2001/07/28
■ 笑顔の理由 ■
2001.7.27 Written by Sone Toru
静けささえもが漂ってこようかとも見える月。 木の葉から微かに零れ落ちる冷たい月の光だけが辺りの暗闇をしんと照らし出す。 鬱蒼とも言える森の中、少年だけがそこにいた。 膝を抱え、蹲るように座る。 パチパチと音を立てる焚き火の炎が少年の顔を赤く、されど暖かく照らし出していた。 もし、この場に人がいたならあっと声を立てた者もいたかもしれない。 けれどこの場に人の気配はなく、いるのは彼ただ一人。 探しているのだろうと思う。 すまなくも悪くも思うが戻ることは出来ない。 あの地は――――留まるには血が流れ過ぎた。 ――――悲しいことが多過ぎた。 「――――それに。英雄はその地に留まってしまったら英雄じゃないから」 誰に言うでもなく、口から洩れた自嘲気味な呟き。 答えはもちろん、ない。 寂しささえ覚えるような静けさ。孤独。 誰かに傍にいてほしい、と思わず考えてしまった自分に彼は笑いさえ込み上げる。 そして―――― そんな静寂を破って現れるのは一人の少女。 「――――きゃあ!!」 「!?」 突如自分の真上から降ってきた、声。 衝撃はその次の瞬間に襲い掛かった。 ――――ドスンッッ!! 「――――っ!」 半ば反射的に胸に受け止めた、重み。 息も出来ないほどの圧迫感。 瞳は固く閉じられ 瞬間、世界が暗転したかのようだった。 「あれ〜〜?ここ、どこ〜〜??」 胸の重みが身を起こし、辺りを見回しているのが気配でわかる。 発されたのは、この場にそぐわない間延びした問いかけ。 けれど、どこか耳に残る懐かしさを秘めた声で。 今だ痛みが残る胸を抑え、そっと瞳を開いてみる。 「また失敗しちゃったのかなぁ〜〜?」 耳慣れた声が紡いだのは聞きなれた言葉。 開かれた瞳が捉えたのは今まで通りの夜空だけでなく―――― 白い衣が月の光に、冷たくも美しく映え 流れ落ちる艶やかな髪は星が瞬く夜空を思わせる。 困ったように眉を寄せ、手に握るロッドに視線を落とす彼女は ――――まぎれもなくビッキーであった。 「・・・・・・・ビッキー。重いんだけど」 下敷きになっている彼を全く気に止めず、今だうろうろと辺りを見渡す彼女に 嘆息とともに言葉を吐き出すと彼女はようやく彼の存在に気づいたようだった。 「・・・・あれ?ソウさんがこんなところにいる〜。 じゃあ、これって夢なのかな〜??」 「・・・・・・・ビッキー。寝ぼけるのは構わないけどさ、とりあえずどいてくれない?」 そう言うと彼女はようやく彼を下敷きにしていたことに気がついたようで 「あら、ごめんなさい。重くありませんでした〜?」 といつものように悪意なく笑い、 座り込んでいた彼の胸の上から立ち上がり、隣に腰を下ろす。 ・・・・・・・・・重いってさっき言ったんだけど。 思わず頭を抱えてしまいたくなるような会話のペース。 けれどさすが元軍主は彼女の性格をちゃんと把握していたようで それ以上何を言うこともなく、今だ痛みの残る胸を抑え、その場に身を起こした。 ・・・・・・・・? 隣に座っている彼女に妙な違和感を感じ、何の前触れもなく現れた彼女を横目で見やる。 焚き火の炎に照らし出されてか、常よりも赤く染まった頬。 ――――そして、微かに香るこの匂い。 「ビッキー・・・・・・もしかしてお酒飲んでる?」 「へ?お酒ですかぁ〜? 飲んでませんよ〜。飲んだのはジュースだけです〜」 あははと顔を真っ赤にしながら笑う。 明らかに酔っているその様子に彼は軽く溜め息をついた。 「だめだよ、子供がお酒なんか飲んだりしちゃ」 「お酒なんか飲んでないですったら〜!お酒は大人になってからですもの〜」 顔をむうと膨らせて強行に飲んでないと反論してくる。 やはり意識して飲んだわけではないのだろう。 「シャンパンでも間違えて飲んだのかな?あんまり量は飲んでないね?」 「も〜!!だから〜ジュースを一杯しか飲んでないです〜! そんなことを私に言うよりソウさんはどうなんですか〜? お酒なんか飲んじゃだめです〜。私と同い年でしょ〜?」 少し眠たげな眼をこちらに怒ったように上げる。 そんな彼女の様子に少し苦笑して彼は答えた。 「――――いいんだよ、僕は」 「え〜〜?何でですかぁ?」 「子供の頃からたしなみで少し飲んでるから ビッキーみたいにそう簡単に酔わないしね。それに・・・・・・」 不意に、彼の瞳が彼女の瞳を捉える。 焚き火の炎が風に煽られ、月が雲間から姿を現す。 今、彼を照らし出すのは月光。 冷たくも美しい、凛とした光。 「――――僕は、子供じゃないから」 艶然と微笑む、顔。 その妖しくも美しい、綺麗な顔に、瞬間体中が痺れたような感じを彼女は覚えた。 妖しいまでに美しい表情を顔にのせ、彼がそっと彼女に顔を近づけていった。 彼女は動かない。 ただ魅入られたように彼に瞳を向ける。 彼女の瞳に映るのは彼の瞳。 彼の瞳に映るのは彼女の瞳。 どちらの瞳に浮かんだものだったのか 忘れてしまったように輝くのは 今まさに雲に姿を隠そうとしている月だった。 ――――パチンッ 「いたっ!」 突如襲われた痛みに思わず彼女は両手で額を抑える。 「ね?子供じゃないだろ?」 くすくすと笑い声が洩れる。 今の笑い声で瞬時に辺りの空気までもが変わってしまったかのようだった。 ――――そして 彼女はその時、初めて悟ったのだった。 彼女の痛みが彼の指が彼女の額を弾いたことによるものだと。 今だぼうとした様子の彼女にいたずらが過ぎたかな、と 反省を覚え始めている彼の耳に彼女の呟きが届いた。 「・・・・・・・・ごい」 「は?」 今だ上の空のような顔でぽつりと呟いた彼女の言葉が聞き取れず 彼は彼女に耳を近づけた。 そうした瞬間彼女の口はせきを切ったように動き出した。 「すご〜い!すごいです〜!びっくりしました!! さっきのソウさん、別人みたいに綺麗でした〜!!」 ・・・・・あまりに彼女らしいと言えば彼女らしい答えに思わず力が抜ける感を覚える。 だけどそんな様子はおくびにも出さないところがやはり彼らしいと言えるだろう。 「綺麗・・・・・ね。 じゃあ、いつもはどうなの?綺麗じゃない?」 「え?え?そんなことないですよ〜。 普段からとてもかっこよくて綺麗な顔してますよ〜。 ただ今のは・・・・・う〜んと、何て言うのかなぁ??」 上手い言葉が見つからないらしく眉を寄せ、悩む様子を見せる彼女。 ・・・・・・何だか、とてもホッとする。 彼女は初めてあった時からこうで。 ――――今も、全く変わりなくて そんな様子の彼女にふと彼が頬を緩める。 「・・・・? あの・・・・私なんか変なこと言いましたか〜??」 「ううん。何でもないよ。 それより、ビッキーは何でまたこんなところに飛んできたの?」 さらりと話題の矛先を変え、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。 彼女は少し、首を傾げた。 「う〜んとですねぇ・・・・・・。 ・・・・・・・そういえば私、何でこんなところにいるのかしら? パーティの間にシーナさんに勧められてジュースを飲んだことは覚えてるけど・・・・・」 ・・・・・・・あのバカ。 彼の脳裏に、今後自らが放り出してきてしまった母国の統治を率いることになるであろう レパントの息子の姿が過ぎった。 彼の魔力の才は母から。剣の才は父から。 けれど、性格だけはいったい誰から受け継いだものか 真面目気質の父にも母にも似ず、束縛を嫌い、自由を愛した。 ビッキーなんかに酒を飲ませたらどうなるか少し考えればわかるだろうに。 思わず彼が何度目かの溜め息をつきそうになったとき、彼女が彼を覗き込んだ。 「あの〜、ソウさん? あのですね。ソウさん、私のことを呼びました〜?」 唐突な質問の意味がわからず彼が眼を見開いていると、 彼女があっと言ってその言葉に対する説明を加えていく。 「えっと、あのですね〜。 私の瞬間移動ってすごく人の意識に左右されやすいんです〜。 私がどこに行きたいと思って紋章を発動させたのかはわからないんですけど〜 私はこの場所を知らないから、私の力でここに辿りつくことは不可能に近いんですね〜。 だから、もしかしたらソウさんの意識に寄り添うようにしてここに飛んだのかなぁ〜って」 あ、もちろん失敗しただけってこともありえますね〜などと言って照れたように笑う。 めったになく、彼は驚いた様子で眼を見開いていた。 ビッキーが自分の前に現れる前。 思っていたのは、寂しさ。 誰か傍にいてほしいなどと我知らず考えていたことに気づいたときは 思わず笑いさえ洩れた自分がここにはいた。 けれど――― 「――――いや、呼んでないよ。ビッキー。 やっぱり失敗じゃない?」 そっかぁ、そうですよね〜と言って納得したように頷く彼女。 そんな彼女の目には入らなかったのだろう。 顔を逸らすように俯いた彼がどんな表情をしていたのか―――― 「・・・・・・・あの〜、ソウさん。ところで、ここはどこなんでしょうか〜? それにソウさん、何でこんなところにいるんですか〜? みなさん、探してましたよ〜。戻りましょう?」 いつものようににこにこして手を差し出す彼女。 彼は困ったような顔をして瞬間、何かを言いかけ口をつぐむ。 「・・・・・・ねぇ、ビッキー」 「?何ですか?」 「ビッキーはさ、なんでずっとあの城にいてくれたの? 戦争なんかしててさ、危険なとこだと思わなかった? 他の国に行こうとか考えなかったの?」 彼女は瞬間、眼を大きく見開き、驚いたような顔をする。 「え〜!なんでそんなこと考えるんですか〜? あんな居心地のいい国って滅多にないと思いますけど〜」 「・・・・・・そう?戦争なんかしてたのに?」 「そうですよ〜。確かに戦争の最中でしたけど、 あの国にはいつだって笑いが絶えませんでしたもの。 それにいらっしゃった方々は皆優しい方ばかりでしたし〜」 「・・・・・・そっか」 そう言うと彼は少し微笑んだ。 「ビッキー、ありがとね」 「?なんのことです〜?」 「ううん、何でも」 訳がわからないといった様子の彼女に彼は軽く笑みを返すだけで他には何も言わなかった。 「――――あのね、ビッキー。 僕はあの国に帰る気はない。せっかくだけどごめんね」 「ええっ!?なんでですか〜! 皆さん、探してるんですよ〜〜!?」 「そうだろうね」 「そうですよ〜!心配してますから戻った方が・・・・・」 「でも、戻る気はないんだ」 一瞬彼の表情が寂しげに見えたのは彼女の気のせいだったのか―――― 「・・・・・・・でも〜・・・・」 なおもまだ何か言いたげにいる彼女を遮るように彼はそっと彼女を抱き締めた。 「・・・・・・・ソウさん?」 「ビッキー、少し眠った方がいいよ。眠いんだろう?」 子供をあやすように優しく、一定のリズムで彼女の背中を叩いていく。 「え、あの〜別に・・・・・」 「ビッキー。僕にはね、親友がいたんだ。 僕とほとんど変わらない、下手したら僕よりも年下のようにさえ見えるのにさ 僕よりもはるかに年上でなんと300年も生きてたんだって」 穏やかで優しい声が静かな森に溶けていく。 そしてそれは子守唄のように彼女を優しく解きほぐす。 「まだこの紋章を受け継いでから1年も経ってないのに もう音を上げていたらあいつに笑われるんだろうな」 彼女の顔に押し当てられている彼の胸から心臓の鼓動が彼女に届く。 それは確かに血の通う温かな人のもので彼女をひどく落ち着けていった。 「あいつはさ、ホントに普通の子供のように笑っていたんだ。 だから、僕は何であいつが笑っていられたのか知りたい。 その理由を探しに行くよ」 段々と彼の声が彼女から遠ざかっていく。 「ビッキー、今日のことは忘れてね。夢を見ていたんだと思って」 彼女の意識はここで途絶え、存在自体も闇に融けた。 軍主が帰ってきたのだろう。階上が騒がしくなっていた。 それにしてもいつも以上のざわめきに彼女の好奇心がそそられ 彼女は階上へと足を運ぶ。 瞬間、階下に灯る明かりとは異なる光が彼女の目を灼く。 眩しくて思わず眼を閉じた彼女に届いたのは声。 「ビッキー」 今だ騒がしいこの場でもよく通る、声。 三年も前のことだという。けれど彼女は昨日聞いたように鮮やかに覚えている。 そっと眼を開くと周りにいた大勢の人をかきわけて ゆっくりと自分の方へと進んでくる人が目に映った。 「ソウさん!」 慌てて彼の方へと駆け寄っていく彼女が自分の服の裾に躓きかけた。 変わらない姿、笑顔、声。 ――――ああ、笑っていられる理由はこんなところにある あわや倒れそうになった彼女を片手で支え、彼は微笑んだ。 |
■あとがき■ それでは!大変遅くなりましたが(汗)2000HITリク『笑顔の理由』を お届けいたします〜v小説UPすること自体久々だわ・・・。 石猫さん、2000HITありがとうございました♪(深々とお辞儀) 私の小説としては初の坊ビッキーだったわけですが・・・・・・ なんかそこはかとなくラブラブ(死)してますね。あう・・・・。(照) しかもこの作品、私の作品の中では最長でしょう。終わらない〜!! とか叫んで書いてましたし。(笑) 今回の坊はバットEDを想定して書いた話です。 だからグレはいない。っていうか私、今だグレ書いたことがないわ。(笑) 今だ性格の定まらぬ坊ではありますがこれに懲りずお付き合い いただけましたら幸いに思いますv |
■石猫のヒトコト■ 夜の森に落ちてきた少女 長文歓迎。私、長い文章大好きです。書いても書いても終わらない〜そのキモチよくわかりますともさ。あれはつらい。マジで。それにつけても無茶なリク内容にお答え下さいまして本当にありがとうございました。ああ、意を決してリクって良かった vvv |