2002/10/31



時の約束



 風の寒さに秋の深まりを感じる午後。ビッキーは解放軍本拠地地下エレベーター脇に身を潜め、息を凝らして何かを待ちかまえていた。


 今日は万霊節。すべての魂のための祭日。赤月帝国含む南部アールス地方の秋祭りである。ちなみにハルモニアでは万聖節の名で同じ祭りが開催されている。なんにせよビッキーにとっては両者とも初耳の行事であった。




『ねぇねぇリアンさん。これなんのお祭り〜?』
『万霊節?相手を驚かせたら賞品が貰えるカボチャ祭りさ』
『そっかービックリ祭りなんだね〜』



 かくて今回もまたビッキーは、もっともらしい顔つきで語るリアンの口からデマカセにコロッと騙された。



「よぉ〜し!がんばるぞ〜!」



 なんとなく気の抜けた口調とともに拳をにぎる。いや、このヘタレなかけ声にこそ彼女なりの“精一杯”が込められているのだ。エレベーター到着ランプが点滅するのをしっかり確認し、長い黒髪をなびかせ猛然とダッシュする。


 ドアが開き、大きなカボチャを小脇に抱えたリアンが出てくるのとほぼ同時に、ビッキーは彼の真横から思いきり飛びついた。



「えへへ〜!リ〜ア〜ンさん!おどろいた〜〜〜?」



 得意げな顔で笑う。しかし待てど暮らせどリアンの返事はない。



「………ほぇ?」



 予想外の反応に当惑しつつ、ビッキーは掴んでいたリアンの袖を軽く引いてみる。その途端、リアンの体がぐらりと傾ぎ、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れた。



「えええ…え〜〜〜!?ど、どしたの、リアンさ〜ん〜〜〜〜〜!?」



 大きな緑の目をさらにまん丸にして叫ぶと慌てふためいてしゃがみ込み、リアンをまじまじと見つめる。そっと手を伸ばして揺すぶってみるが、依然として彼は床に横たわったまま微動だにしない。



「ねぇねぇ起きてよ〜〜〜!」



 今や半泣き状態のビッキーの声に答えたのは沈黙のみ。瞳は固く閉じたまま。呼吸すら感じられない。まるで死んでしまったかのように。



「う…うそでしょぉ?」



 頭のなかが真っ白になった。繋いでいた手を突然振りほどかれ、見知らぬ場所で迷子になったような焦燥感が胸に去来する。





     ここにあなたがいるから、わたしはわたしでいられるのに。




記憶が砂のようにさらさらと音をたててこぼれ落ちてゆく。
全ての記憶が時の川に流されて消えていく。
大切な思い出も愛おしい今この時も、まだ見ぬ明日への光さえも灰色の川面に吸い込まれていく。



そしてわたしは時の奔流のただ中でぼんやりと立ち尽くすばかり。









「あははは。驚いた?」



 響いた声に弾かれたように顔を上げ、驚きのあまり固まってしまう。目の前で楽しげに笑っているのは紛れもなく意識不明だったハズのリアンその人で。ビッキーはなかば放心状態でつぶやいた。



「リアンさん     生きてたの?」
「僕がそんな簡単に死ぬわけないだろ?」



 相変わらず自信に満ちた言葉がビッキーの脳裏に響く。涙があとから後からあふれ出し、頬を伝って流れた。




     ビッキー?」



 いつもとは様子が異なる彼女の反応に少し首を傾げる。リアンは無言で涙を流し続けるビッキーをしばらくじっと見つめたあと、両手を伸ばしてしっかり抱きしめた。




「ゴメンゴメン。そんなに驚くなんて思わなかったよ」



 耳元で優しい声が響く。ビッキーは抱きすくめられたままぼんやりとつぶやいた。



「ホント?ホントに生きてるんだね?」
「……あのさ。だからそう簡単に人を殺さないでくれる?」



 リアンのため息混じりの声を遠くに聞きながら、ビッキーは瞳を閉じた。ゆっくり腕を伸ばしてリアンの背中に強くしがみつき、その胸に身を寄せる。




伝わってくる鼓動と心地よいぬくもりが。
そしてきつく抱きしめられた体の痛みが教えてくれる。
あなたが今ここにいてくれることを。





「……わたし怖かったの」
「怖い?何がさ?」
「わたしはずっと“わたし”が消えていくのが怖かった」




時間を跳び越えるたびに少しずつ失われていく記憶。
ひとつ前のわたしは今の“わたし”ではないわたしだったかもしれない。
それぐらいに“わたし”はいつ消えてしまってもおかしくない脆い意識。



 ビッキーは顔を上げリアンの黄色い瞳を見つめて言った。





「けど……リアンさんがいなくなっちゃうのはもっと怖いよ」





動かなくなったあなたを見たとき、わたしの心は凍った。
記憶なんて壊れて消えてしまったって構わない。
あなたが生きている。
ただそれだけで……わたしはどんなときも前を向いて歩いていける。




「ねぇ、リアンさんは……ずっと…ずっと“わたし”を覚えていてくれる?」
「馬鹿だなぁ、ビッキー。僕が君のこと忘れるはずないじゃないか」



 リアンはビッキーの顔を真正面から見据えると、さも当然と言わんばかりの調子でうなずいた。そしてニヤリと笑ってつけ加える。



     たとえその反対はあったとしてもね」
「そ、そんなことないよぉ〜わたしは覚えてるもん!!!」
「そ。なら万事解決」



 リアンは穏やかにシタタカな笑みを浮かべると、彼らしい強引論法で一気に締めくくった。案の定、話の急展開に全くついていけなかったビッキーは「えええ?そ、そっかな〜?」などと目を白黒させている。そのスキにリアンは床に転がったカボチャを拾い上げ、ビッキーの前に差し出した。



「はい、賞品進呈」
「ほぇ?なにコレ〜???」
「僕が遺伝子操作で造ったムササビバイオカボチャ。最初から中が空洞になっていて、熟すとムササビの卵ソックリのクッキーがとれるんだ」

「え・ええええ!?そ、それ、ホント〜〜〜〜〜!!??」
「僕はホラは吹くけど一度だってウソついたことないよ」



 リアンはカボチャ片手に不敵な笑みを浮かべて言った。常識では到底信じがたいことではあるが、確かにカボチャの中にはムササビ卵サブレが詰まっている。普通の人間ならばここで科学と魔法のジレンマに悩むところ。


 しかし時間も常識も全てすっとばした時を駆ける少女の脳裏に、そのような至極真っ当な疑念など湧くはずもない。ビッキーは大はしゃぎでリアンに抱きついた。



「わーい!ありがとうリアンさん〜!!!ん……でもあれあれあれ?わたしリアンさんをビックリさせられなかったのに賞品貰っていいの〜???」
「うん。僕も結構、驚いたし」
          ?????」



 リアンの言葉の意味がよくわからず、可愛らしく右に左に首を傾げるビッキー。だがすぐに受け取ったカボチャの中身に気を取られ、嬉しそうに中身を検分し始める。リアンはそんな彼女をいつになく優しげな瞳で見つめるとポツリとつぶやいた。




「忘れないよ、ずっと。だから君も覚えていてくれるかい?」





 風が木々を揺らすようにほんの微かなささやきは、空気のなかに溶けるように消えていった。そのささやかな声の響きを無意識に耳の端で聞きつけたらしい。リアン特製ムササビ卵サブレ入り巨大カボチャを抱えながらビッキーが当惑顔でたずねた。



「ほぇ?なぁに?いまなんか言った〜???」
「さぁ。空耳だろ」



リアンは少し笑うと、実につかみ所のない表情でシラっとのたまった。












                                                 END



 ムササビバイオカボチャな話。どこをどう遺伝子操作したらこんなモノが出来るのかは不明。私はいつも南京をかち割ったら中にカボチャプリンが詰まってたらいいなぁ、とアホな妄想に浸ってます。

 時間を越えるたびに記憶喪失の度合いがヒドくなりつつあるビッキー。時間の歪みに記憶をポロポロ落っことしてきてるのか?真なる時の紋章の弊害がアルツハイマーだったら怖い。そらもうソウルイーターなんぞよりよっぽど呪われてそうで。


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