2002/09/21

月の雫






 今夜は満月、十五夜の夜空。



 




 あれはいつの事だったか。
 その日は満月で、村ではちょっとしたお祭りがあった。
 お供えのお団子を頬張りながら、私はある人を探していた。
 少し離れた所で、その人は椅子に座りながら空を見上げていて。
 私は、その人を見つけたのが嬉しくて、思わず駆け出していた。
 

「おばあ様、何かお話して?」


 そのまま、ぽすん、と正面から抱きつく。
 そして、いつもの様に昔話をねだる。
 おばあ様は、そんな私の我が侭も優しく微笑みながらきいてくれる。
 じゃあ、どんな話をしようかしら、と私の頭を撫でてくれて。
 

「あのね、あのね、ビッキー、あのお話がいいなぁ。
 昔、おばあ様を、助けてくれた人のお話」


 私はその話が大好きだった。
 村から出た事の無い私にとって、
 おばあ様の話してくれる外の世界の話は、
 全てが新鮮な驚きに満ちていて。
 いつか私も、こんな大冒険が出来たらと、思うのだ。


「…じゃあ、今日はその話の続きをしましょうか」


「うん!」


 唄うように、流れていくおばあ様の声。
 とても、心地良くて…いつも聞いているうちに眠ってしまうのだけれど。
 今日こそは、しっかり最後まで聞いていよう。
 だって。こんなに綺麗な月の夜。
 眠るのは、勿体無いでしょう?
 



 私は、おばあ様の膝にもたれかかりながら、夜空を見上げた。
 そこには、金色に輝く月が私達を照らしていて。
 何故か、すごく胸がぎゅうっとした。






 ────





 

 今夜は十五夜お月様。
 とってもとっても綺麗な夜空。
 まあるい満月。
 それだけで、とても嬉しくなる。


「お供え、お供え〜」


 誰もいないお城のベランダで、一人怪しい踊りを踊りながら、
 お皿に、ゆで卵をこれでもかという程に盛り付けている少女。
 少女の名はビッキー。
 何処か遠い地から来た、転移の術を使う少女。
 山盛りのゆで卵と、奇妙な踊りを踊る少女で、
 その空間は異質な物に満ちている。
 その異質な空間へ、足を踏み入れる一人の少年。
 この城の主、そして解放軍リーダーの、フィル・マクドールだ。


「おやおや…先客が居るとは、珍しい事もあるものだ」

「あ、フィルさん〜?いらっしゃい〜」

 
 ぴた、と踊りを止め、フィルの方を振り返るビッキー。 
 フィルは、ビッキーの笑顔よりも、側にある山盛りのゆで卵に
 疑問を抱いたが、それは視界から綺麗に抹消する事にした。


「フィルさんも、お月見ですか?」

「月見?僕のはただの月光浴だけど…。
 それ、ビッキーの住んでる所の風習か何か?」

「うん、この時期の満月を見ながら、
 みんなで美味しくお団子を食べる行事なんだよ〜」


 他にも何か意味がありそうな気がするが、
 この少女にかかればこんな程度の行事である。

 
「………それは楽しそうな行事だね」

「えへへ、そうでしょ〜」


 フィルが何とも曖昧な表情で頷いていた事に、
 ビッキーは気付かなかったようだ。
 彼女は嬉しそうに微笑みながら、山盛りゆで卵から
 一つそれを取り出すと、彼の方へと差し出す。

 
「えっと、きな粉が良いですか?餡子はさすがに用意出来なくて」


 一瞬自分の耳を疑ったフィルだったが、彼女は至って真剣そのものだ。
 

「…いや、このまま頂くよ」

「そうですか〜?きな粉も美味しいのに」


 残念そうな顔をしながら、
 ビッキーはきな粉をつけてゆで卵を頬張っている。
 美味しそうに食べているように見えるのは、彼の気のせいだろうか。


「本当は、お団子が良かったんですけど。
 私、料理出来ないから全然ダメで〜。
 だから、せめて色と形が似ている物って思って〜」

「ああ、それでゆで卵か。
 でも、料理出来ないって言う割には、このゆで卵、上手く出来てるよ。
 案外、自分でそう思い込んでるだけなんじゃない?」

「え、そ、そうかなあ〜?」


 照れているのか、頬を赤らめながら手をばたばたさせるビッキー。
 そんな彼女を、優しく微笑みながら見つめるフィル。
 彼の琥珀色の瞳が、月の光に照らされて、金色に輝いている。
 ビッキーがその瞳に見とれていると、不意にフィルが口を開いた。
 

「…ビッキーは、家に帰りたいと思った事は無いのかい?」

「え??私のおうち、ですか……???」

「そう。帰れなくなった故郷を思うからこそ、
 こういった行事を一人でやってるのかなって」

「あ、そうかもしれない〜。
 私のおばあ様が、
 『どんなに離れていても、故郷の風習は忘れないようにしなさい』って
 いつも言っていたから」

「そうか。ビッキーはお祖母さんッ子なんだね」

「うん。私ね、おばあ様大好き〜。
 いつもね、寝る前にお話してくれてね、それがとても面白いんだよ」

「へえ、どんなお話?」

「あのね、おばあ様も昔は私みたいにテレポートが下手で、
 良く知らない所に飛んでたんだけど、
 それがびっくり、ある日とんでもない所に飛んじゃって。
 どうしよう〜って、思ってたら、一人の男の人が助けてくれたんだって。
 それでね、しばらくその男の人の所にお世話になってたんだけど、
 またテレポート失敗しちゃって、でもまたその男の人がいたの。
 それから先も、おばあ様がテレポート失敗する度にね、
 その男の人がいて、いつもいつも助けてくれたんだって」

「ふうん…そうなんだ?」

「うん!ステキなお話ですよね〜…って、ひゃぁ!?」


 ひょいっといきなり抱き上げられるビッキー。
 顔を真っ赤にさせながら、ビッキーは手足をじたばたと動かしている。
 しかし、しっかりとフィルに抱きかかえられているので、
 そこから抜け出す事が出来ない。


「わ、わ、わ、フィルさん〜〜!?」

「じゃあ、僕も頑張らないとね」

「え、え、何が…???」

「君のおばあ様を助けてくれたその人みたいに、
 僕もずっとビッキーの事を助けてあげられるように、ね」

「ええ、でも、でも〜、私、覚えてるかなあ…?」

 
 あんまり飛びすぎると、色んな事忘れちゃうから、と呟く彼女。
 そんな彼女の額に、自分の額をくっつけてフィルが微笑む。


「大丈夫、君のおばあ様が覚えてるくらいだから」

「ど…どうゆう意味〜???」

「まあ、それはいつかわかるんじゃない?」


 不思議そうな表情をするビッキーに笑いかけると、
 フィルは星の海に浮かんでいる大きな満月を見上げる。
 つられて、ビッキーも夜空を見上げる。
 そこには、あの日と一緒の満月が、ぽっかりと浮かんでいて。
 何故か、ビッキーは胸がぎゅうっと苦しくなった。






 ────






 
 
 ぽたり、と。
 私の頬に、冷たい物が落ちて来て。
 はっ、と我に返る。
 いつの間にか、眠ってしまったらしい。
 辺りはもう、お祭りも終わってひっそりとしている。
 ただ聞こえるのは、虫の声だけ。
 私は目を擦りながら、側に居るおばあ様の顔を見上げた。 



「…おばあ様?」



 おばあ様は泣いていた。
 静かに、静かに。声を潜めて。
 どうして泣いているのかわからなかったけれど。
 私は、そおっとおばあ様の膝にしがみ付いた。
 それで少しでも、おばあ様が寂しくないようにと。
 


「…あなたは…優しい子ね、ビッキー…」



 おばあ様の手が私の頭を撫でる。
 くすぐったいけれど、とても気持ちが良い感触。
 


「どうか…あなたは泣かないで…」



 さらさらと、耳元で髪が流れる音をたてる。
 何だか私まで悲しくなって、ぎゅっとおばあ様の膝に顔を押し付ける。



 
「…いつかの別れに…出会わないで済むように…」




 おばあ様が、何を言っているのかわからなかったけれど。
 ただ、ただ、無意識のうちに涙が溢れてきた。
 満月の夜は、月見の夜は、哀しい夜。
 おばあ様があの人を思い出す夜。





 あの人の瞳の色で、輝く満月を見る度に。





 きっと、おばあ様は胸が苦しくなるのでしょう────。













                                                 END


 ■風月さんのコメント■

うわあん、全然坊ビキっぽくなくてごめんなさい〜(泣)
何だかよくわからない話になってしまいました…。
ちなみに、私はゆで卵にきな粉をつけて食べた事はありません(笑)



■石猫のタワゴト■

淡い月の光を編んだようなステキなお話です〜v
困ったときに助けてくれるのはいつもあなた。
もはや運命ですねっ、素晴らしいv
今度は頑張れ、ビッキー〜!←……何を?
きな粉卵。なんか意外と美味しいかもしれませんね。
……砂糖抜ききな粉(ほとんど大豆の粉)を白湯に溶かして飲むという後ろ暗い過去を持つ石猫が言ってもあんまり説得力がないかも。



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