2001/05/10
■ 3番目の幸せ ■
坊ちゃん=リアン・マクドール
『ねぇねぇねぇ、わたしビッキー。行くところのない哀しい身の上の少女なの。わたしのこと守ってくれない?』 『 一つめは偶然・二つめも偶然。 「ななな・・・・・・なにコレなにココ とりあえず木の幹にしがみつき、左右そして上を見わたせど目に映るのは太い枝と鬱蒼と茂った新緑の葉のみ。残る下は・・・・・・ 「うきゃ あまりの衝撃に危うく手を離すところであった。慌てて再度しがみつく。極度の高所恐怖症であるビッキーにとって現在位置と地上までの距離は絶望的に遠すぎた。目眩でクラクラしながら虚ろな声でつぶやく。 「あやややや〜〜〜た、助けて〜〜〜〜〜;;;」 「・・・ん? ガサリと葉をかき分ける音とともに下から実にのんきな声がかかる。そして、「よいしょ」と同じ枝の高さまでよじ登ってきたのは、若草色のバンダナに赤い上着の少年。そう、かのトランの英雄リアン・マクドールその人であった。 「あれ?ビッキー。なんでこんな所にいるの?」 「リ、リアンさ〜ん!助けてくださ〜〜〜い!!!」 「あ、わかった!ま〜たテレポートミスったんだろ?」 「そそそ・そんなことどーでもいいから、は・早く助けて〜〜〜」 しかしその切なる願いは相手にちっとも伝わらなかったようだ。まぁそれも仕方のないことで、太い木の幹にしっかと抱きつくビッキーは端から見れば、遙か南方・マダガスカル島に生息するという伝説の珍獣アイアイそっくりの実に愉快な姿であったからである。リアンは昔、百科事典で目にした挿し絵を思い出し興味深げに眺めたあと、ずけずけと思ったままの感想を述べた。 「あはははー!ビッキーってば、アイアイそっくりー!」 「わわわ、わたし、しっぽ長くないですぅ とまぁ、なにやらズレた問答を交わしていると、突如、とてつもない大音響が響き渡り、木々の葉を大きく揺らした。 「・・・リアン様 ビッキーがおそるおそる地上を見下ろすとそこには、鬱蒼と茂る灌木をなぎ倒しながらあたりを爆走する首都警備隊右将軍、またの名を火炎将アレンと呼ばれる青年の姿があった。 「むー、今日もムダに熱血してるねぇ?」 「あれあれあれ?なんでアレンさんがいるのー?ってことはもしかしてココ、グレッグミンスター!?」 「そ。首都近郊の森のなか。」 どうやら今回の失敗瞬間移動先はトラン共和国であったようだ。それはともかく、ビッキーはよりにもよってこんな高い樹のてっぺんに不時着した我が身の不運さをひとしきり嘆いていた・・・・・・のだが、ひっきりなしに耳に入る火炎将の哀れな叫びの前に否応なしに現実に戻ることを余儀なくされてしまった。しかたなく渦中の人物に問いかける。 「・・・・・・またなんかしたのー?リアンさんってば。」 「んー?たいしたことじゃないよ。」 パタパタといかにも気楽に手を振ってにこやかに笑う。だが顔面蒼白なアレンの様子から鑑みるに、相当事態は切迫するものであることは間違いないだろう。それどころか彼はさらに追い打ちをかけるような爆弾発言をサラリと告げた。 「とゆー訳で僕、ここからしばらく動けないのでゴメン?」 「ええええ 「ナイショv」 そして彼はニヤリとにっこりの中間地点のような笑みを浮かべる。この表情を目にした時、ビッキーはこれ以上真相を聞き出すことは不可能だと悟った。解放戦争時代、どれほどの人々がこのあいまいな微笑みによって事をウヤムヤにされてきたことか。それはもう、数えるのも馬鹿らしくなるくらいに。 「・・・・・・リアンさんってばなんかもぅ、あいかわらずなようねぇー。」 「そぉ?」 ビッキーはそのまましばらく、なんともつかみ所のない笑顔を向ける少年の琥珀色の双眸をじっと見つめていたのだが、どうしたことか不意に以前から抱えていたある一つの疑問が心に浮かんできた。そこで彼女は「よぉし、どうせ当分ここから降りられないんだったら、聞いちゃえ!」とばかりに意を決し、果敢に行動に移したのである。 「ねぇねぇねぇ。なんで初めて会ったとき何にも聞かないで、あんな簡単に仲間にしてくれたのー?普通はもっと怪しいと思うんじゃないー?」 そう、同じように今まで出会った人たちは大なり小なり驚き、そのあと彼女に疑惑の目を向けてきたものだ。 「うん。確かに森の中を散策中に女の子がいきなり空中から出現したら変だよね。」 なのにリアンはそのどちらでも無かった。彼は驚きも疑いもせず当たり前のことのように笑顔で手を差し出してくれた。 「じゃあ、どぉして?」 「だって僕、初対面じゃなかったから。」 ・・・・・・・・・今なんかすごく変なことを聞いたような。 「え・え・え・え???なにそれ 一瞬のタイムラグのあと、ビッキーは驚愕のあまり世にも素っ頓狂な声をあげ、思わず木の幹から両手を離してしまった。 「うきゃ 「!ビッキー!!!」 リアンがビッキーの手を掴もうとした瞬間、突如、周囲の空間が不自然に歪み、少女の姿は何処へか消え去った。 「あやややや なかばパニック状態でしがみついたものが、これまたさっきの木と同じぐらい大きな幹であることに気づき、思わず唖然とするビッキー。落下のショックできっと無意識にテレポートしてしまったのだろう。それはともかくとして・・・・・・。 「わたしのバカバカバカ やはり南の島のおサルの如く木にへばりつきながら辺りを見回していると、突然ビッキーのちょうど上にある枝が大きく揺れ、明るい笑い声がこだました。 「あはははー!アイアイそっくりー!!!」 「わ・わ・わ、わたし、しっぽ長くないもん!」 叫んでからはっと気づく。今の声は一体どこから? 「こんにちはーお姉さん。こんなとこで何してるの?」 枝伝いにスルスルと降りてきたのは10才ぐらいの赤い服を着た黒髪の少年。器用にビッキーと同じ位置にある枝に飛び乗ったあと、にっこり笑った。 「ここここ、こんなトコって一体どこ 「帝都に決まってるじゃん?」 「ててて、帝都?」 「そぉ、帝都グレッグミンスター。」 帝都 「ああああ、またやっちゃった〜〜〜」 考えられることはただ一つ。そう、ビッキーのテレポートミスの中でも最悪の失敗と名高きあの、時間跳躍である。しかしいつもと違って今回は、未来にではなく過去へ跳んでしまったらしい。自らの不手際に思わず頭を抱え込みたくなったが、現在の状況で手を離すことは命取りなので、ひとり「あうー」と煩悶するビッキーであった。 「?お姉さん、大丈夫?頭でも打ったの??」 その声に顔を上げると、目の前には不思議そうに小首を傾げる少年の姿があった。ビッキーがいきなり意味不明なことを言い出したので驚いたのか、彼は大きな琥珀色の瞳をじっとこちらに向けている。 「あ、あははは・・・だ、だいじょうぶ、大丈夫・・・・・・」 「そ。なら良かった。」 どう見てもあまり大丈夫そうには思われないのだが、なぜか少年はビッキーの返事に納得したように頷いた。そしてそのまま雲ひとつない澄んだ青空に視線を向ける。それにつられてビッキーも空を見上げていると。 「ここから北にジョウストン都市同盟とハイランド王国 彼はいったん言葉を切って、遙か北方を見やった。 「グラスランドは国家があるわけじゃなくて、それぞれの地域に住む遊牧民がこの草原地帯に分立して治めているんだけど。昨今、この地への都市同盟による侵略の度合いが酷くなってきているそうだね。ま、帝国と真っ向から相対するより弱いモノいじめの方が数段ラクなんだろうけどさ。そしてこれら全体の動きの背後にいるのがハルモニアってとこかな?全くあの国は何を考えてるのやら・・・・・・いや、あの人はさ。」 そこで今度は南の空を指し示しながら言葉を続ける。 「帝国より南方にはカナカン地方と群島諸国が存在するんだけど。さっき触れた北方諸国に比べてまぁ平和を享受しているといえるね。・・・・・・なにをもって平和とするかにもよるけどさ。あ、カナカンは酒の産地としても有名だね。後者は主に交易相手としてのつき合いかな・・・・・・今のところは。・・・・・・?あれ、どうしたのお姉さん?」 今まで呆然と聞き入っていたビッキーははっと我に返り、目を丸くして感嘆の声をあげた。 「す、すごいね 「いくら年を取っても何も知らない人もいるんだから、僕はその反対がいても別に不思議じゃないと思うけどね。」 「あ、それもそだね 「うん。その通り。」 そんな単純な問題では無いような気もするが、そこは奇想天外な思考回路を有するビッキーのこと。さしたる疑問もなくその論理を受け入れてしまった。 そんな彼女の様子をおもしろそうに眺めながら少年は尋ねた。 「お姉さん、この国の人じゃないみたいだけど、どこから来たの?」 「えええ、わたし?えと・・・あの・・・・・・この大陸の裏側・・・から」 これはいつも聞かれる質問。けれどその答えを本当だと受け止めてもらえたことはあまりないのだけど。今回もどーせ信じてもらえないだろうな、と思いながらも律儀に答えてみたら。 「ホント!?すごいなー!ねぇ、裏側の世界ってどんなとこなの!!!」 と、予想をはるかに超えた反応が返ってきたのである。それでビッキーは半信半疑ながらもそのまま言葉を続けた。 「あのその、こっちとたいして変わらないと思うけど、やっぱりちょっと違うかなー?」 「ふーん、そうなんだ!」 興味津々といった風に彼女の話に聞き入っている様子を見て、ついビッキーはまじまじとその顔を見つめながら問いかけた。 「・・・・・・あなたってば、ホントーにわたしが裏側の人間だって信じてるのー?」 「高所恐怖症のクセにいきなりここら一帯で一番高い樹の上にテレポートする人だったら、ありうることなんじゃない?」 「ななな、なんでそんなこと知ってるのぉ〜〜〜!!??」 「だって最初から見てたから。」 しらっとした顔で答える少年。先程の言動も含めてなかなか侮れない性格とみえる。そして彼は大空を振り仰いだ。 「 遙かかすむ地平線を見つめるその瞳は、真昼の太陽光をそのまま集めた輝石のように明るく輝いている。変な話ではあるがビッキーはなにやらこれと同じ光をいつかどこかで見たことがあるように思えた。 「んんん?もしかして旅行好きー?」 「そ。全てのものを見ずして死ねるか、ってなとこ?」 そう言うと、どこか人を惹きつける笑みを浮かべる。そういう態度がますます誰かさんに似ているような気がした。だからつい、ポロリと口がすべってしまったのである。 「むむむー?やっぱりあなた、リアンさんそっくりねぇー!!!」 「・・・・・・リアンさん?」 「そぉ!あのねあのね、リアンさんは元トラン解放軍リーダーでねー」 「・・・・・・トラン・・・解放軍。へぇ・・・・・・?」 「むかし赤月帝国で今トラン共和国大統領の座をレパントさんに押しつけて、すたこらさっさと旅に出ちゃったのー!」 「ふーん、そう。なんだか愉快な人だね?」 ビッキーは首を傾げながら少し考え込んだあと、にっこり笑って答えた。 「んー?なに考えてるかよくわかんないトコあるけど、リアンさんは優しいのー」 「・・・・・・へぇ。じゃ、お姉さんはその人のこと、好きなんだね?」 琥珀の瞳にいたずらっぽい光を映しながら、なかなかに穿った質問を投げる少年。 「えええええ 「じゃあ、嫌いなの?」 「そそそそ・そーれーはー!!??そんなこと絶対ないけどぉ〜〜〜!!!」 「やっぱり好きなんだ?」 「うきゃ 顔をゆでダコのように赤く染めて樹上でジタバタ精神的葛藤にもだえ苦しむビッキーを見下ろして、彼はさりげなくささやいた。 「うん。もう高いところ、大丈夫みたいだね?」 「へ?あれあれあれ そう言えばビッキーはいつのまにかすっかり、そのことを忘れていた。 「・・・・・・もしかして、わたしが高いところ苦手だから気を遣ってくれたのかな?」 「さぁ、なんのこと?」 彼はできるだけビッキーの注意が下に向かないように空を見上げ、いろいろな話で彼女の気をそらせてくれていたのかもしれない。そう考えるとビッキーは先程の思いをより強く感じた。 「・・・・・・ホント、あなたとリアンさんは似てるね。」 「それは光栄なことで。」 実に子どもらしくない答えであるが、そんな皮肉めいた物言いすら、それほど他人に反感を抱かせることがないというのは一種の才能であろうか?こういうところも実によく似ている。 そんなことをなんとはなしに考えていると突然、地上から大きな声が響いた。 「 「あれ?グレミオってば今日はまた意外と早く見つけ出したもんだね?」 「下に坊ちゃんのバンダナが落ちてましたから〜」 「あ、しまった。僕としたことが・・・・・・」 「という訳で、今日は私の勝ちですね?」 「ま、いいか。わかったわかった、降りるよ・・・ってお姉さん、どうかした?」 リアン少年は顔を上げ、横でボーゼンとしているビッキーに声をかけた。 「あなた・・・・・・名前、リアン君?」 「うん、そうだけど。」 「下にいるのって・・・もしかしてグレミオさん・・・・・・??」 「幸か不幸かそのようだね。」 「 ぐらり、と世界が揺れた。 「お姉さん、危ない!?」 「うきゃ 差し出された少年の手を慌ててつかもうとした途端、空間が軋んだ。 「やーれやれ、間一髪・・・ってとこ?」 その声におそるおそる顔を上げると、まさに落ちる寸前のところで自分の腕を掴んでいるリアン・マクドールの姿が目に入った。 「あれあれあれ?ちいさいリアン君どこ 「ここにいるじゃん。」 「へ!?」 よいしょ、とビッキーを枝の上まで引っぱり上げながら、リアンは何でもないことのように答える。 「時間旅行、お疲れさまー?」 「!?ええええ 「あははは。リアン君はリアンさんに決まってるじゃないか。」 「どどどどーしてぇ〜〜〜〜〜!?」 リアンはニヤリと笑い、今や混乱の極地にあるビッキーにとんでもない事実を明かした。 「だってこの国には開闢以来、リアンと名の付く人間が二人しか存在しないからね。」 「はぁ〜〜〜〜〜???」 「一人目が初代、そして二人目がこの僕。」 「でもでもなんで二人しかいないって言えるの〜〜〜???」 ところがこのビッキーにしては実にマトモな疑問に対して、リアンがサラリと返した答えは全く尋常でない内容であった。 「これはマクドール家が所有する特権の一つでね。この名を持つことができるのは僕の家の者だけなんだ。・・・・・・たとえルーグナー家・・・皇帝一族であっても使用不可ってこと。で、リアン名を持つ人間は単純計算で二人なのさ。納得した?」 「んんん リアンは頭を抱えて悩むビッキーをしばらく眺めたあと、ニコリと笑って言った。 「だから僕たちは初対面じゃない。」 1度目は10年前のこの場所で、2度目は大森林の迷い路、そして3度目は・・・・・・再び10年前と同じ木の上で。 「一種のタイムパラドックスなんだけど。迷いの森で僕と出会ったとき、君の方は過去跳躍前なので僕と初対面。だけど既に君に会っている僕の方は、変なお姉さんと再会したことになる訳。」 「ちょ、ちょっとぉ!へ、変なお姉さんってなに 「いきなり現れたかと思うと、また突然いなくなる人ってどー考えても変じゃない?」 「あううううぅ〜〜〜〜〜」 反論する余地のない指摘にまたまたヘコむビッキー。その姿にリアンは少し笑い、すっと右手を差しのべた。 「一つめは偶然、2つめも偶然。じゃあ三つめは何だと思う?」 「むむむむ 「 そう言うと彼はとても嬉しそうに微笑んだ。 「僕は10年前からずっと待っていた。『君が』僕と再会するこの日をね。」 そして不意にいたずらっぽい表情を浮かべて尋ねる。 「で、お姉さんの感想は?」 「えええ?あのあのその・・・わたしもすごく嬉しいなぁ・・・って・・・・・・」 「うんうん。この僕を長い間待たせたんだから、当然だね。」 しどろもどろになりつつも正直な感想を述べるビッキーに対して、あいも変わらず人を食ったような合いの手を入れるリアン。それでも 「それでは今後ともよろしく。」 リアンはその手を取って、満足そうにささやいた。 一つめは偶然・二つめも偶然。それでは三つめは? 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