2001/12/24
■ 過ぎし年の九告鐘 ■
遠くで鐘の音が聞こえる。 高く、低く反響するその無機質な音色は、冬の大気をいっそう透明な色に塗り替えていく。ひとつ、またひとつ。静かに鐘は鳴り続ける。ふと見上げると、いつのまにか群青色の半球は無数の星で埋め尽くされていた。 「やれやれ。いったいどれだけここにつっ立ってたのやら?」 苦笑いしつつ、リアン・マクドールはゆっくりと振り返った。 「やぁビッキー。君もまた、そんな所でなにしてるんだい?」 「あやややや いきなり声をかけられて驚いた拍子に思わず両手を放してしまう。かくてビッキーは隠れていた松の木から豪快に転げ落ちた。 「ほら、大丈夫かい」 「ししし知ってたのー!?リアンさん!!??」 「僕が知らないことなんてこの世にいくらも無いんだよ」 そう言うとリアンは、いつもながらにイヤになるほど余裕げな笑みを浮かべて、尻餅をついている長い黒髪の美少女に手を差しのべた。 「で、何か用?」 「いやあのそのぅ……あやや〜〜〜」 「自己主張は100字以内で要点だけまとめて言ってね?」 「あう〜だからその……リアンさんが〜ひとりでコッソリ城を抜け出すから〜〜気になって〜〜〜」 リアンはビッキーの、ぼけぼけ〜とした口調でたどたどしく語るその内容にすこし目を見張る。 「……まさか気づいてるヤツがいるとは…ね?意外」 自慢じゃないが生まれて16年。脱走の腕前は帝国一、と自負する自分の行動を看破する者がいたとは本当に意外中の意外。 興味深げにまじまじと眺めるリアンの視線もなんのその、ビッキーは実ににぱーっと笑って元気良く答えた。 「えへへへー!だってわたし、いっつもリアンさんのことばっかり見てるんだもーん!」 口に出してからハッと気がつく。 「うきゃ 「そう?残念だね」 「ざざざ残念ってナニ〜〜〜!!!???」 うろたえる姿がやけにおもしろい。喩えるなら南国に生息するアイアイがステータス異常でパニクってるようだ。リアンはにまり、と笑っておもむろにビッキーを抱き寄せた。 「はいはい。おちついて落ち着いて」 「うきゃきゃきゃ 「……あ、もうこんな時間か」 パニックSOS状態のビッキーをしっかり胸に抱きしめながら、リアンはポツリとつぶやいた。すっと頭を上げ、はるか南へと視線を向ける。 間髪を入れず、あたり一面になんとも言い難い大音響が轟いた。 「あや〜?なにこの騒音〜〜〜!?」 「騒音…か。確かにそうだよね、あははは」 あまりに不条理な衝撃音が夜空に響き渡る。驚いてきょとんとした表情で立ちつくすビッキーに、リアンは笑ってうなずいた。 「これは年が明ける合図の鐘さ。グレッグミンスターの大聖堂にある9つの鐘をいっせいに鳴らして、時を告げるんだよ。古い年は死んで、新しい年が始まるって意味合いを込めてね」 「ほぇ〜それにしてはすっごい音ねぇ〜〜〜」 「ハッキリ言って騒音。3対のソール・ルナ・ステラ、インペラートルとポルタ、ドラコとノクス、そして……始まりと終わりのプリンキピウムとフィーニス。これで9つ」 「はにゃ?なにソレ〜???」 「騒音公害の音源の名前。最初に9打、次いで12打。あとはひたすらメロディは完全無視で、数式に基づいた順序で九つの鐘を鳴らしまくるって訳」 「……変な慣習ねぇ〜」 数式で奏鳴?ほぇほぇ〜っとビッキーは首を傾げる。世界の裏側から跳んできた少女にとって、この慣習は理解の彼方にあった。 「あれ?もしかしてリアンさんはコレ、好きなのー?だってずーっと聴いてたでしょ」 そう。夕方から深夜に至るながい長い間、リアンはひとり無言で佇んでいた。凍てついた寒気のなか、なんら感情を映さない冷めた瞳を何処かへ向けながら。 思いがけない唐突な問いにリアンはすこし考え込んでいたが、ややあってゆっくり口を開いた。 「そうだね……好き、というよりは聴いてると思わず笑っちゃうってトコ?」 リアンは腕の中のビッキーと視線を合わせて、静かにつぶやいた。 「この鐘を聞くと思い出すからかな? 「ええっ!?リアンさんってば、お母さんが死んだ日を思い出すと笑っちゃうのー!?あ…あのそれって、いったい……???」 このときまさにビッキーの思考は、困惑を通り越して完全理解不能の境地に到達した。そんな彼女を楽しげに見つめながら、リアンはにこやかに続ける。 「母は長い黒髪と黄の瞳の持ち主で 「ふーん。リアンさんとおんなじだねぇ〜」 「口癖が『あたくしに不可能なんてないわ!』だったな」 「……リアンさん、完全にお母さん似なんだねぇ」 思わず脳裏に、傍若無人に傲岸不遜な黒髪・黄水晶の瞳の美女がよぎる。ビッキーは見てみたいような見たくないような、怖いモノ見たさの二律背反的感情に揺れた。 「それまで好き放題、やりたい放題に生きてた母だけど。僕を出産したあと急激に体を悪くして、僕が6歳の時に息を引き取ったんだ」 「ほぇ?なんで???」 「 そう言って、リアンはなんとも感情の見えない笑みを浮かべた。 「常人には耐えきれないほどの魂の比重をその身に背負ったために。それはルーグナーの血を引く母ですら例外ではなくて……出産後6年も生きながらえたこと自体が奇跡といえるね」 ここでいったん言葉を切った。冬の荒れ地に、にぎやかな鐘の音だけが響き渡る。 しばらくして、リアンは再び口を開いた。 「母の死の直前にたずねてみたよ。僕を産んで後悔してないか、って。 やれやれ、と肩をすくめる。そして天頂に瞬く冷たい星の光を見上げながら、静かにつぶやいた。 「『胸を張って好きなように生きなさい……あなたは、あたくしの誇りよ』 ビッキーが顔を上げると、すぐそばにリアンの黄の瞳が視界に映った。その琥珀でもなく金色でもない、まさに黄色としか言いようのない不可思議な色彩の双眸に思わず見入ってしまう。 「だから僕はこの鐘の音を聴くと、愉快な母を思いだして笑ってしまう訳。納得した?」 「んー?わかったよーな、わかんないよーな???あ、でもでも。お母さんが死んだときになんで鐘が鳴るのー?」 「九告鐘は直系皇族の死亡時にも鳴らすモノだからさ。母は皇帝の妹だったから、ね」 「えええ!?それってもしかして 「そ。解放戦争なんて言ってるけどその実、ただの継承戦争なのさ。僕が伯父上を倒して国主についたところで、帝国はなにも変わらない この世はなんとも都合良く出来ていることか。それともこれが世界の……人の求める真実なのか?リアンは自嘲的に笑った。 「次に鳴る時は……伯父上と僕が死んだときだね。もう身内は誰も残ってないから、僕の時は誰も聴いてくれる人がいないけどさ」 その瞳に宿る光があまりに寂しげな色を帯びていたので。ビッキーは思わずリアンの襟首をひっつかんで、大声で叫んだ。 「だ、大丈夫!リアンさんの時はわたしがちゃーんと鐘を鳴らして、聴いていてあげるからねっ!!!」 「……それって暗黙に僕が死ぬ、ってことを前提としてない?」 「あややや 顔を真っ赤にしてジタバタと愉快なパフォーマンス混じりに叫ぶビッキーに、リアンはこみ上げる笑いを抑えながら繰り返す。 「 「そう〜!何百回も……何千回だって!わたし、頑張るの〜〜〜!!!」 決意も新たに胸を反らす。セリフはこれまたビッキー調であいかわらず気の抜けた調子ではあるが、本人はいたってやる気満々のようだ。 「……ありがと、ビッキー」 リアンはとても嬉しそうに笑って、再びビッキーを抱きしめた。 「うきゃきゃきゃ〜〜〜!?なになに、なんなの〜〜〜!!??」 「だって寒いんだもん」 「それは、リアンさんが真冬も半袖なんて着てるからでしょぉ〜〜〜!!!」 「ビッキーだって薄着自慢ではいい勝負のクセに」 あせりまくるビッキーを後目に、いけしゃあしゃあとのたまうリアン。やはり彼はどこまでも無邪気な確信犯であった。 そのとき二つの鐘の高く澄んだ音と低く重厚な音が、音程正しく追って返して交互に鳴り響く。 「始まりと終わりの鐘か。ってことはもう新年だね」 「そっか〜!ではではあけましておめでとー!!!」 「 「わたしの国の新年のあいさつ〜!……なんだけど、ヘンかな?」 「いいや、全然。じゃあ僕からもおめでとう」 リアンは小首を傾げる少女に、新年の払暁のように澄んだ笑顔で言葉を返した。 END |
過ぎし年の九告鐘。ナインテイラーズですな、ハハハハ。心残りは身元不明の死体が発見されなかったことぐらいー?←阿呆。どうやら石猫は赤月帝国と大英帝国をごちゃまぜにしてるよーです、はい。そしてビッキーの生国は日本、と。 鐘の名前。ちなみに鐘は全部で27。グレッグミンスターとクリスタルバレーと遙か遠き“かの地”にそれぞれ9つずつ安置されてるって設定。さーて。こりゃまた一体、何を表すモノでしょうかね(笑)。 あいかわらずのリアン・マクドール。この調子で来年も傍若無人に暴走するよーです。それでは皆様、今年もヨロシク! |