2002/03/31



ミラクル



その鏡はいつも少女と共にあった。
朝も昼も夜も変わることなくその傍らに。


薄暗い地階にひっそりと佇む鏡の名は「帰還の鏡」。これは「瞬きの鏡」と対を為す一種の魔法具であり、特定の場所を繋ぐ一方通行の扉としての機能を有している。


しかし。今まで彼女がこの鏡を覗くことはついぞ無かった。





     ある春の日の午後までは。













 解放軍本拠地の地階には一風変わったモノが所狭しと並べられている。簡易型核融合炉・超伝導実験装置・GPS制御システム・超大型電子演算機などなど多種多彩にしてアヤシゲな装置は、言うまでもなく天才の天災と謳われし解放軍リーダーの手によるモノに相違ない。既にここB1階フロアはリアンの実験室と化している模様。


 帰還の鏡はこれら奇妙キテレツなアイテム群に紛れるように、さりげなく壁にかけられていた。




「………………ほぇ〜」



 ビッキーはこれで朝から通算108回目のため息をついた。長い黒髪に大きな蒼緑の瞳が印象的な世にも愛らしい少女である。鏡の右手に佇む彼女は、手にしたロッドにもたれながら心ここにあらずといった風情でまた息を吐く。




「………………ふにゃ〜」

「お嬢ちゃん……お願いだから、その聞いてる方が脱力しちまうようなため息をなんとかしてくれないかい?」



 鏡を挟んで反対側に立つ帰還魔法術士ヘリオンは、ウンザリとした様子で肩を落としながら声をかけた。




「何か心配事でもあるのかい……ってまぁ、大体想像はつくけどねぇ」
「あややや    !?わ、わたしそんな、リアンさんが今頃どこで何してるのかな〜とかなんて、ぜんっぜん考えてなんかいないも〜ん〜〜〜!?」
「はぁ……やっぱりそうかい。    しょうがないねぇ」



 ヘリオンは少し肩をすくめて苦笑した。そして妙な身振り手振り付きで必死?に力説するビッキーを後目に、ひょいっと鏡に向き直る。




「夜までヘタレ声を聞かされたんじゃたまらないからね」



 ヘリオンが口の中で呪文を唱えたとたん、大鏡の表面が波打つようにざわめいた。鏡全体は淡い虹色の光に包まれ、中央に影のような像がゆっくりと浮かんでくる。




「ええ    !?あれあれあれ〜〜〜???」



 ビッキーの驚きの声が響くなか、鏡の中に映し出されたのはこことは違う別の場所。うららかな春の日差しを受けながら静かに何処かを見つめる少年の姿。微風に煽られた桜の花びらがふわりと雪のように彼の肩に舞い落ちる様は夢のようで。




「リアンさん    !?ほんとにホントーの〜〜〜!?」
「この鏡と瞬きの鏡の空間をちょいと繋げてみたのさ。さぁ、これでいいかい?お嬢ちゃん。リアン殿がいま何してるか知りたかったんだろ?」



 七色に反射する光の向こう側で淡紅色の薄衣を纏った桜の枝が揺れている。ふいにリアンが振り返った。その端正な顔に春の海のように穏やかな笑みを浮かべて。




「うきゃ〜ホントにほんとのリアンさんだ〜〜〜v」




 思わず歓喜の声をあげるビッキー。むろんそのすぐそばでムササビにバケツを被せられたあと風船付きで空中を漂うフリックと、その横で笑い転げるビクトールの姿など目に入ってはいない。そう……先程のリアンの「春の海のように穏やかな笑み」とは単に哀れなフリックをあざ笑う悪意あるホホエミにすぎなかった。


 しかし乙女モード爆走中の彼女にはそんな「ささいなこと」など気にならないのだ。恋は盲目    それは古今東西、遍く知られた普遍的心理。




「ねぇねぇ、声は聞こえないのかなぁ〜〜〜?」
「ああ、そりゃ無理だよ。音声まで同調させるほどの力はわたしにゃ無いからね」
「そっかー残念……あ、あれ〜なんで消えちゃうの〜〜〜!?」
「お嬢ちゃんが鏡の表面に直接触れたからさ。映像が切れちまうんだよ」
「えええ    ?そ、そうなの?……あ、ホントだ」



 ヘリオンの言葉通り、ビッキーが鏡面から手を放した途端、再び映像が結ばれた。



「わーいv映った映った〜v      え?」



 手放しに喜ぶ声が急に途切れた。ビッキーはそのままゆっくり手を下ろして映し出された映像を食い入るように眺める。鏡の向こう側ではリアンとカスミがなにやら熱心に話しこんでいた。


 柔らかな微笑みとともに二言三言ささやくリアンの言葉に、とても幸せそうに顔を朱に染めてうなずくカスミ。




「……………………」



 その直後に背後からこっそり近づき、リアンめがけて飛びつくメグの姿が見えた。突然の珍事にも全く表情を変えず、彼女の額を軽く指で小突いてやんわりと何事かつぶやくリアンはどこまでも余裕そのもの。メグはアテが外れて少々むくれながらもその背にしがみついたまま離れない。そんなつもりなど毛頭ないようだ。


 リアンもそのことについては特に異を唱えず、そのまま彼女のしたい放題にさせている。彼独特の黄色の瞳に人を惹きつけて止まない不可思議な光を湛えながら。




「…………………………………………」



 頭の中が真っ白になって何も言葉が出てこない。しばらくビッキーは鏡に映し出されたリアンの姿を無言のまま見つめ続けていた。



 半ば無意識に右手を前に伸ばす。





 しかし手が鏡面に触れるか触れないかというところで映像は靄のようにかき消えた。




    そう、だよね。しかたないよね」



 自分に言い聞かせるようにうつむきながら呟く。





わたしの居場所はこの薄闇の鏡の前なのだから。
カスミやメグのようにどこにでも一緒については行けないから。
この戦いが終わったらわたしは行かなきゃいけないから。


        わたしはあなたに何もしてあげられないから。





手を伸ばせば触れられる程すぐそばに見えるのに私の手も声もあなたには届かない。
こんなにも近いのに、こんなにも遠いあなたとわたし。



でも……




      リアン…さん」







それでもわたしは…………
春に夏に秋に冬に、いつも一緒に笑って泣いて怒ってケンカして。
同じ時の中で同じ夢を見て。


そんなたわいのない毎日をあなたと共に生きたいのです。
……ともに歩むことも出来ないわたしがそんなことを願うなんて我が侭ですか?




「なんだい、ビッキー?」
         ほぇ?」



 反射的に顔を上げると鏡の中には薄暗い部屋にぼんやりと浮かぶ自分の姿が映っている。そしてその後ろには     




「リ、リアンさん!?な、なんでここに      !!??」
「だってビッキー呼んだだろ?僕のこと」



 驚いて振り返ったその先には今ここにいるはずのない人物が立っていた。世界広しといえど黒髪に真昼の太陽と見紛うばかりに輝く瞳を持つ者はただひとり。そう、先程まで鏡の向こう側で穏やかに笑っていた少年に他ならない。




「え!?……でもでも…まさかそんな……」
「さっき僕は君の呼ぶ声を聞いた。だから跳んできたんだけど?」



 リアンは半信半疑で呟くビッキーの顔を楽しげに眺めながら、とんでもない事実をサラリと告げた。




「ねぇ、君は僕の名前を呼んだよね?ビッキー?」
「えええ……と、それはそのぉ……あははは〜〜〜」
「違う?なら僕、帰るけど。      それでも構わない?」



 そのまま空間転移に移ろうとするリアン。ビッキーは大慌てでリアンの赤い上衣の裾を掴むと声の限りに叫んだ。




「あややや〜〜〜!?ま、待って待って待って〜〜〜!!!」



 その声を耳にするや否や、リアンは得たりといった面もちでニヤリと笑った。




「やっぱり呼んだよね?」
「…………………………うん」



 有無を言わせぬ強力無比な笑みに見とれたまま、思わずうなずいてしまった。リアンはそんなビッキーの姿を満足そうに見やると、いつもの気さくな口調で言った。




「じゃ、始めるよ」
「ほぇ?なに〜〜〜?」



 指をパチンと弾くと同時に、目の前の見慣れた仄暗い地下室が一変した。視界一面が穏やかな日差しに春霞む桜色に染まる。薄紅の花びらが粉雪のように風に舞うさまはまさに春爛漫の光景。




「えええ    !?な、なにコレ〜〜〜!!??」
「うーん?まぁまぁの出来…ってトコかな?」
「リ、リアンさん、いったいなにしたの〜〜〜!!??」
「ああ、今日はいい天気だからビッキーと花見でもしようかなって思ってね」



 リアンは冷たい石畳から柔らかな青草に変化した地面に長方形の敷物を広げながら答えた。手にはいつのまに、どこから出したものやら皆目見当もつかない大きな重箱を抱えている。ビッキーは手招きされるままにペタンと敷物の上に座り込んだ。


 そのまま茫然とあたりを見回しているとリアンが上機嫌な様子で言葉を続けた。




「2つの場所の位相をそのまま反転させたのさ。だからさっきまで僕がいた場所には地下室が出現してるって訳」
「はにゃ〜?????」
「朝から条件に合う場所探しで大変だったんだよ?ちょっと質量調整に手間取ってね。でも無事解決!」
        ?????」



 全く理解不能の世界に陥っているビッキーはさておき。今まで黙って見ていたヘリオンが呆れた様子で口を開いた。




「リアン殿……もしかして連れて行った他の連中を……?」
「へぇ?なかなかスルドイね。そう、フリックたちは漬け物石のかわりさ」
「……やっぱりそうかい」



 遺憾なことに事態はヘリオンの予想通りであった。

「本拠地地下室の全質量=桜並木+フリックほか4名の合計質量」


 トクトクと語るリアンの顔には良心の呵責や後悔の念などカケラも見られない。そんなものリアン・ルーグナー・マクドールのココロの辞書には存在しないのだ。そこらへんの事情は経験上よくわかっていたので、ヘリオンは軽くため息をつくともうそれ以上何も言わなかった。


「まぁ今回はわたしにゃ関係ないし?」

 胸の中でこうつぶやきながら。亀の甲より年の功とのコトワザは至言である。


 そのときちょうど困惑の彼方から立ち戻ったビッキーが素朴な疑問を述べた。




「でもでも。なんでこんなことしたの〜?」
「僕はただ、ビッキーとこの風景を見たかっただけさ。現状ではこれが精一杯だけど」
「え………?」
「だから。僕は早いトコこの馬鹿げた戦争を終わらせるから、ビッキーもさっさと用事を済ませてきてよね?」
            !?」



 リアンのあまりに意外な台詞にビッキーは言葉を失った。そんな彼女に構わず彼はにこやかに先を続ける。




「ビッキーは何処かに行く途中だったろ?絶対に行かなきゃならない場所に」
「……どうして知ってるの?」
「僕が知らないことなんてこの世に殆どないのさ」



 リアンは実に余裕げな表情で有名な彼の決まり文句をシラっと言った。そして。黄の瞳にいたずらっぽい光を閃かせながら両手を伸ばしてビッキーを抱き寄せると、そっと耳元でささやいた。




「僕は結構気が長いほうだから、ビッキーの用事が済むまでずっと待っててあげるよ。で、ヤッカイ事が全部すんだら旅にでも行かない?いつも二人で馬鹿言ったり喜んだり笑ったりしてさ。ホント、ビッキーと一緒なら人生とっても楽しそうだね」




 ビッキーの動作が止まった。口をぽっかり開けたまますぐそばにある桜の枝をただ茫然と見つめるばかり。


 しばらくしてかすれるような小さな声が響いた。




「……ホント?本当に待っててくれるの?」
「僕ならいつまでだって待ってられるからね。ま、早いにこしたことはないけど」
「……本当にわたしと一緒でいいの?」
「うん。人生は面白くないとつまらないしさ」
「……ずっとわたしと同じ夢を見てくれる?」
「いいよ。だってとても楽しそうだしね」







目の前で笑う人はとっても不思議。
わたしが本当に欲しい言葉をなんでも知っている。
      それはまるで奇跡のように。




「ねぇ……どうしてリアンさんはわたしのこと、なんでもわかっちゃうの?」
「それはもちろん愛の奇跡、かな?」



 いかにも真面目そうな表情でふざけた答えを返すリアンの瞳をまじまじと見つめる。でも。顔を見合わせたとたんお互いに思わず吹き出してしまった。







これはただの約束。叶う確証なんてなにもない。
だけどこの人の笑顔を見ていると、どんな事でも叶うんじゃないかって思えてくる。




「そうだね!リアンさんぐらいヘンな人だったら、奇跡の大盤振る舞いでもちーっともおかしくないよね〜!」
「……あのさ、ビッキー。こーゆー時にそんなこと言う?」




 珍しくも余裕げな調子を崩してため息をつくリアンを興味深げに眺めたあと、ビッキーは満開の桜よりも鮮やかな笑顔でのたまった。




「だって〜リアンさんはホラは吹くけど、ウソはつかないんでしょ?」











      そして奇跡がはじまる。









                                                 END



 坊ビキ愛の奇跡篇。……厚顔無恥な私とはいえ、さすがに「アイノキセキ」とタイトルを付けるのはためらわれたので、素朴にミラクル。「帰還の鏡」の映像は「瞬きの鏡」所有者の周囲を映し出す仕組み。つまりリアンの半径10数メートル?

 余力あればリアンsideの話もUPしたいですねぇ。桜並木でパーティメンバーこき使う解放軍リーダー篇。リアン以下、フリック・ビクトール・シーナ・カスミ・メグという編成でお送りいたします〜。



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