2002/12/24

Home Sweet Home






 グレッグミンスターの位置するアールス地方一帯は真冬でも滅多に降らない。天頂に輝く太陽は夏に比べて少し翳りが見えるとはいえ十分な日差しで、白い外壁を彩る蔦や庭の木々にやわらかな光を投げかける。


 ビッキーはマクドール邸裏庭に接する出窓の影に潜みながら、しきりに辺りの様子を窺っていた。長い漆黒の髪には深い闇の如き静けさが、理知的な表情には強い意志の力が、青く澄んだ瞳には聡明な光が宿っている。いつもの天然ボケな彼女とは似ても似つかぬ気高くも美しいその姿は、はっきり言ってなんだかヘンテコリン。


 彼女の視線の先にあるカボチャ畑ではリアンがせっせとミニノート型電子演算機になにやら入力中。ビッキーは迷いを振り切るように大きく頷くと、物陰からゆっくり足を踏み出す。気づかれないようにしずかに静かに。


 細心の注意を払いながらそろりそろりと近づき、さりげない調子でリアンの名を呼ぼうとしたそのとき、なんとも余裕に満ちた声が彼女の耳を打った。



「やぁ。久しぶり」
「お、お主知っておったのか    !……ではなくて」


 内心の動揺を押し隠しつつ、こほんと咳払いする。ビッキーはリアンをまっすぐ見つめると可愛らしく小首を傾げてにっこり笑った。しかしその口調はどことなく不自然でぎこちない。


「あ、あははは〜わたし、また跳ぶの失敗しちゃった〜〜〜」
「ふーん、そう。で、ロディは元気?」
「もぉすっごく元気〜!バカはカゼ引かないって言うもんね〜……………………おい」
「なんだい、ビッキー?」


 あくまでも泰然自若なスタンスを崩さないリアンを忌々しげに見つめながら、ビッキーは一変して静かに厳しい口調でたずねた。


    いつから“私”だと気づいた?」
「それはもう、最初から」
「なぜ知らぬフリをしたのだ?」
「だって面白いし」
「お、面白いだと    !?」


 この私が恥を忍んで阿呆なフリをしておったというのに!?ビッキーの怒りは瞬間湯沸かし器のごとく瞬時に沸点に達した。

 リアンはそんなビッキーの様子などお構いなしに柔らかな笑みを浮かべると、からかうような口調で言った。



「それに。滅多に帰ってこない君なのに、いったいどういう風の吹き回しかと思って」
    !……そ、それは……」


 リアンのずばり的確なツッコミにビッキーは口ごもる。


なぜ今さら帰ってきたのか?
そんなこと自分だってよくわからない。


自分自身の問題に決着をつけるまで、私はここに戻ることはできない。
そう、戻ってはいけない    それなのに。




偶然かいま見てしまった過去の自分は幸せそうに笑っていた。
リアンとまだ小さなロディと……愛する者たちに囲まれてなんの憂いもない笑顔。
それは私が心の奥に封じた懐かしい記憶。


以来、妙に心が落ち着かない。
むりやり忘れ去ったものをまざまざと見せつけられたみたいに、ひどく胸が痛む。



「……ただの気まぐれに決まっておろう?」


 そうは言うものの虚勢を張る声にも今ひとつ力がない。ビッキーはそのまま視線をそらすと口を閉ざしてしまった。冬の庭を背景に奇妙な沈黙が漂う。先に口を開いたのはリアンだった。



「ま、それはともかく」


 気楽な口調で右手を差し出す。ビッキーはリアンの挙動に不審そうな眼差しを向けてたずねた。


「なんじゃ、その手は?」
「やだな、今は年末。歳暮シーズンじゃないか。で、なにくれるの?」
「お、お主という男は〜〜〜!!!」


 だがしかし。ビッキーの怒りもどこ吹く風。リアンは端正な顔にイヤになるほど晴朗な笑みをたたえたまま、実に楽しげにビッキーを見下ろしている。どこまでも余裕綽々なその姿がなおさら腹ただしい。


 ビッキーは必死に怒りを押し殺しながらワンドを一閃し、どこからともなくヘンテコな盆栽を取り出した。そしてリアンに向かって放り投げるとぶっきらぼうに言った。


「ほれ。ロディからのプレゼントじゃ。受け取るがよい」
「ここまでナンセンスに満ち溢れた物体は久々だね。まったく誰に似たんだか?」
「なにを言うか?そんなものお主に決まっておろう」


 ビッキーは呆れた口調で肩をすくめた。盆栽サイズの樅の木には色とりどりのムササビ卵が鈴なりにぶらさがっている。てっぺんには七色に輝く電飾の星を戴くムササビの模型がちょこなんと取り付けられていた。


 リアンはムササビ電飾を指ではじくと首を傾げた。


「どう見てもこれ、君のセンスに由来すると思うけど」
「いいや、断じて私はこんな変な感性は持っておらん!」


 言いつのるビッキーを片手で制すると、リアンはさりげなく?話題を転じた。


「ねぇ。ビッキーはなにもくれないの?」
「そっちだってなにも寄こさんクセに。なんで私がやらねばならんのだ?」
「それもそうだね。じゃあちょっと目を閉じてくれない?」
「………なんじゃ一体?」


 ビッキーはリアンの唐突な頼みにいぶかしげな視線を送りつつも、言われたとおり律儀に目をつぶる。視界が暗くなるのと、彼女の唇に柔らかく暖かいものが触れたのはほぼ同時。あわててリアンから身を離すとビッキーは刺々しい声で叫んだ。



    お主!いきなりなにをするか!?」
「これなら僕も君も同時に貰ったことになるよね。だから差引残高ゼロ」
「ヌケヌケとふざけたこと申すな!!!」
「僕からのまごころを込めた贈り物、気に入らなかった?残念だなぁ」


 ますます逆上してつかみかかろうとするビッキーの手をいとも容易く避けながら、リアンは爽やかな笑顔でのたまった。ビッキーは顔を朱に染めて真っ向からリアンと対峙する。一方、リアンは黄の瞳に柔らかな光をたたえて静かに彼女を見つめている。


 ビッキーはふいに視線をそらして冬空を見上げた。強く吹き付ける木枯らしに長い黒髪が四方に舞う。その一瞬後、ビッキーはいつもの幼い少女の姿に戻っていた。

 ふくれっ面でぷいっとリアンに背を向けると指を空に向け、時の座標を測り始める。リアンはそんな彼女を愛おしげに見つめながらそっとささやいた。



「ここは僕たちの家。だから……いつでも戻っておいで」



 ビッキーの背中がぴくりと揺れ、呪紋詠唱が風に途切れた。そのまま静かにその場に佇む彼女の背にリアンは一言つけ加える。



「僕はいつまでも“君”を待っているよ」
    ふん。気が向いたらな」



 振り向きもせずぶっきらぼうに答えるやいなや、ビッキーの姿は空気に溶け込むように消え去った。



















 ロディは突如頭上に降ってきたビッキーに潰され、うつぶせ状態で床に倒れた。



「あいたたた……いきなり降ってこないでくださいよ〜小さいビッキーさん!」
「すまん。目測を誤った」


 ビッキーはロディの背中を踏んづけたまま腕組みする。


時空移動を失敗するなど、この私がなんたることか。
……それほど心乱しておったのかのぉ?



 ロディは黙り込んでいるビッキーの顔を不思議そうにのぞき込んだ。



「あれ?なんかすっごく嬉しそうですね。どうしたんですか?」
「なんでもない    いや…帰る所があるというのは、なかなかに心安らぐものだな」



“この世の如何に美しき場所でさえ、我が家に優るものは無し”
……こんなものは古謡の中にしか存在せぬと思っていたが。



 ビッキーの言葉にぼけぼけとうなづきながらロディが言った。



「そーですねぇ。いつも自分を待っていてくれる人がいるだけで幸せですよね」
「お主の幸せとはどんなものだ?」
「ぼくですか……うーん?昔みたいに父さんと母さんと一緒にいられたらいいかなぁ?」
    そうか。ならば私も努力しよう」



 なにげないロディの言葉に思わず胸を突かれ、なかば自分の心に言い聞かせるようにつぶやいた。いつになるかわからない。けれど必ずいつか再び三人一緒に    



「ほぇ???よくわかんないけど頑張ってくださいね!」
「うむ。期待するがよいぞ」



 ビッキーはロディの頭に軽く手を置いて力強く微笑んだ。












                                                 END


 チビッキーな坊ビキ。天然ボケビッキーを装って自分の時代のリアンに逢いに行くトコらへん、大変スナオじゃないですチビッキー。実は伸縮自在な彼女。……願掛けでもしてるのか(笑)?ちなみに「偶然かいま見た過去の自分」とは「月見て跳ねる」で失敗タイムスリップしたときのことです。

 はてさて。親子3人シアワセに暮らせる日はくるのでしょーか?タイムスリップ一家に「定住」という概念があったとしてのハナシですが(笑)。

 


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