。誰も知らない世界で苦しくなったら。














どんなに時間を超えても、僕だけは迎えに行ってあげられるから。





――――迎えに行ってあげたいから。




















「ユクさんと、ずっとずっと一緒だね」
















ずっとずっと、一緒に居ようね。








君の時間を、一緒に行きたいから。
















「ビッキー」




「なあに?ユクさん」









尋ねれば返してくれる、その声を、瞳を。










僕はずっと見て居たいから。





























―――――100年経っても、側に居るよ―――――













                                                END


■石猫のヒトコト■

「100年経っても、そばにいるよ」
なんてステキな言葉でしょう v
ビッキーがどれだけの時を越えようとも、真の紋章持ちの自分なら彼女をずっと待っていてあげられる。
次に出逢う日を想いながら前へ歩いていける。
これぞ坊ビキの醍醐味ですね!
真の紋章が「真」に役に立つという(笑)好例 v

蛇足。
再会の目印の木が「この木なんの木、気になる木〜♪」レベルまで大きくなるのは何百年後なんでしょうかね?(笑)



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