2002/04/03



果てなき祈り



   喜び讃えよ わが救い主は約束のごとく甦られた

    右手は高く上がり その右手は力を示す


    私は死なず 私は生きる
 
         神のみ業を 告げるために


   天国の門は今開かれたり 
             終わりなき罪の 鎖は解かれぬ

   今日こそ神がつくられた日 


  喜び讃えよ 我が民よ


    今日こそ永久なる約束を 果たされた日






光風が、空の青さに雲を渡す。
遠くにかかる絹雲は、山の青さに霞をかけて。
頭上にきらめく太陽の恵みを受けて、全ての息吹が萌え出でる。
街を見下ろす丘の上で、はためくローブの裏に闇色の影が翻った。
「賛美歌…か。」
廻り行く季節の中で、それの恒久さを疑いもしなかった頃、流されるままに口に出していたその歌を、今数年の時を経て再びこの場所で耳にするとは。
懐古の情に目を細めると、殊更に強い風がその丘を駆け抜けた。

多くの犠牲を払いつつ、一つの戦いが終幕を迎えた。その戦いは後に「紋章戦争」とも「解放戦争」とも呼ばれるようになる。人々が平和を求め、その真なる願いは、解放軍の名の元に現実のものとなった。皇帝の死後、貴族制は廃止され、かつての帝国は共和国となり、帝都は首都と名を変えて、戦禍の最たる被害を受けたその都も、その後民と、そして新たなリーダーの下で驚異的な回復を見せていた。
けれど。
その戦争から2年のときを経ても尚、人々が求めてやまぬ人物がいた。
ラビス・マクドール。
かつての解放軍の長となり、狂瀾を既倒に廻らせた人。
あの絶望の中で、人々の希望を現実へと変えた人。
そして、108の星を統べた人。
彼こそが、真の指導者となるべきだ。
戦争が終結を迎えるその時まで、それを疑う人物など居なかった。
帝都が崩れ、喜びに祝杯を挙げるその時でさえ。
彼が姿を消して、2年の時を経てさえも、人々の声は止むことがない。

彼はゆっくりと、穏やかに、風に乗せるように息を吐いた。追想する過去の中で、すべての思い出が詰まるこの場所で。
グレックミンスター。
呟けば、懐かしさで押し潰されそうになるほど愛しい故郷。
彼は、その町を遠く、丘の上から見下ろしていた。
街の中心に在る教会から、美しくも至高なる賛歌が響く。漆黒の髪を風に揺らした少年は、苦く扼腕したまま俯いた。

自分は、決して国を治めるに足る人物ではない。
帝国4代将軍、テオ・マクドールの息子。そんな人物が新たなる指導者になるなど、言語道断ではないか。
貴族の腐敗に彩られた国を根本から変えるというのなら、それを色濃く残す自分を、民が許すはずがない。

国を、故郷を滅ぼすと決めた時、軍師の言った一言にこう答えた。
彼にとっては何気ない一言だったのかもしれない。もしくは、自分の真意を聞きだすための行為だったのかもしれないが。
「本当に大変なのは、新たな国が生まれてからですよ、ラビス殿。」
そのとき僕は国にはいない。

震える右手を微かに開くと、抜ける風がそれを撫でた。
闇を湛える定めの証。いくつもの魂を飲み込んだ、ソールイーター。
「この紋章を持つ僕が…救世主だって言うんだから笑えるね。」
自分は、国を治めてよい人物などでは、決してありえない。
軍師には答えなかった。彼に同情などされるのは侮辱でしかなかったから。
前帝王は、真なる紋章の所有者だった。そしてその愛姫もまた、永久なる命の持ち主だった。
その支配に、その支配の醜悪さに、民衆はそれを正さんと立ち上がったのだろう。そして、皇帝の死を持って勝利を手にした。
勝者は讃えられ、民衆は歓喜を叫ぶ。けれどその足元に広がる屍は、隠すことなど不可能なほどに積みあがっていて。血に濡れた平和に、民衆がどれだけ気づかずにいられるか。
今はまだいい。
修復と再建に狂奔している間は、そんなことを考えるだけの余裕はないだろう。
だが。いつか時を経て。
生暖かい平和に人々が慣れた頃、彼らの頭上に、変わらぬ自分の姿があったなら。
紋章の力を持って、決して姿を変えぬ指導者が、自分の目の前にいたのなら。
彼らは恐怖を抱くだろう。
かつての英雄は、帝都を血にまみれた戦場へと変えたのだと。皇帝を死に追いやり、自らその後座に座したのだと。圧倒的な力を持った、普遍の絶対者が、残虐な所業をなした異形の者が、自分たちを押さえつけているのだと。
くくっと、喉の奥で音を鳴らす。
「楽なもんだよ。こんな歌で救われた気になってるんだから。」
大昔の伝説に跪拝し、心躍らせはしゃぐ人々に嗤笑を送る。
2年経っても尚、深まるばかりの闇は業火を燃やしていた。

   喜び讃えよ わが救い主は約束のごとく甦られた

かつての救世主は、神に遣わされた人間だという。神の御業をなすために、地上に生きる人間を救うために遣わされた、人間だったと言う。

私は死なず 私は生きる
        
もしも彼が、本当に人間であったなら。彼は恨みはしなかったのか。
いつまで経っても愚かであり続ける人間達に。失望したりはしなかったのか。

神のみ業を 告げるために

何千年を生きようとも、下らぬ争いで血を流すことをやめぬ人間達に、自分の意義を問いただすことはしなかったのか。

天国の門は今開かれたり 
            終わりなき罪の 鎖は解かれぬ

吐き気がした。
罪が終わることなどありえない。
いくら洗い流そうとも、こびり付いた血の痕は消えない。
失ったものは戻らない。
流れぬ時に、抗うことさえ許されない。
吐き気がした…。
だから。








春の風と、賛美歌と、草の匂いの漂う中で。
あまりにも、その光景が和やか過ぎて。
眩暈を覚えながらも、懐かしすぎる故郷の風に。吐き気を催しながらも、穢れのない賛美歌に。

微かな魔力の片鱗に、気づくことが出来なかった。







「きゃああああ〜〜〜〜〜!!!!」
静寂を破る甲高い声に、一瞬ぎくりと体が揺れる。
風の道を引き裂いて、徐々に大きくなるその声に聞き慣れたものを感じて空を仰いだのと、全身に衝撃が降ったのと、硬直した思考が回復したのはほぼ同時だった。
「い…たたた〜〜〜…って……、あれ?あれれれれ???こ、ここはどこぉぉぉ?????」
可憐なる少女の声が野原に響く。
懐かしい、声。
思わず、目を見開いた。
「あや〜〜〜、また失敗しちゃったのぉ?」
しばらく声が出なかった。頭上から降る彼女の声を呆然と聞きながら身動きさえ取れずにいた。
「う〜〜〜んと、でもここって何処だろう…?」
思い出が眠る場所には、決して足を向けなかった。そこを見るのはあまりにも辛いから。変わり続ける世界を見続けて、変わらず存在する自分を見据えるのが怖かったから。
昔の馴染みには、決して会わなかった。
変わらぬ自分の姿を、見られたくなかったから。
そして。
「う〜〜ん、どうしていつもこうなのかなぁ。」
そして一番、会いたくなかったんだ。
「でもとりあえず帰らないと、レアンさん達も困っちゃうよね。」
「…その前に、とりあえず退いてくれると嬉しいんだけどな。」
2年前、別れさえ告げぬまま別れた彼女に、できるだけ平静に声をかける。
彼女はふえ?と声を上げて、下を覗き込んだ。のだろう。多分。急に重さが消えうせて、変わりに慌てふためいた彼女の声が耳に届いた。
「きゃああああ!!!ごごごごゴメンナサイ!!!」
うつ伏せたまま、その声を空で聞く。
このまま、顔を見ないで、別れたほうが、楽かもしれないのに。
草に埋もれた体をゆっくりと起こして、すごい勢いで後ずさった彼女に顔を向けた。
誰よりも会いたかったあの人に。
誰よりも愛しいあの人に。
春風を纏った少年は、優美な笑みを顔に乗せて、黒髪の少女に瞳を向けた。
「やぁ…ビッキー…。」
「あ、あれ??ラビス…さん?」
向けられたその顔に、少女は長く透けた黒髪を揺らしながら、目を瞬かせる。
その反応を噬臍する前に、ラビスは奇妙な事実に眉根を寄せた。
彼女は、2年前別れたはずの少女は、彼が危惧していたような容貌を持っていなかったから。人が逆らいがたい年月は、いかに短かろうと人を少なからず変化させる。それが心であれ体であれ。どんな形でも普遍でいられることはありえない。
そう。真なる紋章の加護の元にある者以外は。
それなのに、2年という月日の成長を、紋章を持たぬはずの彼女は成し得ていなかった。
「ビ…ッキー………?」
「や〜ん、もしかしてラビスさんまで巻き込んじゃったの〜〜〜???」
「え…?」
しかし更に意外な言葉に、ラビスは完全に絶句していた。
目の前にいる少女は、紛れもなく愛しく思った少女であるのに、2年、確かに経っているはずなのに、彼女は成長どころか、服装さえ変わっていない。
しかも2年ぶりの再会だというのに、彼女のほうはそのことに関して触れないばかりか、理解不能な言葉を述べる。
「う〜〜〜ルックちゃんも言ってたのにぃぃ。でもプリン食べたかったんだもん〜〜〜〜。」
しかし彼女の口から出た恋敵的人物の名に、彼の英資なる頭脳は驚くべき回転力を見せた。
未だ頭を抱え唸り続けるビッキーに、悠然たる笑みを浮かべる。
「また何かやったのかい?」
「そうなの〜〜…って、え…、え???」
へたり込む彼女の前にしゃがみこむラビスは、解放戦争時と変わらぬ、余裕満面の笑顔でいた。
「あ、あれ…?ラビスさん……だよねぇ?」
「うん、そうなんだけどさ。」
ビッキーはしばらく視線を泳がせていたが、いきなり可愛らしい顔をゆがめて、悲鳴とも言える声を上げた。
「あああああ〜〜〜〜〜!!!またやっちゃった〜〜〜!!!ここっていつなの〜〜〜!!!???」
混乱しまくるビッキーに、状況からしてそれ以上に混乱しているはずのラビスは簡潔に結論を得ていた。
「もしかして君、未来から来た?」
彼女の転移魔法の才能は、戦争時嫌というほど見せてもらった。そしてその中で、時間を飛び越えるという彼女の体験談を、少しばかり聞いていたこともある。
「えぇぇぇ??ラビスさん、今っていつですかぁぁぁ???」
「そうだね…。とりあえずトランで戦争が終わってから2年ぐらい経つかな。」
しかし、だとしても、だ。たったこれだけの情報で、しかもこんなにも混乱を招くであろう状況で、ここまで的確に予測できるとは。
含み笑いを続けるソールイーター所有者は、面白くてたまらないといった風に彼女を見つめていた。
「???ラビスさん???」
その所為を図りかねてビッキーが問う。けれど、当然それには答えず、かわりに高原に立ち上がって、彼女に右手を差し出した。
「え…え???」
「手、出して。」
差し出された右手とラビスの顔を代わる代わる見やって、有無を言わせぬその笑顔におずおずと手を伸ばす。手袋で覆われたその手に触れると、瞬間力いっぱい引き寄せられた。
「ひゃ、きゃあ!」
反動でつんのめりそうになったのを、慣れた手つきでラビスが支える。
「ご、ごめんなさ……い…………???」
顔を上げた瞬間に、捉えられた瞳に思わず息を呑む。その瞳があまりにも綺麗で、深く、何処までも深遠な、高潔なる闇と同じ色を灯した瞳。
何かを語りかけるように、そして全てを見据えるように、彼の瞳はただ一人を見続けていた。
優しく深い、泣き出しそうな笑顔と共に。
「ラビス…さん…?」
呟いた言葉は、風に運ばれた歌声に混じって空へと消えた。

喜び讃えよ 我が民よ

「え、あれ?なに?歌??」
まるで春が自身で歌うようなその声に、ビッキーは紺青の瞳を泳がせる。
「ああ…あれは賛美歌だよ。」
「賛美歌?」
「そう……。」
言うと、ラビスは再び笑みを見せた。
「僕とビッキーがね、ここで出会えたことを讃える、歌。」
きょとんとした表情で小首を傾げる少女に、少年は繋いだままの手を上げて、恭しく握り返した。
消え入りそうな賛美歌が、遠くで聞こえる。神の復活を讃えるその歌が、歓喜の声で奏でられる。
「ねぇビッキー、僕は…そこにいる?」
「え??」
「君がいた未来で、僕は君の側に居た?」
すがる思い。分かっていても証が欲しい。君の言葉で叶えて欲しい、唯一の願い。
「い、居たよ??皆、ちゃんと一緒に!ラビスさんもルックちゃんもレアンさんもナナミちゃんも…!!」
約一名いなくてもいい人物がいるし、しかも残り二人はまだ名前さえ知らない。苦笑を漏らしながらも、けれど次の一言に、数年ぶりに、破顔した。
「ラビスさんも笑ってちゃんと、私と一緒に…側に居てくれてるもん!!」
どれだけの時を待ってでも、彼女に会える時があるのだと。そしてその時、再び彼女の側に居られるのだ。
「それに!ちゃんと約束したじゃない!」
「…約束?」
繋いだ手を両手で力いっぱい握り締める彼女が言い募る。
「いつか見た桜並木に、私も連れて行ってくれるって!」
忘れちゃったの〜?と繋げようとしたビッキーが、はっとしたように口を押さえた。
「あ!!ここはまだ過去なんだから、まだ言っちゃいけないんだった!!」
顔を紅くしながらワタワタと慌てる彼女の、2年前と何ら変わらぬその行動に、安堵と幸福感が満ちてくる。
「そっか、約束したんだ。」
「あわわわわっ。わ、忘れて忘れて!そんな約束っ、してないっ、全然!」
「大丈夫。絶対忘れたりしないから。」
「あうあ〜〜〜〜〜。」
ビッキーはのた打ち回りながら髪を振り乱す。
他人が見たらあほらしいその仕草も、愛らしいと感じるのだから既に末期なのかも。
こんなに愛しい少女に、一瞬でも会いたくないと願ったなんて、自分で自分がおかしくて堪らない。
そんな笑みをどう取ったのか、ビッキーが更に複雑に顔をゆがめた。
「相変わらず顔筋柔らかいなぁビッキー。」
堪えきれず、とうとう声まで上げて笑ってしまう。
春の風に揺られる下草は、それに同調するように優しい音を立てていた。
「さてと、それじゃその約束を果たすためにも、もう戻らないとね。」
「あ、うん。そっか。」
「レアンって子も心配してるんだろうし。」
ラビスとしては揶揄のつもりだったのだが、ビッキーははっと口元を引きつらせた。
「そうだった!!物資調達今日中に終わらせて帰らないと、またシュウさんに怒られちゃう〜〜!!!」
「…じゃあ本当に帰らないと。」
「う、うん。」
必死に頷くビッキーの姿を、一抹の寂しさを感じながら見つめる。
けれど。再び彼女には会えるのだ。この姿は決して変わることはないから。いつどこで出会っても、再び彼女の笑顔を見れる。
「それじゃあ、またね。」
「はい、それじゃあ。」
手を離すと、少女は優しく微笑んで、来た時と同じように、空間を歪めて時空の彼方へ消えていった。
彼女の去った後には、春の香りを色濃く残す風達と、そして、かわらず響く賛辞の歌声。
まだ温もりの残る右手に視線を落として、かの傑人は数分前とは別人のような表情を浮かべていた。
「復活祭…ってのも…、悪くないね。」

今日こそ神がつくられた日 永久なる約束を果たされた日

彼女と花見に行くならば、やはり今日のような日がいい。
抜けるような青空の下で、賛美歌に酔いしれながら。

  右手は高く上がり その右の手は力を示す

最愛の人の復活に、全地が喜び溢れるその日がいい。
神を讃え、全てを愛し、全ての民が祝福する、この喜ぶべき日に。

  喜び讃えよ わが救い主は約束のごとく甦られたり

古の人が待つように。
彼がただ一人、神という唯一にして絶対の存在を愛したように。
この先に、僕の未来に、彼女の存在があるというならば、穢れきったこの世界に倦厭することはありえない。

  喜び讃えよ 我が民よ

きっと桜の下で彼女は、変わらぬ笑顔をくれるだろうから。
そのためにはまず、花見の場所を確保しなくては。
彼女が声をなくすほど。あたり一面に咲き誇る桜がいい。
彼女が自分を忘れられなくなるほどに、鮮やかに咲き乱れる桜がいい。

   天国の門は今開かれたり



   私は死なず    私は生きる

   


   君と再び会うために。










■咲乃さんのコメント■

いきなりの申し出を快諾してくださってありがとうございますvv賛美歌は一応現物を編集しました。が、復活の賛歌だからもうちょっと歌詞がないと意味ない気もするのですが…、小説なので問題なし(ヲイ)。
しかし勢いで書いたのがバレバレな、乱筆乱文駄作駄文…。復活祭と賛美歌がほとんど活用されていないこの力量のなさにカンパイ(泣)。
せめて最後まで読んでいただければ光栄です。それ以上は望みません。
ところで坊ちゃん、グレミオはどうした…?(笑)


■石猫のタワゴト■

うきゃ〜!ステキです。
言葉のひとつひとつの重なりが美しいです〜。

そして坊ちゃんの素敵さ加減ときたらもう!
やけに自嘲的なトコも、冷静沈着にして厭世的なんだけど世の中諦めきっている訳でもないというトコロ全てひっくるめて私のツボですv
「君がいるならこの世界もそう捨てたモンじゃないね」
彼ならばきっと、ビッキーの心をを完全ノックアウトしてしまえるような素晴らしいロケーションの桜並木を見つけてくることでしょうね。
そのことを期待してやみません〜 v

イースターに相応しい素敵なお話をありがとうございました〜!



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